見出し画像

パンジーヤンキー 実家①ただいま

母の元気が今ひとつ。

そう思ったのは、やけに頻繁に電話がかかるようになってきたからだ。
それまでは「米まだある?味噌、送ろうかー?」という、おおよそ食に関するもので、時々こちらからビデオ電話すると、来客中で「うちの娘から電話なのー」と、私のすっぴんをご近所さんに晒されるか、向こうが風呂上がりで半裸を突きつけられるかのどちらかが多い。

それなのに「今、電話していい?」とわざわざ前置きのLINEまでしてきて、話を聞くと、大体は家族の健康の話に尽きるのだけれど、答えの出ないことを長々と話すことが多くなった。電話の最後には「聞いてくれてありがとう」と言うのだ。

これは母のSOSではないのか?と、うすらぼんやり思いながらも「まさかあのばぁばがねぇ」という気持ちも拭えず、夏休みでも冬休みでもない時期に帰省するほどのことはないと思っていた。

そんな日が続いた11月、カレンダーに書かれた「東京文フリ」の文字をみて、ああ、ちょっとだけ顔を見に行こうかしら、と思い立った。
すぐに母に言って、やっぱり行けないとなったらガッカリさせてしまうので、夫と娘に入念にスケジュールを確認し、割とギリギリになってから「東京に行くついでにそっちにも寄るわ。一泊ぐらいしか出来ないけど」そう伝えたら、私が思っていた以上に母の声が弾んだ。
「あら本当?どうせなら2泊ぐらいすればいいのに。娘ちゃんも4年生なら平気じゃない?」

こいつは只事じゃねえや!!

来るなら孫を。孫を置いてくるなら、一刻も早く帰ってやりなさい。
一貫してそういうタイプの人なのに延泊を希望なさってる。
「70を過ぎると、一度とても落ち込むみたい」まっつんがそんなことを言ってた気がする、あれ、養命酒のCMだっけ…?
そういえば、こないだ夏に帰ったとき、弟が「父ちゃんめちゃくちゃ痩せてよぅ、もしかするとって思っちゃったよ俺」と言ってたのも思い出して、じんわり焦りが広がった。
母に元気がない理由が、ただの年齢的なものでありますようにと、私は延泊分の荷造りをして茨城に向かったのだった。


実家に到着すると、果たして父は、夏よりもっと痩せていた。
父は割と筋肉質のガタイのいいタイプの男前であり、痩せてもまぁそこそこの男前ではあったけども、あらまぁ小さいおじいちゃんになってしもた、と思った。
「ちょっとなんでそんなに痩せてるの食べてる!?」といきなり私がそういうと「なんか最近食べ物に味がない」とカカカと笑いながら言う。「とき子、食べ物に味があるっていうのはすごいな、食事っていうのは、お腹が膨らむのが目的じゃないんだな。70過ぎて俺は悟った」
父は大発見したとそう言ったけど、いやお父さん、元料理人やん、そこの悟り遅すぎん?

父は1年ほど前に胃がんを患い、そのせいで随分と痩せたのだが、それに加えて最近飲んでる薬の副作用があるらしかった。肌艶は良いし、声に覇気もあったので、なんだかそこは安心した。

さて母はと言うと、夜遅くに実家に着いた私に、嬉々として夕飯を用意していた。
「高速バスでパン齧って帰る」そう伝えておいたら、馬の餌みたいな量のほうれん草のお浸しと巨大なブロッコリー一房ぶんと思われるサラダと、具沢山の味噌汁が置かれ「野菜食べてね!このご飯ね、ほとんどうちの畑から採れたのよ、すごいでしょう!?」と嬉々として畑自慢が始まる。
うんすごい、すごいけどこれあれかな?「なんとこれ一粒でこれだけの野菜が摂れます!」ってCMで使う野菜、全部使ったのかな?今、夜10時よ、さすがに今から1日分の野菜は、カウントダウンがキツ過ぎる。

父も母も、思ったより元気そうだった。
それはいつものことなのか、それとも今日、ここに私がいるからなのか。

「最近どうよ?」なんだか照れてしまって、ぶっきらぼうに聞いてみたら「何が?」と返されたので「いや、やたら電話してくるし、寂しいとか困ってるとかあるのかと思ってさ」
なんでもない風に、味噌汁の具を口に流し込みながら聞いてみた。
玉ねぎとじゃがいもが口に入れた瞬間に溶けて、いつから用意してたのかなぁとぼんやり思う。

「ああそうねぇ。何もないよ、変わってないよ、だけど老後ってさ、子育ても終わって、もっとお気楽と思ってたのに、心配ごとって人間変わらないもんだよねぇと思って」
「お前はあれこれ気にし過ぎなんだよ」
「ほら、お父さんに話すと全部こう言うでしょう?女の人って、不安を話したいだけじゃない?」
「母さんずーっと同じ話しするから、とき子、お前に任せるわ」

父と母がいつも通りの掛け合いをする。
父が、ほうれん草を一緒につまみ出して「酒はいいのか?」とニヤリと笑う。
「母さんの話は長いから、飲んだほうがいいぞ」
「いつもそんなに長く話してませーん」
いつも通り。
それでも、母はやっぱり聞いてもらいたいことがあって、父は、俺にはお手上げだという風だった。

わかるわかる。
年齢を重ねたら、今よりずっと心配ごとが減るって思うよね。そうか70過ぎても減らんのか。
そうそう、男の人に話してもね、響かないこと多いよね。
お父さんは結構話し聞くタイプだと思うけどね。うちの夫の方が聞かないよ。最近は私の方が聞いてないって怒られるけど。
あ、娘?相変わらずよく食べてるよ、そろそろ反抗期に入るんじゃないかしら。

文フリ東京の疲れがじんわり体に広がる。
温かい味噌汁は、私の体の緊張していた部分にあっというまに染み込んで、思考回路をどんどんぐんにゃりと溶かしていくようだった。
両親の心配事も、私の今日の1日の緊張や心地よい疲労も、大鍋に溶かして美味しい味噌汁の具になったらいいのにねぇ、割といい出汁になるんじゃないかねぇ。
そんなことを考え出したあたりの絶妙なタイミングで「お風呂入ってもう寝なさい」
母が、昔、よくそう言っていた口調そのままで言った。


久しぶりに「ばぁば」じゃなくて「お母さん」と、そう呼ぼうと思った夜だった。



🌼 🌸 🌼 🌸 🌼

実家に帰った時の話し。
長くなりそうな予感しかないので区切ります。
さて、どのぐらいの長さになるんだろうか。
はて?タイトルにたどり着けるんかしら?
次もお付き合い頂けたら嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?