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[気づきの日記帳08]僕たちは感覚渦巻く世界を生きている

[社会人20年目の気づき]

僕たちは、感覚渦巻く世界を生きている。

なんか当たり前のことをカッコつけて言ってるようにも見えますが、このシンプルな気づきは、仕事の質を変える大きなものです。

クリエイティブなアイデアを生み出していくのに、重要なのは論理か感覚か。その議論は、いろんなところでされてきました。論理なく感覚的面白さだけを追求するクリエイティブなんて価値がないというストラテジーサイドの主張と、感覚的面白さなく論理だけを追求するクリエイティブは永遠に届かないというクリエイティブサイドの主張のぶつかり合い。そんな掴み合いがいろんな現場で起きてきたんですね。ストプラ系の人間が組織の長になれば論理が優先的に語られ、クリエイティブ系の人間が組織の長になれば感覚が優先的に語られる。アホかと言いたくなる不毛な流れです。

どちらも重要に決まってます。その両面を高度に回せる人間が世界のクリエイティブトップに立っている。それはわかりきったことです。ただただ理由もなくオモロいアイデアを連発するだけのクリエイターに未来はないし、ただただ念仏のように自分が考えたロジックを唱えるストプラにも未来はない。そういうことだと思います。

ただ、その特性の異なる2軸を、アイデア開発の全体工程の中でどう扱い、どうバランスをとって、1つの完成した制作物に落とし込むのか。その明確な言語化・構造化は、大人の年代になるまでできていきませんでした。

重要な前提:私たちが生きているこの世界は、論理以上に感覚が渦巻く世界である、ということ。

世界は、どうやら感覚が支配している。そう考えると、いろんなことがわかりやすくなることに気づきます。世界は感覚が支配している。だから、さまざまな社会課題、企業課題も、多様な条件や事情を論理的に考え解決の道筋を考え抜くと同時に、それを世の中に送り出していくときには、感覚が支配する世界に伝わる形式に変換して届ける必要がある。もちろん論理は重要な要素です。どういう関連変数を読み込んで、解決の論理方程式を組み立てるかはとても大切。でも、それだけでは届かないのが世界のリアルであり、それが理解できないと芯を食って届くコミュニケーションは設計できない。

感覚が支配する世界からのINとOUT

アメリカの元大統領、ドナルド・トランプ氏の政治手法を見ていると、この世界が感覚が支配する世界であることを痛感します。大統領補佐官を通じて会見&発信する公式ルートは保ちつつ、それとは別にドナルド・トランプとしてのソーシャルアカウントをフル活用し、感情的&感覚的言葉で発信を繰り返す独特のスタイルと戦略。「あいつは偽物だ」「あいつは嘘つきだ」「あいつがアメリカをダメにした」「不法入国者は、国に送り返せ」。アメリカ合衆国大統領としての品格などお構いなく、意図的に熱く、意図的にイモーショナルに投げかけられる感情的メッセージ。それが、人々の理性の殻を突き破り、本音のレイヤーに突き刺さり、聞く人の気持ちを熱くしている。

人間には、理屈では理解できるけど感情的にはNOと言いたいこと、いろいろあるものです。多様な要素が複雑に絡み合った今の時代であれば、YES or NOとシンプルな答えが出ないことも普通のこと。アメリカとは自由と平等の国であるという崇高な建国の精神にたてば、アメリカンドリームを抱いて移住してくる人々に寛容であるべきなのですが、治安も悪くなるし雇用環境も変わると思うと本音はNOなの!という人も実は多く存在する。トランプ氏の言葉はそうした人々の本音の扉を上手に開き、隠れトランプと呼ばれる「本音ではトランプ支持」という層を作りだしてきたのです。

トランプ大統領、およびその政策参謀は、世界が感覚渦巻く世界であることを、そして人間が論理的な判断よりもまず感覚的な判断をする生き物であることをよく理解し、効果的にそのツボをつく戦略をとる大統領なのだと思います。

人間は、感情的・感覚的判断をすることで生き残りに成功してきた。

日本のクリエイティブディレクターの原野守弘氏は、著書「クリエイティブ入門」(著者:原野守弘/出版社:株式会社インプレス、2021年2月刊)の中で、米国の著名な脳科学者、アントニオ・R・ダマシオの研究を紹介しています。

「感情」の重要な機能は、無自覚的に意思決定の範囲を狭めることだと彼は言う。簡単に説明すると、人間が意思決定を行うとき、熟慮に基づく意識的仮定に先立つ無自覚的なプロセスとして、過去の経験から選択肢それぞれにプラスとマイナスの感情のラベルを付け、有利なプラスの選択肢をとりやすく、不利なマイナスの選択肢を排除することで、意思決定空間を狭めることが行われている。

(原野守弘. クリエイティブ入門. 株式会社インプレス, 2021, 51p.)

