【長編小説】父を燃やす 2-2

今村悠太は部活には入らなかった。学校での部活動よりも自分の好きなことのできる自由な時間を望んだ。

別のクラスになったことと真治が部活動で忙しくなったことで二人で過ごす時間は小学校の頃と比べて格段に減った。それでも今村悠太は昼休みや真治が部活の終わる時間に自分の描いた絵を見せにくることがあった。真治も自分のいる環境の理不尽さを今村悠太に話し、慰めてもらった。

「まるで囚人みたいだよ」

真治は小学校の頃と変わらない今村悠太の顔を眺めながらつぶやいた。今村悠太は神社の境内にある石段に腰かけながら煌々と照らす月をぼんやりと見上げていた。虫の鳴き声が辺りを包んでいる。

「でも三年生はもう引退だろ」

今村悠太は足元に転がっている石を拾って草むらに投げ入れた。虫の声が微かに小さくなった。

「三年は引退してもまだ二年がいるから」
「ふーん」

「あいつら頭おかしいんだよ。先輩を見たら必ず挨拶しろって言うんだけどさ、あいつらわざと見えないような場所にいてさ、それで後で、お前挨拶しなかったろって怒るんだよ。いや、知らないっての。あいつらの行動は謎だね。理解不能だよ」

「じゃあ、やめちゃえば」

神社の前の道をバイクが軽快な音を立てて通り過ぎていった。その音が今村悠太の声と重なって淡い闇に広がっていく。

「いや、やめないよ」
「ふーん。真治はそんなに野球好きなんだ」

「別に好きではないけど・・・、でも、まあおもしろいよ」

真治は肩に担いでいるバットケースから金色のバットを取りだして今村悠太の前に掲げる。バットは外灯の光を浴びてキラリと光った。バットの重みとそれを握る手の感触が真治の脳裏になにかを連想させた。しかしその連想を追うことをせずに真治は立ち上がってスイングをした。バットが風を切る音が気持ちを高揚させた。

「日ごとに自分がうまくなっていくのが感じられるんだ。筋トレをすればそれだけ筋肉がついていくのがわかるし、素振りをすれば自分が先輩のスイングに近づいていくのがわかる。身体が少しずつ強くなっていくんだ。自分が野球をする身体になっていく感覚が楽しくなっていくんだよ」
「マゾだね」

今村悠太はそう言って笑いながら立ち上がり、真治にバットを催促する。真治がバットを渡すと今村悠太はそれを珍し気に眺め、軽くスイングした。

「ぜんぜんダメだね」

真治は笑った。今村悠太はもう一度バットを振ると自分でも笑い出した。

「だめだ、なにが楽しいのかぜんぜんわからないよ」                               「まあ、これはオレの個人的な目的だからな。悠太、みてろよ。あと一年もすればオレの世界になるから」

「小学校の頃みたいに?」
「そう。それまで耐えるんだよ。力をつけながら耐えるんだ」

真治は今村悠太からバットを奪うと二度スイングした。身体が頭に描きだすイメージと完全に一致していた。どんな球でも打ち返せるような気がした。

「あー、腹減ったな」

今村悠太がつぶやく。

「だな。今日、家くるか?」
「いいのか?お母さん大変じゃないか?」
「大丈夫、陽菜もお前が来ると喜ぶし」

外灯がチカチカと瞬く。虫の声は一段と大きくなり、闇が深くなっていく。

「お前の漫画も最近読んでないしな、見せてくれよ」
「オレ、大分うまくなったからな」

闇にぼんやり浮かぶ今村悠太の笑顔に真治は自分が正しい道を歩いていることを確信した。胸に淡く浮かんでいた野心が大きく燃えだすのを感じた。

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