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私たちについて来ないで【文フリ大阪 後日編】

文学フリマ大阪から一夜明けた9月11日。
当日の夜の打ち上げで大いに盛り上がり、てっぺんをはるかに飛び越して午前三時に眠りについた私たちは、さすがに若干の疲労は感じつつもやっぱり興奮状態で目が覚めた。
この日は京都の本屋ともひさしに、私たちの本を届けにいく予定になっていたのだ。

小雨が降っているからと、この日在宅ワークだった旦那さんが駅まで送ってくれることになった。

今日はさすがに忘れもんはないよな?
「さすがに大丈夫よ。あ、家の鍵は持って出なくていいよね?」
「大丈夫よー」

そうしてドアを閉めて、歩数を稼ぎたい旦那さんは階段で、やや前日の疲れを引きずっている私たちはエレベーターでそれぞれ下に向かおうとしたときだ。

とき子さんが、傘を忘れたことに気が付いた。
お父さーん!ちょっと待ってー!
すかさず叫んだものの、階段を勢いよく駆けおりているだろう旦那さんには届かない。
〇〇くーん!〇〇くーん!!
まるで青春映画のような熱意を込めて呼びかけても、やはり届かない。
仕方なく一度下りて旦那さんに鍵を借り、傘を取りに行くことになった。

「ときちゃん、またか!またやっちまったのか!!」と、とにかく嬉しそうな旦那さん。
かくして結局三日間とも、一日の始まりはドタバタしていた。
いや、始まりだけじゃない。三日間とも、一日中ドタバタしていた。

ちなみにいま気が付いたのだけれど、前日編、当日編、そして後日編と、毎回冒頭は私の夫やとき子さんの旦那さんの「忘れものはないよね?」から始まっている。
私たち、どれだけ夫に心配されているんだろう。

出だしで軽く躓いたものの、私たちは順調に京都にたどり着いた。
ここで地下鉄に乗り換えて、五条へ向かう。
以前一緒に京都に行った夫からは「京都から五条なら歩いていけるやろ」と言われたのだが、私の方向音痴っぷりを踏まえるとそれは不可能に近い。

地下鉄への乗り換え口を探しながら歩いていたら、出口に出てしまった。
首をひねりながら来た道を戻ると、人が左に流れ出していく通路があった。
地下鉄はこっちって書いてある!
なんとか地下鉄に乗って五条に着いて歩き始めたら、今度は徒歩一分のはずの本屋ともひさしがなかなか見えてこない。仕方なくスマホの地図を開いたら、真逆の方向に突き進んでいたことが判明した。
「えー?私もこっちだと思ったよー!」とカラカラ笑ってくれるとき子さん。

そういえば昨日、文フリを終えてみんなで駅に向かう際も私たちは「行きはこっちから来たよね!」と言いながら危うくみんなを駅ではないどこかへ導きそうになった。
とき子さんと私は、たぶん頭のなかに同じ地図を描いている。
その地図に基づいて歩いているから私たちはかなり自信満々に見えるけれど、実際にはその地図は現実とリンクしていない。
今後私たちとどこかへ向かう人たちは、どうか私たちを信じないでほしい。

そうして本日二度目の回れ右をして進んでいくと、見覚えのある獅子舞に出くわした。
ここが、本屋ともひさし。

五条駅8番出口から徒歩10秒

少し緊張しながら引き戸を引くと、朗らかな女性が迎え入れてくれた。店主の高橋さんだ。
去年から私の本を置いていただいていたのだけれど、実はお会いするのは初めまして。

本屋としてオープンしたのは二年ほど前というものの、もともとは神職の装束店だったというお店は相当な年月を感じさせる。
そこに等しく並べられた、児童書、一般書、それから外国語の本。
ベストセラーも、初めて見る本も。
新刊も、私が子どものころに親しんでいた本も。
始めましての本も、久しぶりの本も、すべて「店主高橋さんの認めた本」という括りのもとに仲よく並んでいる。

素敵なお店だわとしみじみ見回していたら、「この本ご存じですか?」と突如『いるのいないの』を読み聞かせが始まった。
知ってる。一度読んだら枕元までついてくる系の怖い絵本じゃないですか。

絵本のなかの古びた日本家屋と、歴史あるお店の内装が重なる。
急にホラー感満点なお店みたいな演出をするの、やめていただいてよろしいか。
こちとら小学生のときに隣の原くんに「知ってる?ゆで卵の語源って茹でた孫なんだよ」と囁かれて、夜トイレに行けなくなったほどのビビリなのだ。茹でた孫ってなんだよ。

「この建物がお客さんや著者の方を呼び込んでくれるんです」と話す高橋さんは、付き合いのある作家さんや版元の話をたくさん聞かせてくれた。それから本屋としての矜持や、これまで経験したお客さんと本との不思議な出合いも。

去年高橋さんの手で、台湾からのお客さんや読書好きな小学生、たまたま立ち寄った旅行者など、さまざまな方に私のエッセイを届けてもらったことを思い出す。
穏やかさのなかに時折覗く、芯の強さ。
高橋さんの本への愛情に感嘆する一方で、とき子さんも私もだんだんと気持ちが落ち着かなくなってきた。

