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#035.プラクティスミュートと練習場所問題について考える


練習場所問題

みなさんはトランペットの練習、どこでされていますか?

部活動に所属している学生の方は、練習場所が当然のように存在しているのであまり考えたことがないかもしれませんが、社会人になると音を出す場所を探すだけでも一苦労な環境にいる方も多いです。

自分の話をすれば、ツキイチレッスンも音大のレッスンも、スタート時間より1,2時間前から部屋を確保し、準備やウォームアップに充てるなどができるよう時間調整をしたり、お願いしています。

音大への進学を決めた高校生の時は吹奏楽部の顧問の先生や担任、音楽の先生にお願いして教室や音楽準備室などを好意で使わせていただいていました。音大に入ってからは基本的に練習場所に困ることはなかったのですが、長期休暇や日曜祝日は当時大学に入ることすらできなかったので、練習場所にはとても苦労しました。大学を卒業してフリーでやっていくと決め、東京で一人暮らしを始めてからも、その当時はまだ母校の東京音大で卒業生が練習することが黙認されていたので助かっていましたが、数年もすると徐々に行きづらくなり、公共施設などを借りて音出しをするなど、やはり苦労していました。

屋外で練習、という発想も無きにしもあらずですが、都心で音が出せる屋外というのもなかなか見つけるのは大変ですし、そもそも楽器の練習は屋外に適していません。気温や日光、砂ぼこりなど楽器自体にもダメージを受けますし、集中した練習はできません。

最近はカラオケボックスが練習としての利用を歓迎しているところも増え、ありがたい存在になりました。しかし、やはり集中して自分の音や音楽に向き合う環境にはほど遠いし、多分僕はマイクを握って歌い始めて楽しんでしまい全然練習にならないことでしょう。

かと言って公共施設は地域にもよると思いますが利用希望者が多く抽選に通らないと使えませんし、毎日のコンスタントな利用はまず無理です。カラオケにも言えることですが、金銭的な問題もあります。

プラクティスミュート

上記の選択肢の中に「プラクティス(練習用)ミュート」を挙げなかったのには理由があります。
近年本当にたくさんのプラクティスミュートが増えました。プラクティスミュート自体は昔から存在していますが注目を浴びるようになったのは今から30年ほど前に発売されたヤマハのサイレントブラスだと思います。この特徴は、マイクが内蔵され、外部出力に接続して自分の音を電気的に変換できる面白さがあるところ。カラオケ音源を流しながら自分の音をオーディオから出せます。

ちょうど僕が音大生だった時にヤマハの方が開発中のサイレントミュートを持ってきてくださり、みんなでモニターになりました。その後一般発売されたサイレントブラスは非常に人気が出て、気がつけばすべての金管楽器用のサイレントブラスが発売されました。

初期型のミュートは後輩から借りて使っていました。大学で練習ができない長期休暇の時期には仕方なく実家でミュートを付けて音出しをしていたのですが、これを使うと必ず調子を崩す、という循環がありました。当時は恥ずかしながらその理由がわかりませんでした。

生徒さんからもプラクティスミュートについて質問されることが多いのですが、私はこれがどのような機能でどんなリスクがあるかをお答えしつつ、どうしても使用する場合は内容を限定することをお勧めしています。
まったく音出ししないよりはプラクティスミュートを付けて練習時間を確保したほうが良いのでは?と思う方も多いかもしれませんが、使い方を間違えると逆効果になるのです。

プラクティスミュートがなぜ調子を崩しやすいのか

プラクティスミュートを使うと高確率で調子を崩すのはなぜかわかりますか?これは、トランペットの音の出る原理にヒントがあります。

金管楽器は唇に作られたアパチュアという空気穴に体内の空気が流れ出ると唇が振動して音になるわけですが、実際の演奏時にはマウスピースのカップや細いスロート、そして楽器の細く長い管が空気抵抗の要素となって、体内の空気圧とバランスを取ることで演奏をしています。楽器を構えずに唇をビービー鳴らすバズィングとは空気圧の面でかなり条件が異なります。

プラクティスミュートがデシベル的音量を大幅に抑える仕組みはベルを塞ぐこと、要するに空気の出口そのものを塞ぐことで成り立っています。

楽器から外へ空気がほぼ出ないということは、通常の演奏時に比べると果てしなく高い抵抗感を楽器側が生み出すことになるわけで、音を出すための体内の空気圧とのバランス条件は大幅に変化します。

