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神木町  

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「神木町」シリーズ。 一話完結方式。どこからでも読めます。
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【神木町・あらすじ】

【神木町・あらすじ】

1部は六人の若者の話。
小学生のタツは母親の汚名をカナコと晴らそうとする。
中学を卒業して働く健ちゃんとさえ子は、経済的な自立を模索する。
中学生の研ちゃんは漫画家に憧れ、同級生の幸子は失踪した母と残された父を思う。
6人は、精一杯生き成長してゆく。
2部は、三人の物語。
町田さんはヨッちゃんに危ないところを救われる。
高校生の相良は、近所のお婆さん達と交流する中で人の優しさに気づく。
10年後、

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神木町【プロローグS37】

神木町【プロローグS37】

 神木町の西を流れる山田川は、昔から暴れ川として有名であった。昭和37年に二度の大型台風が到来し、川の東側が大きくえぐられ町は浸水した。その被害の大きさに県もようやく重い腰を上げ、五年計画で山田川の護岸工事を行うこととなった。途中、数度の集中豪雨に見舞われるなど、度々の工事の中断を余儀なくされたが、昭和45年の秋、ようやく工事は完了した。物語は、その年を遡ること3年、昭和42年の春に始まる。

【S42】赤マント

【S42】赤マント

 夜更けし帝都の街並みを、駆け行く怪しの赤マント。月光眩しと見あぐる顔は、恐ろし邪悪の白仮面。可憐な少女を小脇に抱え、鮮やかコルトのガンさばき。唸る銃声。伏すは官憲。たちまち上がるは土煙。
「諸君。外れたのではない。外したのだよ。今度会うまで、その命預けておこう」
響く怪異の笑い声。忽然と、消えたる魔人の影帽子。
「どこだ」
「どこにいる」
「警部、あそこです」
指さす先にアドバルーン。下がるロー

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【S42】酔っ払い

【S42】酔っ払い

 千円札を握りしめて、夜の道を走った。駅に近づくにつれ、人通りが多くなる。通りを折れて路地に入ったところで走るのをやめた。目の前に赤提灯、縄のれんを潜って引き戸を開けた。大人たちの笑い声と煙草のにおい。カウンターの端に父ちゃんが突っ伏していた。
「おう。タツ坊か。ヤッさん。お迎えがきたよ」
飲み屋の親父さんが声をかける。でも、父ちゃんは眠ったままだった。
「おっさん。お迎えだってよ」
隣の男の人が

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【S42】丸出だめ夫

【S42】丸出だめ夫

 今日はタツが休みじゃった。どうせまた、父ちゃんの手伝いさせられとんのじゃろう。と、思っていると。
「まずいのー! なんじゃこれ。人の食うもんじゃねえど」
まあた始まった、相良の給食クサシが。旨かろうが不味かろうが、黙って食え。バカモンが。まあ、確かに、そんなに旨くはないけどな。

 ヒジキの煮物に、ナスと竹輪と豆が入っている。あと微かな肉片。

 それがオカズ。あとコッペパンとマーガリン、脱脂粉

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【S42】大工

【S42】大工

 母ちゃんは、結局五時頃に戻ってきた。ハツコをおんぶして、買い物かごに大根やら白菜やらを入れて。だから買い物をしていたのに間違いはない。でも遅いと思った。理由は訊けなかった。
 俺が今日小学校をサボったからだ。それが母ちゃんにバレては困るので、余計なことは言わない。自分では行くつもりであったが、今朝、父ちゃんに、学校なんか行くな仕事を手伝え、と言われた。二日酔いで仕事どころでなかったんだろう。代わ

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【S44】電気工事士2種

【S44】電気工事士2種

「また、マンガ描きよろうが」
見られた。慌ててノートに体を被せる。
「なんじゃ、勉強しよると思うたら、またサボりよる」
幸子は右の肩越しから覗き込み、なんとか見ようとする。
「うるさいのう。あっち行かんかい」
「従業員の分際で、社長の娘に、よう言うた。お父ちゃんに、言いつけてクビにしちゃろうか」
今度は左の肩越しに首を出す。
すかさず首を傾げてガードする。
「なんが社長か。電器屋の親父じゃないの。