本屋さんに自分の本が並ぶというだけでも顔が火照ってしまうのに。
こんなにこだわり抜いて選書されているお店に、私たちの本を置いていただいていいのかしら。

思わずとき子さんが口に出すと、「大丈夫ですよぅ。私が置きたくてお声がけしたんですから」と高橋さんは鷹揚に手を振った。
ほんとに?ほんとに?とそわそわする私たちに、高橋さんはにっこり微笑む。
「原田マハさんの本のお隣に置かせてもらいますね」

ひー!なんというもったいないお言葉……!!
ひたすら恐縮しながらも、せっかくなので置いていただく本を両手に持ってお店で写真を撮らせてもらった。

ザ・和!なお部屋にて。撮影:店主高橋さん

さらには名物フォトスポット、『パンダ銭湯』の暖簾の前で。
サングラスとパンダの耳をつけて撮ってもらった写真を後で見返すと……ヤンキー感満載の二人組が写っていた。

つるるとき子Tシャツのヤンキーたち

最近生産者の顔写真付きの野菜をよく見かけるけれど、同じことをやったらかなり誤解を生みそう。
私たちはヤンキーではない。
あ、でもでも、とき子さんの『にじいろの「はなじ」』には「パンジーヤンキー」が載っている。
noteで読んだときも名作だったけど、紙で読むとまた味わいが深まるこちら。

すっかり話し込んでふと時計を見たら、夜行バスの時間が迫っていた。大変!

名残惜しくもバタバタとお店を辞して、とき子邸でお夕飯とお風呂をいただく。
サンマの塩焼きとゴーヤチャンプルー、豪勢なご飯に涙が出そう。

じゃ、次は東京で!
そうとき子さんと約束して、私は大阪、梅田へと向かった。
バス停は駅から徒歩10分強。
バス会社のホームページや写真付きで行き方をまとめてくれているサイトを見たけれど、おそらく私には難易度が高すぎる。

スマホ片手にスーツケースを引いて向かった先は、交番だ。
威張っていうことではないけれど、私ほどの方向音痴になると、徒歩10分の場所に人の手を借りずに目的地に着くことはインポッシブルに等しい。
私は、私を信じない。だから私の周りのみんなも、私を信じないでほしいのだけれど。

毅然とした足取りで駅近くの交番に向かっていたら(そのくらいの距離なら大丈夫)、所在なさげな若い女性二人組がゆらゆらついてきて、信号前で話しかけてきた。
高速バスの乗り場がわからないという。ひょっとして同じバス乗り場に向かう人ですか?と聞かれたのでバス会社を聞いたら、違うところだった。

「ごめんなさい。私はいま、交番に道を聞きに行くところです」
そう答えると彼女たちは「あ……」と儚げな呟きを残してどこかへ去っていった。
ここまで着いて来させてしまってすまない。

無事に交番に着いてバス乗り場の入っているビルの名前を告げると、おまわりさんは「みんなわかんないってよく聞きにくるんすよねー」と言いながら簡潔に道順を教えてくれた。さすが、聞かれ慣れてきた蓄積が活きている。

教えられた目印を見逃さないよう目を見開いて道を歩き、曲がり、地下道を進むと、目指していたビルに着いた。
これは間違いなく、一人ではたどり着けなかった。
自分を信じないって、人を頼るって大事だなと噛み締めながらバスに乗り、心地よい疲労感とともに眠りに落ちた。

翌朝の早朝、東京の自宅に帰ってそうっと荷物の整理をしていると、起き出してきた夫が「おかえり」と目を細めた。
忘れものはなかった?
どうして彼は真っ先に忘れものを気にするのだろう。
「私はたぶん、なかったよ」と答えると、「迷子にはならなかった?」と不安そうに彼は聞いた。
「何度か、なりかけたかな」と言うと、「やっぱり〜、そんな気がした!帰ってこれてよかったね」と微笑んだ。

忘れものをすると「やっぱりときちゃんや!」と喜ぶ、とき子さんの旦那さん。
道に迷うと「そんな気がした」と笑う、私の夫。
私たちの夫は、私たち以上に私たちのことを熟知しているのかもしれない。
そんなことをひとりごちながら、気持ちを切り替えて文学フリマ東京の準備へと進み始めたところである。

そうそう、すまいるスパイスの文フリリポートと、とき子さんと私がカフェペンギンにお邪魔した回がともにアップされている。
お時間のある際に聴いていただけたら、とても嬉しい。

紫乃さん、Marmaladeさんの文学フリマ大阪リポート。
文フリ当日のワサワサした空気がお楽しみにいただけます。

こーたさん、Marmaladeさんのカフェペンギンにとき子さんとお邪魔した回。
文フリを間近に控えた我々のソワソワした雰囲気とこーたさんとMarmaladeさんの穏やかな語り口、そして「」「ぬか漬け」「ビールとサバ缶」をキーワードにプレイリストを選曲するこーたさんのマニアックさがお楽しみいただけます。

(完)


文学フリマ大阪 前日編

文学フリマ大阪 当日編

文学フリマレポは、シリーズ累計13,000字!
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