【長編小説】父を燃やす 1-4

翌日、真治は借りた漫画を今村悠太に返した。今村悠太はまだおびえた表情をして真治の様子をうかがっていた。

「おもしろかったよ」

真治がそう小さな声で告げると、今村悠太はやっと表情を崩した。そして真治から手渡された漫画を急いでランドセルの中にしまった。

「他のみんなには言ってない?」
「言ってないよ」

クラスメイトが今村悠太と話す真治にチラチラと視線を送っていた。今村悠太はその視線に怯えるようにして顔を下に向けた。

「みんなこっち見てるよ。吉田君が僕になんかに話しかけてるから」
「別にいいじゃん、気にしなければ」
「嫌だよ。僕は目立ちたくないんだ。静かに暮らしたいんだ」
「あっ、吉良吉影!」

真治がそう呟くと今村悠太は驚いたように目を見開いた。真治は僅かばかりに開いた今村悠太の心の隙間を見逃さなかった。その隙間から入って今村悠太の心をつかむべきだと考えた。

真治は昨晩読んだ漫画『ジョジョの奇妙な冒険』を頭に思い浮かべた。不気味な絵と不思議な魅力を持つ台詞。記憶の中から該当する場面を呼び起こし、それを完全にトレースする。

「私の名は『吉良吉影』年齢33歳
 自宅は森王町北東部の別荘地帯にあり・・・結婚はしていない
 仕事は『カメユーチェーン店』の会社員で毎日遅くとも夜8時までには帰宅する
 タバコは吸わない酒はたしなむ程度
 夜11時には床につき必ず8時間は睡眠をとるようにしている・・・
 寝る前にあたたかいミルクを飲み20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくとほとんど朝まで熟睡さ・・・
 赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目をさませるんだ・・・健康診断でも異常なしと言われたよ
 わたしは常に『心の平穏』を願って生きてる人間ということを説明しているのだよ・・・
 『勝ち負け』にこだわったり頭をかかえるような『トラブル』とか夜もねむれないといった『敵』をつくらない・・・というのが
 私の社会に対する姿勢でありそれが自分の幸福だということを知っている・・・」

真治の口から発せられる漫画の台詞に今村悠太は目をキラキラと輝かせた。真治はその顔を眺めながら自分の行動の成功を確信した。

「もっとも闘ったとしてもわたしは誰にも負けんがね」

真治が話し終えるとチャイムがなった。クラスメイトがガヤガヤと声をあげながら自分の席に戻っていく。真治も自分の席に戻ろうとしたその時、今村悠太が小さな声を発した。

「吉田君、今日、帰り、一緒に帰らない?」

それは今村悠太が初めて他者に投げかけた呼び声だった。真治はにっこりと笑って大きく頷いた。

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