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5年後、10年後で待つ読者にも届けたい。本屋大賞2022全ノミネート作レビュー

本屋大賞ノミネート10作ぜんぶ読んでみよう。

これまでにも思い立ったことはあるけれど、週に1冊読み終えるのがやっとの私。間に合わないかなあ、間に合わないよなあと、本屋の棚を前に逡巡してはあきらめてきた。でも人生で一度くらい”今一番アツい”という謳い文句に身を委ね、存分に物語世界に耽ってもいいじゃないか。それに、毎年盛り上がる順位予想に自分も参加してみたい。ほんのちょっぴり無邪気な憧れもあった。

1冊読み終えるごとに、駅前の本屋で1冊買い足して帰る。その生活を続けるうち、ふと気づく。昨年のノミネート作はほとんど店頭にないことに。

今日も、明日も、明後日も、新刊書籍は毎日毎日大量に発売される。大型書店ならまだしも、町の小さな本屋には、発表後も置き続けるスペースの余裕はない。少しずつ店の奥に移動し、補充されなくなったり返品されたりするのだろう。小さな本屋には別の魅力があって、仕方のないことではあるけれど、5年後、10年後にこの10冊を必要とする人がいるかもしれない。そのときに、目に触れる機会が減ってしまうのは少し寂しい。ネットの片隅ではあるが、せめて私のnoteでは全作を棚に並べ続けたい。

というわけで、順位予想ではなく10作すべてをおすすめしていく。どれを読むか迷っている人の参考になるよう見出しをつけてみた。読む本に迷ったときは何年後でも、ここで選んでもらえらたらと思っている。

※あらすじのネタバレには気を付けておりますが、気になる方はご注意ください。


今日、私とすれ違った小さな世界の住人へ

一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社)

不妊に悩むモデル、転校先で馴染めない高校生、他人との距離感が掴めない教師……息苦しさを感じながらも不器用に生きる人たちを描いた短編集。現実は時に残酷で、自分の心すら思いのままには動いてくれない。いつもきれいな答えを出せるわけではないけれど、彼らなりにあえかな希望を見出し生きる姿に胸がじくじくする。

全編に人生の切実さを滲ませながら、シリアスなサスペンスもの、ポップな青春小説、語り、書簡体形式など、1篇ごとに吹かせる風の色を変えていくのがこの作品の魅力のひとつ。異なる作風の物語がひとつの本の中で隣り合うように、この世界のどこかでどん底の人と絶頂の人とが知らず知らずすれ違っているのだろう。私たちも、きっと。

今日、私とすれ違った小さな世界の住人へ。読み終え顔を上げたら、もう一度タイトルで会いましょう。


この現実の先に続くもうひとつの怪しく朧な世界にいざなわれたいあなたへ

小田雅久仁『残月記』(双葉社)

月。『竹取物語』の時代から人々が思い馳せてきた場所。満ちては欠け、ともすれば灰色の雲に搔き消されてしまいそうな淡い光を注ぐ夜もあれば、永久を予感させるほど頑なに鎮座する夜もある。絶対的に遠くにあるはずなのに、地続きに存在しているような気もする。月が魅せる幻想的な世界を描く中短編3作を収録。

句読点ひとつにまで神経の通った文章がとにかく美しい。決して派手ではないが、月が纏う繊細なイメージを豊かに表現し、読む者の脳内に緻密に異世界を構築してくれる。特に、感染病”月昴”が蔓延した独裁政権下の日本を舞台にした表題作は、物語に没入するというより、物語の方が現実を侵食してくる。顔を上げると、目に入ってくる景色は、似ているようで本質的に何かが変わっている。

この現実の先に続くもうひとつの怪しく朧な世界にいざなわれたいあなたへ。これほどまでに魔力に満ちた作品とは、今後数年巡りあえないと思います。


人生をだれかに握らせているあなたへ

町田そのこ『星を掬う』(中央公論新社)

母と生き別れ、父と祖母を見送った千鶴。元夫は引っ越し先にも頻繁に詰めかけ、暴行を加え金を要求してくる。職場のパン工場のパンで食いつなぐギリギリの生活。心安らげる場所も、友人もいない。ある日、副賞の5万円目当てでラジオ番組に母との思い出を投稿。放送を聞いた女性から連絡がありーー。母娘としてどうあるべきか、ひとりの人間としてどう生きるか、迷い悩みながら向き合う女性たちの物語。

序盤、不幸の責任を他人に押しつけ、自ら差し伸べられた手を振りほどく主人公の卑屈さがもどかしかった。そのやきもきする気持ちはたぶん、自分自身にも向けられていたのかもしれない。病気になってしまったこと、そのせいで思うように生活を送れないこと、変化を受け入れられないこと。落ち込むたびに、病気のせいに、会社のせいに、社会のせいにしていなかったか。せめてもっと違う性格に産んでくれればと一度も思わなかったといえば嘘になる。

