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小説

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小説的ななにか
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2023年6月の記事一覧

ラフレシアなきみ

以前、僕が付き合っていた彼女はこういった。

「スープの冷めない距離なんて言葉でお互いの距離を詰める事を怖がっている癖に、それを認めようとしないのは傲慢よね」と

僕は猫舌だから、冷めたスープでもビシソワーズ気分で戴いてしまえるから別にいいんだけどなと思いながら、彼女の肩を抱いて、それからあたりまえのようにキスをした。

結局のところ、スープが冷めるより明らかな分かりやすさで気分が醒めてしまった彼

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なまめかしい古傷

なまめかしい古傷

体に這う指を、なぜ僕はつかめなかったのだろう。
彼女の指先が震えていたのは、いつだって熱帯夜で、その理由を尋ねることもしなかった。それだけの資格を、僕が持っているとは思えなかったし、あけてしまったパンドラの箱を、閉める術を僕が手に入れられるとは思っていなかった。

いや、そんな微かな震えにさえ、気付けなかったのが、あの頃の僕らの半端な恋愛に与えられたスキルだったんだろう。

片田舎の恋なんて

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きみのかお

きみのかお

笑顔を見たいという気持ちと、寝顔を見たいという気持ちの均衡は、早寝早起きの習慣のある彼女に対しては、あまり有効ではないことに気がついた。

おはようから、おやすみまでを百獣の王(仮)に見守られ、歯磨き粉を買うように催促されるなかば脅迫的なビジネスのCMが流れるテレビを見ながら、伺うように鼻歌をくちづさむ彼女は機嫌が良さそうだ。

千変万化とまではいわないし、機嫌でコントロールを失う波間の船のような

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3分待っていて

3分待っていて

3分間で出来ることは案外少ない。

「例えばキスは一瞬で出来る」僕は言ってみる。

「一瞬で済ませられるような、おざなりな接吻など私はいらない」

僕の戯言に、ざっくりと斬りつける刀のような言葉で桜は言った。

1秒で変わるもの。

世界で起きるあれこれ。ため息が呼吸に変わるまで。百年の恋の終わり。

正確に言えば、それはきっとコンマの間に生まれ、いやもっと厳密に言えば見えないまま、感

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IS

IS

答えを埋めた穴の上で、それが掘り返されないようにと彼と彼女は座っていた。

共に歩くというよりも、そこから動かないことで関係性を維持する。それが目的であった。いや、手段、続けるための手段。

別の誰かを探すことなんて面倒で、お互いを必要としているなんて綺麗な言葉ではなく、わかりやすくそれは共犯関係であったのだと思う。あまねく恋愛が共犯であるはずなのに、どちらが良いとか、悪いとか、そういったこと

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