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父を燃やす

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長編小説「父を燃やす」を連載しています。お暇のある方は是非読んでください。
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2020年3月の記事一覧

【長編小説】父を燃やす 2-2

今村悠太は部活には入らなかった。学校での部活動よりも自分の好きなことのできる自由な時間を望んだ。

別のクラスになったことと真治が部活動で忙しくなったことで二人で過ごす時間は小学校の頃と比べて格段に減った。それでも今村悠太は昼休みや真治が部活の終わる時間に自分の描いた絵を見せにくることがあった。真治も自分のいる環境の理不尽さを今村悠太に話し、慰めてもらった。

「まるで囚人みたいだよ」

真治は小

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【長編小説】父を燃やす 2-1

真治と今村悠太は同じ中学に進んだ。小学校と同じ地区にある公立の中学校だった。他の地区の小学校からも生徒は来ていたが顔ぶれの半分ほどは以前と変わりがなかった。

真治は教室に規則正しく配置された顔を眺めながら、この空間で自分を最も上位に位置づけるために有用な手段を考えた。

小学校時代にまとっていたカリスマ性は他の学区の生徒には通用しない。新たな価値を自分に付加しなければ。中学という環境に自分をなじ

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【長編小説】父を燃やす 1-8

真治は教室でも今村悠太と話すことが多くなった。クラスメイトはその様子を不思議そうな顔で眺めていた。

なぜ、真治のような人気者が影の薄い今村悠太などと仲良くしているのかと。今村悠太はその視線を感じ、学校で漫画を読むことをやめた。その代わりに漫画を描きはじめた。授業中、教師が黒板に書く言葉をノートに写すふりをしながらせっせっと漫画を描いた。そして休み時間にそれを真治に披露した。真治はそれを褒めたり貶

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【長編小説】父を燃やす 1-7

「ねえねえ、これ見てくれる?」

真治の気持ちなど気にせず、今村悠太の積極性は益々高じてきた。今村悠太は学校で使う学習帳を広げ、真治の視線を促す。そこには漫画のキャラクターと思しき絵がぎっしりと描きこまれていた。

「これ、悠太が描いたの?」
「そう」

今村悠太は得意そうな表情を作り、胸を仰け反ってみせた。その露骨な自己顕示に真治はつい意地悪なことを言いたくなった。学習帳を目の前に掲げ、できる限

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【長編小説】父を燃やす 1-6

今村悠太の家は外観とは違い、綺麗に整頓されていた。キッチンの流しは清潔な状態に保たれており、食器棚には丁寧に洗われた食器が規則正しく並べられていた。今村悠太が母親と食事をするであろうテーブルも汚れひとつなく、ものも散乱していなかった。

「僕の部屋に来てよ」

秩序の保たれたダイニングを通り過ぎ、今村悠太に導かれて次の部屋に入る。6畳ほどの広さの部屋には小さな勉強机が一つと真治と同じくらいの背の高

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【長編小説】父を燃やす 1-5

学校から今村悠太の家までの道のりはおよそ20分だった。国道から小さな路地に入り、曲がりくねった道を少し行くと神社がある。その神社の裏手にある脇道を通っていくと近道だと今村悠太は真治に伝えた。

今村悠太の小さな背中に背負われたランドセルを眺めながら真治はこのクラスメイトが自分に与えた衝撃を思い出していた。

自分の誰にも知られないはずだった傲慢さを見抜いた今村悠太。その友達は今、ほかのクラスメイト

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【長編小説】父を燃やす 1-4

翌日、真治は借りた漫画を今村悠太に返した。今村悠太はまだおびえた表情をして真治の様子をうかがっていた。

「おもしろかったよ」

真治がそう小さな声で告げると、今村悠太はやっと表情を崩した。そして真治から手渡された漫画を急いでランドセルの中にしまった。

「他のみんなには言ってない?」
「言ってないよ」

クラスメイトが今村悠太と話す真治にチラチラと視線を送っていた。今村悠太はその視線に怯えるよう

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【長編小説】父を燃やす 1-3

真治は物真似を全くやめてしまった。今村悠太が見ているかと思うとどうしてもそれをすることができなかった。

クラスメイトはいつまでも真治に物真似を催促したが、真治は「ネタがなくなっちゃった」と言って断り続けた。そのうちに誰も物真似を求めることはなくなった。

真治は、ときおり友人と他愛のないおしゃべりをしながらも、前のように勉強に没頭しはじめた。教師はそれを成長の証と見て取った。クラスメイトの評価も

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【長編小説】父を燃やす 1-2

それから真治はその男子を観察するようになった。

男子は今村悠太という名前だった。授業中も休み時間もまるで目立たない存在だった。特に誰かに話しかけるわけでもなく、ずっとなにかを読んでいた。クラスの男子も女子も用がなければ彼に話しかけることはなかった。

今村悠太はそんなことを特に気にする様子はなくクラスの中に彼だけの世界を確立していた。真治は今村悠太が気になり、お得意の物真似にも身が入らなくなった

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【長編小説】父を燃やす 1-1

学校で行われる授業の全てを真治は隅から隅まで記憶した。そして家に帰るとそれが何に役立つのかを考えた。

真治にとって知識とは有用性だった。それがなんのためになるのか、社会で地位を得るためのどんな武器になるのか、常にそんなことを考えていた。母の父を憎む気持ちは真治の心の奥まで浸透していた。

学校で日々を過ごすうちに真治はあることに気が付いた。クラスの中で高い地位につくこと、皆から慕われるリーダーに

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【長編小説】父を燃やす -序-

現世で出世するか、天国でしあわせを得るか、その中間はないのだ。
さあ、よく考えてみるがいい。

                       スタンダール『赤と黒』

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父からは油絵具のにおいがした。記憶の中の父はそのにおいだけだった。どんな顔をしていたのか、どんな髪型だったのか、身長はどのくらいで、痩せていたのか太っていたのか

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