【長編小説】父を燃やす 1-7

「ねえねえ、これ見てくれる?」

真治の気持ちなど気にせず、今村悠太の積極性は益々高じてきた。今村悠太は学校で使う学習帳を広げ、真治の視線を促す。そこには漫画のキャラクターと思しき絵がぎっしりと描きこまれていた。

「これ、悠太が描いたの?」
「そう」

今村悠太は得意そうな表情を作り、胸を仰け反ってみせた。その露骨な自己顕示に真治はつい意地悪なことを言いたくなった。学習帳を目の前に掲げ、できる限りの感じの悪さを装って「下手くそだね」と吐き捨てるように呟いた。

「うるさいなあ、まだ勉強中なんだ」

真治の悪意ある演技に傷ついた今村悠太は学習帳を取り上げ、自分でじっくりとそれを眺めた。

「そんなに下手くそかなあ」

その素直な感情表現に真治は笑いを誘われた。一度笑い出すとそれは止めることができなかった。痙攣したように笑い転げる真治を見て、今村悠太はもう一度「そんなに下手くそかなあ」とつぶやいた。

「ごめんごめん、冗談だから。うん、うまいよ、うまい。ちょっとびっくりしたもん」

笑いがようやく引くと真治は慰めるつもりで今村悠太の肩を叩いた。今村悠太は真治の言葉の真偽を推し量っているかのように少しの間黙っていたが、真治が笑顔を向けると納得した表情で頷いた。

「僕、将来、漫画家になりたいんだ」
「漫画家に?」

「そう。岸辺露伴みたいな漫画家」
「キシベロハン?」

「家帰ったらジョジョ読んで。何巻だったかな。確か34か35巻に出てくるから。漫画家のスタンド使い。こうやるとね、人が本になるんだ」

今村悠太はそう言うと右手で宙になにかを描く真似をした。

「ヘブンズ・ドアー」
「なにそれ?」

「今、空中に絵を描いたの。これを見るとね、みんな本になっちゃうの。それで岸辺露伴はその本になった人の体験や記憶を読むことができるんだ。それだけじゃなくてね、その本になった人に文字を書きむことによってその人の記憶を変えることもできるんだ」

「はー、悠太はそれになりたいの?」
「うん」

「漫画の中の話じゃん」
「わかってるよ。『スタンド』は冗談だけど、岸辺露伴みたいなただ漫画を描くことだけに人生を捧げる人になりたいんだ」
「へー」

ニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべる真治に今村悠太は真っ直ぐな視線を向けた。そして数秒前と同じように右手で宙になにかを描きはじめた。

「なに?」
「ヘブンズ・ドアー」

「ああ、それはもういいよ」
「真治のメモリークイーンは僕には勝てない。僕は真治の中に嘘の記憶を書き込むんだ。メモリークイーンは僕よって書かれた嘘の記憶を再現し続けるんだよ」

「ばーか、漫画の読みすぎだ」

真治はこの子供じみた話をする目の前の男子に惹かれていく自分を発見した。真治の周りに集まってくるクラスメイトにはない純粋な意思をそこに感じた。今村悠太は学習帳に描かれた自分の作品を愛おしそうに眺めていた。

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