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Withコロナのブラジル・サンパウロから(5/7)

ブラジル国内のCOVID-19の感染拡大は勢いを衰えることなく、新たに9,900人の感染が確認され、累計の感染者数は135,000人に。また死者は610人増の9,146人となった。その一方で、これまでに55,350人が治癒している。

格差社会を襲う新型コロナウイルス

ブラジルは社会格差の激しい国で、例えば人工呼吸器を備えた集中治療病床の備わり方でも地域格差が見られる。

感染拡大が特に深刻なアマゾン川流域のアマゾナス州では、人口10万人あたり7床なのに対し、首都ブラジリアのある連邦直轄区では30床と、4倍以上の差がある。人工呼吸器が不足している地域では、症状が悪化した順番ではなく、患者を選択して適用している現状も伝えられ始めている。

また、公営病院と民間病院の格差もブラジルの医療制度ならではと言える。

公立病院は、連邦政府が運営する統一医療システム(SUS)に組み込まれており、税金で支えられ市民は無料で利用できる代わりに、施設や体制の不備、待ち時間の長さが指摘されることが多い。

一方の民間病院は、民間医療保険に加入したり、もしくは治療費を全額負担できるのであれば利用できる。ブラジルでトップクラスの病院のほとんどは民営だ。また民間医療保険とは、医療システムのサブスクリプション制度のようなものと考えるとよい。経済的余裕がある人が月額払いで加入し、そのプランによって具合が悪くなったときにどの病院にかかれるかが異なる。その代わり、病院に行っても診察・入院代の支払いは発生しない(医薬品は別途購入が必要)。規模の大きな企業に勤めていると、福利厚生の一環として会社負担で社員をこうした民間医療保険に加入させることがある。

人工呼吸器を備えた病床の不足問題は、こうした公営・民間という病院の運営体制の壁を越えて、そもそも病床待ちの列を1本とすべきではないのか、という議論に発展している。

元々こうした議論、つまり民間病院における公営医療システムの患者の受け入れは徐々に始まって来ていたが、病床を統合的に運営するには至っていなかった。民間病床は民間医療保険の被保険者の支払いで運営費が賄われており、そもそも病院自体が民間の医療法人であるため、政府もおいそれと一本化に踏み切ることができない。

新型コロナウイルスは、近代化の中で社会に定着したブラジルの医療格差という問題をも、鋭く突いてきている。

低所得層の生活を直撃

ブラジルで一部の州が外出自粛要請を出し、一般商店の営業を禁じた際に、「貧しい人々は働きに出ざるを得ない」との大統領の発言が非常識だとして大きく取り上げられた。

確かに、自治体の外出自粛要請と逆行するこのような発言が、一部の人々の耳で「外出は悪いことではない」とエコーし、それが行動に反映されたことはあったかもしれない。

しかし次の数字を見ると、とてもではないが大統領の発言を反射的には批判できないと思うのだが、それは自分だけだろうか。

非公式市場で働くと言えば、例えば我が家の掃除に2週間に1度来てくれる掃除婦がそうだ(と思う。所得申告を恐らくしていないと思うので)。

雇用にありつけるのが難しいブラジル北東部からサンパウロに出稼ぎで来ており、郊外の自宅から1時間以上かけてバスで通ってくる。1日いくらで掃除をしてもらっていたが、外出自粛要請が出た以降は、彼女とその家族への感染リスクを上げないよう、掃除には来ないようにしてもらっている。

しかしすでに長い付き合いなのと、家庭の苦労話も結構聞いているので、掃除を見送った日の分は支払うつもりでいる。ただ世の中、こうした雇い主ばかりではない。こんな契約関係などはまず口約束なので、簡単に破棄できてしまう。

つまり元々脆弱な立場なのが、今回のCOVID-19ショックで殊更強調されるようになったに過ぎない。そんな彼らに「働くな」と言うのは、あまりに酷な話なのだ。

長引く外出自粛要請への疲れ

外出自粛要請が3月24日から続いているサンパウロ州。

携帯電話が基地局間を移動する様子をモニタリングして人々の接触率を測っているが、州政府の目標70%削減に対し、実際には50%前後の削減しか達成できていない。5月11日からは、病床数に余裕のある地域での緩やかな経済活動の正常化を進めるとしているが、感染数の増加が止まらないので、実行に移せるかは不透明である。

