【長編小説】父を燃やす 1-3

真治は物真似を全くやめてしまった。今村悠太が見ているかと思うとどうしてもそれをすることができなかった。

クラスメイトはいつまでも真治に物真似を催促したが、真治は「ネタがなくなっちゃった」と言って断り続けた。そのうちに誰も物真似を求めることはなくなった。

真治は、ときおり友人と他愛のないおしゃべりをしながらも、前のように勉強に没頭しはじめた。教師はそれを成長の証と見て取った。クラスメイトの評価も依然の明るく楽しい友人に対する親しみから自分たちと遠く離れた大人への憧憬と畏怖に変わっていった。

評価の質は変わっても相変わらず真治はクラスの中心だった。真治はそんなクラスの中心にいながら今村悠太をじっと見つめていた。真治を変えるきっかけとなった今村悠太の洞察力がどこから来ているのか知りたかった。言葉や数字を頭に詰め込みながら真治はどうやったら今村悠太と仲良くなれるだろうかと思案した。

観察を続けるうちに真治は少しずつ今村悠太のことを理解していった。

今村悠太が授業中や休み時間に教師から隠れながら読んでいるものは漫画だった。今村悠太は教科書の中に漫画を隠し、さも勉強をしている風を装いながらそれを読んでいた。

その器用な擬態の仕方に真治は感心した。教師は今村悠太がそのようなことをしているとはまるで思わず、彼のことをただ物静かで勉強熱心な子供とみなしていた。クラスメイトも彼が読んでいるのが教科書ではなく漫画だとは気が付かなかった。それほどまでに今村悠太はクラスの中での存在感が薄かった。

その存在感のなさは今村悠太が故意にしていることなのか、それとも彼のもともとの特性なのか、真治はそれを見極めようとした。真治が教師やお笑い芸人の物真似をすることで明るく楽しい人気者に擬態したように、彼も静かで存在感のない今村悠太を擬態しているのではないか、そう推察した。その推察がもし正しいならば彼は真治を批判する立場にない。今村悠太は真治と同類なのだから。

真治が明るく楽しい人気者を装いながら人を見下していたように、今村悠太も静かで存在感のない人間を装いながら人をばかにしているのではないか。真治はその推察の正しさに自信を持っていた。そのような目で今村悠太を見ると真治は彼に親近感を抱くのだった。

初めての会話から一か月後、真治はもう一度、今村悠太への接触を試みた。下校する今村悠太の後をつけ、ゆっくりと近づき、そして声をかけた。今村悠太は依然と同じように震えながら真治をにらみつけた。

「なに?」

その冷たい視線と乾いた声に真治は少しひるんだが、それを悟られないように落ちつたい声をだした。決して明るく楽しい人気者の雰囲気を出さないように。

「今村君、いつも漫画読んでるよね、先生に隠れながらさ」

今村悠太は急におびえたような表情になった。真治は自分の推察の正しさを確信した。目の前にある今村悠太の表情がその証拠だと思った。

「今村君はみんなが気づいてないと思ってるかもしれないけど、僕は知ってるんだ。静かに目立たないようにしながらこっそり漫画読んでるの」

おびえた表情から次第に泣き顔に変わっていく今村悠太を眺めながらこれはあの時の再現なんだと真治は思った。立場が入れ替わっただけの同じ場面。優位と劣位の反転。そしてきみはもう僕をバカに出来ない。

真治は心の底から湧き上がってくる笑いを素直に表情に現した。今村悠太は黙ったままその顔を見つめている。

「ねえ、なに読んでるの?なんの漫画?」

今村悠太はしばらくの間、下を向いていたが、真治がその様子をただ眺めているのを察するとランドセルから一冊の漫画を取り出し、真治に差し出した。真治はその漫画を受け取り、目の前に掲げた。

「ジョジョの奇妙な冒険?」

ページを捲ると開いた手を顔の前にかざした男性の絵が描かれていた。はっきりとした輪郭を持ち風変わりなポーズをとるその男性の絵は不思議な薄気味悪さを醸し出していた。

「貸してあげる」
「えっ?」
「それ貸してあげるから、先生には黙ってて」

今村悠太はそう言うと走ってその場を去っていった。真治は借りることになったその漫画をぼんやりと眺めた。

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