人生をだれかに握らせているあなたへ。”自分の人生は自分のもの”だ。成果も生きがいも尊厳も、搾取する権利はだれにもない。それはたとえ家族でさえも。その代わり、つらさも苦しさも自分で引き受ける覚悟を忘れてはいけない。そして、他人の人生も尊重することも。楽な生き方ではないけれど、この本が背中を叩いてくれるだろう。


何が読みたいかわからないけど、とにかく面白い本が読みたいあなたへ

米澤穂信『黒牢城』(角川書店)

時は戦国、天正6年。有岡城主、荒木村重は織田信長に背き、本願寺につく。籠城し毛利の援軍を待つ村重のもとに、織田方の使者として黒田官兵衛が説得に訪れる。応じるつもりの毛頭ない村重は、官兵衛を突き返すことも殺すこともせず、人質として土牢に閉じ込めることを選んだ。味方が次々に開城し、敵の包囲網が固くなる中、城内では続けざまに不可解な事件が起こる。解決できなければ、家臣の不審が募る……。危機感を覚えた村重は牢屋の官兵衛の知略を借り、謎を解いていく。

村重はなぜ信長を裏切ったのか、なぜ官兵衛を生かすのかーー。事件の背景でとぐろを巻く思惑、差し迫る籠城戦の行方、この世の闇に蠢く因果。秀逸な短編連作ミステリーでありながら、歴史小説としては400ページ丸ごとクライマックス。そして、ここぞという時に現れる安楽椅子探偵、黒田官兵衛の魅力たるや。

何が読みたいかわからないけど、とにかく面白い本が読みたいあなたへ。あなたが何に興味を持ち、どんな本を読んでいるのか。本を紹介するときに頼るすべての情報を取っ払っても、この本なら自信を持っておすすめできる。


徹夜覚悟で振り回され裏切られたいあなたへ

朝倉秋成『六人の嘘つきな大学生』(角川書店)

人気沸騰中のSNSを運営するスピラリンクスの2012年新卒採用。最終選考に残った6人の大学生たちは高学歴で爽やか、意識も高い。彼らに与えられた課題はグループディスカッション。全員内定の可能性もあり、本番に向け議題を予想し準備を進めていた。しかし、直前で選考内容の変更が告げられる。6人で話し合って内定にふさわしい1人を選ぶことに。当日、会議室では不穏な封筒が見つかってーー

今振り返っても、就活を取り巻く空気は異様だった。心の奥底では「こんな短時間で何が分かる?」と疑問を抱きながら、本当は辞めたくて仕方なかったバイトや楽しんだだけのサークルのエピソードを積極性1.5割増しで語り、短所すら長所と見まがうような色付けをした。毎日、希望しか知らないみたいな顔をしているうちに、だんだん自分自身も騙されて、お祈りメールが届くたびに全人格を否定された気になった。当時の募る不信と焦り、時々はちきれそうになる高揚、いちいちに振り回される痛々しい自分の姿を思い出してひりひりした。

さらに、ミスリードに次ぐミスリードで、物語は二転三転。目まぐるしい展開に一気読み必至。徹夜覚悟で振り回され裏切られたいあなたへ。物語の中でならいいじゃない。


私の想像の及ばぬ場所で私の想像を絶する苦しみを抱えているあなたへ

朝井リョウ『正欲』(新潮社)

”多様性”。近年、よく耳にするようになった言葉。互いを認め合って、みんな自分らしく生きましょう。今はもうそういう時代ですから。新しい価値観が芽吹き始めています。本当に、そうだろうか。『普通』はあくまで地位を譲らず、輪郭をわずかに膨らませたに過ぎないのではないか。耳触りのいい言葉で思考を停止させ、まだ名付けられていない苦しみを想像する努力を放棄しているだけではないのか。社会は依然、大切なだれかと過ごす人、子孫を残そうとする人をターゲットに回っていて、1点に向かって流れている。

私にとって朝井リョウは、まだ形になっていない胸のわだかまりを言語化し救ってくれる存在だった。呼吸すらままならない共感に、何度も涙をこぼした。この本にも「これは私の話だ」と思う瞬間があった。だけど、私が触れることのできない世界が描かれていもいた。共感できないことに芽生えた一瞬の不安は、私の中にある「間違っていない」と証明されたい欲求を浮き彫りにした。だれだって本当は自分以外の苦しみを味わうことはできない。それでも共存するために想像しようとするしかない。想像できないことを思い知るしかない。

「おすすめ」という言葉すらどこかひとつの流れに収斂させるような気がして、この本に使うには躊躇われる。私の想像の及ばぬ場所で私の想像を絶する苦しみを抱えているあなたへ。1冊1冊、大切に届けたいと思う。


夜、目を閉じる瞬間、ぬくもりが恋しいあなたへ

青山美智子『赤と青とエスキース』(PHP研究所)

1枚のエスキース(絵画の下絵)をめぐる短編連作集。留学先で期間限定の恋をする少女、夢と現実の間で葛藤する額職人見習いの青年、天才アシスタントの人気の裏で焦るベテラン漫画家……。漠然と口を開けて待つ将来への不安、くすぶる劣等感、揺らぐ自信、幸福な時間が今にもこぼれ落ちてしまいそうな心もとなさ。ささやかな感情のふるえを赤と青の色彩であたたかに描き、人生に訪れる一瞬一瞬を共にしてくれる存在を思い出させてくれる。