接触率削減が思うようにできていないのは、長期化する外出自粛への疲れもある。

その対策として、昨日5/6も記したように、サンパウロ市では「敢えて渋滞を発生させて車で出かける意欲を削ぐ」という荒業に出たが、車で通勤していた医療関係者が出勤時刻に間に合わない、検問箇所のはるか後方で救急車がハマるなどの問題が発生して、1日で撤回することに。

その代替策として、今度は車両ナンバー規制を打ち出してきた。

前回の反省を踏まえ、医療関係者はナンバーの奇数・偶数に関係なく通行可としているが、それでも工場などの稼働している会社勤めの人や、会社が車を貸与しているケース、あるいはUberなどの配車アプリで生計を立てる人など影響範囲は想像以上に広いので、市役所側の柔軟な対応が再び求められそうだ。

なおサンパウロ州以外を見ると、リオデジャネイロ市では外出自粛措置より厳しい強制力のあるロックダウンの是非判断を、明日5/8に持ち越した。すでに一部の商業地区を立入禁止としているのは、そのテストケースとなりそうだ。またリオデジャネイロ州は、政令に反して営業し続ける店舗について、今後は教育的指導ではない強制閉鎖措置も行なっていくと発表した。

ブラジル国内で初めてロックダウンに踏み切り、今日で3日目となるマラニョン州サンルイス都市圏では、人の動きが85%まで減ったという。

同じくロックダウンに踏み切ったパラー州ベレン都市圏では、5月10日以降、どうしても必要な外出の最中であることを屋外で証明できない場合に、150レアルの罰金を課す。270万人を対象に、10日間実施される。

触らぬ現金にウイルスなし

外出自粛要請の影響で、デリバリーの活用やホームオフィスなど、生活様式に急激な変化が見られる。サンパウロ市では外出時のマスク着用も5月7日から義務化された。元通りの世界にしばらくは戻れなくなったことを、見た目にも実感するようになった。

買い物の時の振る舞いもそうだ。迂闊に何かに触れてウィルスが手に付着するのにも敏感になっていることから、支払方法にも変化が出てきている。

つまり、現金のやり取りやカード決済端末に触れるのを避けるためのもので、カードのタッチレス機能やウォレット・アプリの活用、あるいは店側がWhatsapp等で送信するリンクを踏んだ先で顧客が決済をする仕組みが使われ始めた。ここでも(昨日の記事に続き)フィンテックが活躍する。

ブラジルは元々カード決済が進んでいる国ではあるものの、これまでの普及とは明らかに異なる速度で利用者が増えているようだ。そういえば、先日立ち寄ったマクドナルドのドライブスルーでは、決済はSem Pararと呼ばれる、日本のETCに相当する方法が選べた。

アフターコロナの頃には、誰もが非接触な支払方法を習得しているのかもしれない。

価値を下げた新興国通貨の代名詞・ブラジルレアル

COVID-19と米中貿易戦争による世界経済の悪化、それにブラジル内政の混乱や財政の悪化に加え、政策金利が史上最低の年率3%へとカットされたことで、ブラジルの通貨レアルは対ドルで2.4%下落し、1ドル=5.84レアルと史上最安値を更新した。

もし次の金融政策会合で、今回と同じく0.75ポイント下げて2.25%となれば、インフレ調整後の実質金利がマイナスとなる事態に。新興国経済にどっぷり浸かるということは、ずっとジェットコースターに乗っているようなものだと思う。

対日本円でも、1レアル=18円を割りそうな勢いとなっている。

国境封鎖が麻薬取引にも影響

意外なところでは、ラテンアメリカ地域での麻薬の流通にも影響が出ているようだ。

大麻はブラジル国内で違法に栽培・流通しているが、コカインは、パラグアイ・ボリビア・コロンビアなどから密輸されたものがブラジル国内で消費されるか、もしくは欧州へと運ばれている。

その際は、各国との国境からブラジル領内に入ってきて、空港や港湾に運ばれる。生産国の空港ではチェックが厳しいため、わざわざブラジルを経由するのだ。実際に、ブラジル内陸側の国境での検査は甘い。さらに、欧米にアクセスする空路・海路ともに、ブラジルからであれば選択肢が豊富にあるという利点もある。

しかし、今回のCOVID-19の感染拡大で、南米諸国は陸路での相互往来に制限をかけている。中にはボリビアのように、国外にいた自国民の帰国すら拒否する国もある。

こうした措置が麻薬の流通に影を落としているというのであれば、COVID-19のおかげで一部では本来あって然るべき状態になっているとも言え、何とも皮肉な話となっている。

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