【長編小説】父を燃やす 2-1

真治と今村悠太は同じ中学に進んだ。小学校と同じ地区にある公立の中学校だった。他の地区の小学校からも生徒は来ていたが顔ぶれの半分ほどは以前と変わりがなかった。

真治は教室に規則正しく配置された顔を眺めながら、この空間で自分を最も上位に位置づけるために有用な手段を考えた。

小学校時代にまとっていたカリスマ性は他の学区の生徒には通用しない。新たな価値を自分に付加しなければ。中学という環境に自分をなじませながら真治はその構造を注意深く観察した。

観察によってまずわかったことは上級生という存在のやっかいさだった。彼らは新たに入学した者の中から最も目立つ存在を巧みに探し出し、その自信を挫くことになにかしらの意義を見出しているようだった。

入学して間もないころ、真治は数名の上級生に囲まれたことがあった。特に暴力を振るわれたわけではないが、挨拶をするよう強要された。その姿や態度を不思議そうな眼差しで眺める真治に彼らは嘲りの言葉を浴びせ、大きく笑いながら去っていった。

真治には彼らの示威的な行動がうまく理解できなかった。ただこの世界では年齢の差異が重要な意味を持ち、年が上であればどんな尊大な態度も許されるということを知った。

コミュニケーション能力や学習能力は学校という社会的な制度上では意味をなすが、それらの能力を十全に発揮することで目立てばたちまちに彼らの目に触れることになる。

彼らは体面を傷つけられることに過剰に反応した。そして彼らの体面は些細なことでよく傷ついた。真治は上級生に目をつけられないよう細心の注意を払いながら、同学年での地位を少しずつ築いていくことにした。

クラスでの評価は相変わらずコミュニケーション能力によって高めることができた。クラスには上級生に憧れて不良を気取る人間も現れたが、真治はそれに加わらなかった。

不良になることに有用性を見いだせなかった。確かに不良はクラスメイトから恐れられ、一見ヒエラルキーの上位にいるように見えた。しかし、実際は彼らを煙たく思っている人間の方が多く、またどう考えても今後の人生にプラスに作用するとは思えなかった。

真治は教師の評価など信用はしていなかったが、それでも無駄なレッテルを張られるべきではないと考えた。

真治が不良よりも有用性を見出したのは部活動だった。

上級生をよく観察していると体育会系の部活動に入っている人間はヒエラルキーの上位に位置している割合が多かった。また不良も部活動で活躍する人間に対してはどことなく遠慮しているように見えた。

それは身体面で勝る体育会系の人間への恐れとなにかにひたむきに打ち込む姿への無意識的な憧れよってもたらされた態度だった。

真治は数ある部活動の中から野球部を選び、入部した。野球部がその中学校の中で最も人気のある部活動だったからだ。

真治はクラスの中で同じ野球部を希望する仲間と床屋に行き、髪を坊主にした。そして母に頼み込み、練習着とグローブを買ってもらった。

小学校の体育以外で球技をする機会のなかった真治は新入部員の中の素人グループに配された。新入部員にまず割り当てられた仕事は球拾いと声出しだった。

グラウンドの端に立ち、叫ぶように「ヘイ、バッチコーイ」と声を出す。そして上級生が打つ球を拾いホームに向かって投げる。ときおり球はグラウンドを越えてその下の河川敷まで転がっていくことがあった。そんなときは生い茂る草をかき分け球を探した。

草いきれを吸い込みながら球が転がったであろう辺りを腰をかがめて探る。緑色に支配された瞳に球の白が映り込むのをひたすら願う。球が見つからずいつまでも河川敷をうろついていると上から名前を呼ばれ、帰ってこないことを叱責される。そんなときは帽子をとり「すいませんでした」と頭を下げる。さらに球が見つからなかったことを報告するとその場で腕立て伏せを五十回させられる。

今まで体験したことのない環境に真治は怒りと恐怖を感じた。自分の人格がまるで無視されていると思った。新入部員を指導するのはほとんどが二年生で、彼らはさも当然とばかりに過酷な労働を真治たち一年生に課した。命令口調で下される指示に真治は反発心を抱きながら従った。そして球を拾いながら挨拶をするときしか関わりのない監督や三年生をうらやましげに眺めた。三年生は一年など気にする様子もなく黙々と球を打ち続けていた。

天に向かって掲げられた金色のバット、それをスイングするための身体の動き、球をとらえたときの音、そういったものを真治は必死に目に焼きつけた。いつの日か自分がそこに立つ日を想像しながら。そうしながら真治は時間を耐えて待つ術を学んだ。

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