1話ごとに赤と青のモチーフが効果的に組み込まれているのみならず、大人になりきれない未熟さ・簡単に揺れる心は青を、それを乗り越え芽生える情熱・育まれる愛情は赤を想起させ、それらがエスキースの”未完成さ”と”迸るエモーション”の要素と響きあう。小説を読んでいるのに、1枚の絵を眺めているような心地になるのだ。

夜、目を閉じる瞬間、ぬくもりが恋しいあなたへ。この本が瞼の裏を彩り、寂しさをほんのちょっぴり和らげてくれるかもしれません。


今も世界のどこかで戦う少女を想うあなたへ

逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)

第2次世界大戦下のソ連。故郷イワノフスカヤ村をドイツ軍に殲滅された少女セラフィマ。赤軍の女性狙撃手イリーナに窮地を助けられるが、母の遺体と思い出の家を焼かれ、悲しみは殺意へと変わる。母を撃ったドイツ兵とイリーナに復讐を誓い、狙撃兵となる決意を固めた彼女は、同じように家族や故郷を失った少女たちと鍛錬を積み、戦場に乗り出す。

初めて人を殺した時の震え、目の前に突きつけられる仲間の死、支配する同調圧力、女性兵士に向けられる軽蔑の眼差し、凌辱される女性の悲鳴、敵味方関係なく奪われる夢と尊厳。戦場で待つ光景は、少女が戦う理由を揺るがし、狙撃の魔力は、少女の輪郭をぼかしていく。私たちは何のために戦うのか。何に戦わされているのか。セラフィマとともに揺らぎ、泣き、震え、祈り、考えた。これは歴史が隠そうとしている女性たちの物語であり、今なお世界のどこかで繰り返される現実だ。

今も世界のどこかで戦う少女を想うあなたへ。平和への道は必ず通じているはずだと、私は信じたい。ひとりひとりが望み、選べば、きっと。


それでもミステリーを愛さざるを得ないあなたへ

知念実希人『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)

ミステリーはダブルバインドの文学だと思っている。常に目新しさが求められる反面、ラインを踏み外してはいけない。情報を後出しすると読者に対してフェアではないし、どんでん返しが過ぎると興が冷めてしまう。この作品はその両者の隙間を絶妙なバランスで駆け抜けていく。特別ミステリー好きというわけではない私も、読後は思わず感嘆の息がもれ、賛辞の拍手を送りたくなった。純粋に謎解きを楽しみたい、登場人物ひいては作者との推理対決を楽しみたい人にぴったりの1作。

人里離れた山中に建つ円錐状のガラスの塔。ミステリーマニアが催すパーティーに集められる作家、雑誌編集者、刑事、霊能力者、医者、名探偵。小説の中に迷い込んだかのように起こる連続殺人事件。「館もの」の設定を下敷きにし、作中には先達の本格ミステリー作品のタイトルがぎっしり。作者と登場人物の悲哀すら感じさせる熱烈なミステリー愛に圧倒される。

本を開いた瞬間から、悲惨な事件が起こるのを待ちわびていることに気づきはっとする。自分は冷たい人間なのかもしれない。それでもミステリーを愛さざるを得ないあなたへ。普段読まない人ももちろん楽しめるが、この作品にはミステリーフリークだけが共鳴できる何かがあるような気がする。


頑張っている、でも本当はもう頑張れないかもしれない夜にいるあなたへ

西加奈子『夜が明ける』(新潮社)

友だちとの間に落ちたほんの一瞬の沈黙に、立ち上げたばかりの真っ新なnoteの入力画面に、衝動に任せて叫びたい言葉がある。喉元まで、指の第一関節まで出かかった思いは、過去に集積された声によってふたたび押し込められる。「負けるな」「踏ん張れ」「自己責任だ」「甘えるな」「もっとつらい人がいる」。ひとたびさらけ出せば、そう一蹴されることをよくよく知っていて、取り返しがつかなくなるような予感がする。そうして行き場を失って、つっかえたままの思いがありったけ、この本に書かれている。

貧しい、つらい、苦しい、痛い。それって本当に生死が危ぶまれる状況まで追い込まれなきゃ認められないのだろうか。そもそも誰が定義しているのか。何と戦って、何に気を遣っているのか。ほかならぬ自分が感じたのなら、それは貧しさであり、つらさであり、苦しさであり、痛みだと、主張していいじゃないか。ラスト50ページで29年間ずっと堪えてきた一言が初めて音になった。まだ宙に向かって放つことしかできなかったけれど、この物語が崩折れそうになる背をさすってくれた。

頑張っている、でも本当はもう頑張れないかもしれない夜にいるあなたへ。この深い夜はまだ明けないかもしれないけれど、この本がきっと手を差し伸べてくれるだろう。


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