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【S45】橋

【S45】橋

 山田川にかかる木橋の側に立つ。欄干に付いている橋の名前のプレートを雑巾でゴシゴシ拭いた。
花容橋。
「なんて読むんじゃ」
「カヨウバシかの」
「ええ名前じゃ。初めて知った。どういう意味じゃろ」
「知らんわ」
幸子はそう言って写真を撮る。
春休みの宿題が、"町を調べよう"だった。
中学3年に上がると、クラス替えに伴って、教師集団の人員も変わる。2年で英語を教えていた先生が3年でも教えるかはわからな

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【S45】母帰る

【S45】母帰る

 見たのは三度目だった。
台風で、山田川の堤防が崩れて、後少しで決壊しそうになった。それをコンクリートで固める護岸工事があって、今、川に以前の面影はもう残っていない。次には老朽化した橋を架け替えると、もっぱらの噂だった。
 それが証拠に、護岸工事で集まってきた労務者たちの多くは、近くの安アパートを引き払わず住み続けている。
 ワシはこの橋に愛着があった。この春、学校の宿題で、幸子と橋の由来について

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【S45】神楽舞

【S45】神楽舞

 夏祭りの夜に境内でその勝負は始まった。
 晩方、俺は神楽が見たいというカナコんところの清子婆さんと神社に来ていた。一緒に行くはずだったカナコは、熱を出して寝込んでいる。カナコの母ちゃんに頼まれて、俺が行くことになったのだ。
「タツ、すまんのう」
「なんの。カナコには借りがあるけえの。それより、御神楽が今年で終い言うんは本当か」
「神社の修繕があるちうからの。おう、タツの親父も大工で入っとるらしい

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【S45】生活

【S45】生活

「健ちゃん。二種取れたんだって?」
「はい。お陰様で」
 この春の試験で、ようやっと電気工事士2種の資格がとれた。これで、屋内配線の工事も、電器製品の取り付けもできるようになった。時間はかかったが。
 運転席の義正さんは、大学が休みの間、親父さんの電器店を手伝っている。アルバイト代も出るらしい。親子といえども、そこはしっかりしている。
「幸子が言ってたぞ。随分勉強、頑張ったって」
「三年かかりまし

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【S45】さえ子

【S45】さえ子

「やっと仕事が決まったんに、もう辞めるちゅうの」
お母ちゃんは、ため息をついて、天井を見上げる。
「定時制高校に行きたいんじゃ」
ずっと考え考えして、今日やっと言えた。言ってしまえば、もう後戻りはできない。
「定時? 夜学か。行ってどうするんじゃ。銀行員にでもなるつもりか。アホらし。そんなんなれるか」
「別に銀行員にならんでもええよ。簿記とかの勉強をして、ちゃんとした会社にはいりたいんじゃ」
「あ

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【S45】家出

【S45】家出

 家を出て、頼るところもなくて、結局、駅でひと晩明かした。始発で東京に出ようかと思っていた。
 それなのに夜が明けて、始発が来ても乗れなかった。勤め人の人とか通学の生徒さんやらがだんだんに増えてきて、駅を離れた。
 行くところがなくて、結局木村電器店の前にいた。親父さんが店を開ける時、私に気づいて店に入れてくれた。いきさつを話して、朝ご飯をいただいて、奥の部屋で寝かせてもらった。気を遣って幸子ちゃ

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【S45】まんが道・その1

【S45】まんが道・その1

「やまもとー。また漫画描きよるん」
いつものように、昼休みに漫画に没頭していると、いつものように幸子がからかいに来る。
「そうじゃ、読むか。読ましちゃる」
「いらんわ」
そう言いながらも、幸子はワシのノートを覗き込む。見ちゃれ見ちゃれ。ワシがデビューしたら、こんな生原稿なんぞ見れんぞ。ほれほれ。
「やまもとー。ほんまお前、絵が下手くそやなぁ」
「なにお」
「小学生でも、お前より上手いわ」
「描いた

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