もしこの条件で音を出そうとするならば、体内に用意する空気圧バランスを変えるしか方法がありません。そのことに気付いて音出しをしているならまだしも、人間は無意識に「いつも通りの聴こえ方」を自分の耳に求めてしまいがちで、大変多くの方がその実感を求めて、音量を抑える仕組みのプラクティスミュートを装着しているにもかかわらず比較的大きな(しっかり聴こえる)音量を出そうと体内の空気圧を超高圧にして楽器の中に息を吹き込んでしまうのです(オーバーブローと呼ばれる行為です)。その際、音が出る条件としてアパチュアも果てしなく大きくセッティングする必要が出てしまうため(もしくはオーバーブローによりアパチュアが口の中から押し広げられてしまうため)、いわゆる「開いた状態」になり、演奏に最も不向きな響きのないそば鳴りの状態が完成してしまう、というわけです。

こんな状態で練習をしてしまったら、プラクティスミュートを外して通常の練習に戻った時の体の感覚は大幅に狂ってしまい、セッティングもわからなくなるので、結局感覚を取り戻すための時間が必要になるのです。

どんなに高性能なプラクティスミュートであっても、ミュートを付けていない状態とは何かしら異なったバランスが生まれてしまうのですから、多かれ少なかれ何らかのトラブルは起こると考えています。ちなみに、つい最近発売されたベル全体に被せるタイプのプラクティスミュートはどうなんでしょうか?試したことないのでわかりませんが。

ともかく絶対に覚えておいてもらいたいのは、プラクティスミュートで音出しをした時の自分の耳に聴こえてくるデシベル的音量は果てしなく小さく、自分の耳にも感知できるかどうかギリギリの音量くらいにしかならない、という点です。もしも、しっかり聴こえている状態であれば、それはすでにビービーしたそば鳴りフォルティッシッシモ(音楽的ダイナミクスではありません)だと思ったほうが良いです。

ではどうするか

じゃあ練習しないほうがいいのか?と思われてしまいますがそうではありません。大切なのは練習場所やミュート等の条件に合わせたそれぞれの音出しをすることです。

原則音出しができない自宅の場合は、ミュートを装着せずに行う超pp練習をお勧めします。正しいセッティングで空気圧バランスが整っていると唇は必ず自然に反応し始めます。近所迷惑にならないppのバランス(会話やテレビなど日常生活で発生する音量以下)でもそれを成立させることができ、その丁寧な感覚や、きちんと考えて空気圧バランスを見つけていく姿勢や考える行為だけでもかなり質の高い練習になります。ただし、超pp練習は高音域や表情をつける練習には向いていませんから、ロングトーンなどの基礎練習の範囲に限定されがちではあります。

したがって、そのような安定した奏法を確立する目的の練習を自宅で行ない、カラオケや公共施設のスタジオを使える際は発展的基礎練習や曲の練習をするのが良いと思います。

どうしてもプラクティスミュートを使用しなければならない時は極力短時間で、楽器を唇にセッティングする練習など音を出す前のルーティンを中心にし、音はあまり出さないように心がけることが大切です。音量が極端に小さい(ほぼ聞こえない)のが通常モードだ、と音を出す前に必ず自分に言い聞かせてから音を出しましょう。

練習場所の響きについて

公共施設やレンタルスタジオは外に音が漏れないような徹底した防音室にしていることも少なくありません。そこで発生する問題として「自分の音が空間に共鳴しない」点が挙げられます。
自分の音が部屋の中で全然響かないので、無意識に鳴らそう鳴らそうと頑張って吹き込んでしまい、結果プラクティスミュートと同じようにやたらと大きな音量を出そうと体の空気圧バランスが強く、オーバーブローになりアパチュアサイズが大きく変化してしまいがちです。

狭く響きのない空間で音を出さなければならない場合は、空間の響きで何かをジャッジするのではなく楽器そのものの響き(管の共鳴)を捉えるよう心がけます。どんな場所で演奏しても自分の音は自分の音であり、悪化しているわけではない、と心に言い聞かせましょう。

余談ですがコンサートホールのステージで演奏する際にも、いつもの練習と違って客席に音が吸い込まれるような錯覚に陥って、演奏している実感が得られずいつも以上に鳴らそうとしてやはり同じようにオーバーブローになって調子を崩すこともありますから注意しましょう。

ということで、今回はプラクティスミュートと練習場所問題についてお話をしました。

先ほどお話した自宅でもできる超pp練習の仕方や、楽器自体が共鳴している感覚、プラクティスミュートの使い方についてなどは毎月複数回開催している単発レッスン「ツキイチレッスン」でも詳しく解説・実践できますので、お気軽にお越しください。
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荻原明(おぎわらあきら)

荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。