なるほど。じっくり考えて論理的に判断する前に、人間は、感情フィルターでなんかやばいぞと経験的に感じる選択肢は先に排除しているわけですね。

第一印象の重要性を明らかにした研究も有名です。プリンストン大学の心理学の教授アレクサンダー・トドロフ氏が2017年に出版した『第一印象の科学―なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか?(原題:Face Value: The Irresistible Influence of First Impressions)』は大きくメディアでも取り上げられました。

人は何かを判断する際に、直感や固定観念といった最も手短な方法に頼る傾向があります。そして、見知らぬ人に対して判断を下す時の鍵となるのが、第一印象です。第一印象とは、外見のような表面的な手がかりに基づいて、他者を瞬時に判断することです。文字通り、ひと目見ただけで人の印象が決まります。顔を見た時間が10分の1秒にも満たなくても、判断するのに十分な「情報」が得られます。実際のところ、それ以上長い時間見ていても評価は変わりません。ここでいう判断とは、その人が信頼できるかどうか、能力があるかどうかといった、その後の関係に影響を及ぼすような判断のことです。

(「ファーストインプレッションの重要性とは。」BMW Online Magazine, 2021/4/12, https://www.bmw.com/ja/innovation/how-to-make-good-first-impression.html)

論理的思考よりも前に、感覚的&感情的判断が先にやってくる特質。

それは、自然界に暮らす動物たちのリアルを考えると納得できる話です。常に外敵からの急襲の脅威にさらされている動物は、外敵の急襲を受けたその瞬間に瞬時の判断で危険回避できなければ死んでしまいます。全ての動物は、それぞれが置かれている状況の中で、生きるか死ぬかのタイミングで直感的本能的に判断する方法が装備されたわけけです。っていうか、そういうことができる進化を遂げたものだけが生き残ってきたわけです。

知恵を手に入れ、文明を手に入れ、外敵の急襲の脅威からある程度解放されたといえども、進化のタイムラインから考えればその環境変化もこの数千年レベルの話。どんなに人間が、論理的脳の発達を生かした論理的判断が得意になっているとしても、最初の判断時には、論理的判断よりも前に感覚的判断と評価が先にくる生き物としての基本設計は変わることがない、ということなのだと思います。

原野さんは著書の中で、世界を動かすために、「好き」という感覚が極めて重要であることにも触れています。

すべては、個人的な「好き」から始まる。「好き」に対する「共感」は、時に非常に大きな力を持つ。そして、これこそがエンターテイメントビジネスや広告表現、新商品開発を成功させる基本原理でもある。

(原野守弘. クリエイティブ入門. 株式会社インプレス, 2021, 60p.)

人間は「好き」でつながっている。そして「好き」は、時空を超えて広がる。それは、共感や連帯をうみ、社会に新しい考え方やアイデアを拡散する触媒になるのだ。そう、世界は「好き」が動かしているのだ。

(原野守弘. クリエイティブ入門. 株式会社インプレス, 2021, 162p.)

世界を動かしたいなら、世界の「好き」と向き合う必要があり、世界の「好き」と向き合うには、自分自身の「好き」と向き合う必要がある。極めて個人的な「好き」の物差しを磨きあげていくことが、結果的により大きな世界の「好き」につながっていくことになる。とても興味深い指摘です。

「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」。

『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞を受賞したポン・ジュノ監督が受賞スピーチで紹介したマーティン・スコセッシ監督の有名な言葉です。「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」。

自分が何に感動するのか。何にグッとくるのか。何に萌えるのか。何にはまるのか。自分の感覚と日々対話し、自分の感覚に客観的な視座を持つように習慣づけていくと、個人的なる感覚の先に普遍的な感覚らしきものがあることが見えてきます。たとえば、自分たちの年代に共通する感覚、あるいは日本人に共通する感覚のようなものが。感じたたくさんの感覚に一定のルールや特徴があることがわかってくることをきっかけに、自分の脳のなかで、整理が進んでいくのですね。そこをさらにさらに深ぼっていくと、個の「好き」との向き合いから始まったトレーニングは、いずれ、すべての人間に共通する普遍的な「好き」の扉を開くことにつながっていきます。ポイントは、その普遍への道筋は、個人によってルートが違う、ということです。だからこそ、他人に惑わされることなく、自身の感覚との正直な対話を続けることが重要なのだと思います。

時代的なクリエイターになるために重要なこと

私たちが生きているこの世界が、論理以上に感覚が重要となる世界であることを深く理解するようになってから、あらためて、世界で起きているあらゆる感覚変化に敏感になることの重要性を認識するようになりました。そして、時代変化を感じとるセンサーとしての自分の感度をいかに高められるのかを考えるようになりました。

かつて出版した「なんとなく企画クリエイティブの仕事をしたいと思っている人のなんとなくをなんとなくじゃなくする本」(株式会社講談社、2021年刊)という書籍の中で「なぜのダイアリー」という個人メソッドを紹介していました。世の中がなんか保守的になってきてるなあ、と感じたら、なぜそうなってきているのかを考えてみる癖をつける。自分の個性を表現するためにTATOOを入れることに抵抗のない若者が増えているなあと感じたら、その背景にありそうな若者の気持ちの変化を考えてみる癖をつける。「推し」の応援のために金と時間を惜しまない人が増えてきているなら、そうなる背景を想像してみる癖をつける。自分は、日記をつけるように、感じた変化とその理由と考えられる内容をメールに書いて自分に送っていたので「なぜのDialy」と名づけて習慣化していました。大きいこと小さいこと、どんなことでも人間の感じ方に変化が起きていると感じたら、それを言語化し、丁寧にしまっていく感じです。

この工程、正解を求めないことも重要です。正解を見つけることではなく「VIEW」を育てることに意味があるからです。正解が見つからないから仕舞わない、ではなく、正解かどうかわからなくとも今時点のVIEWを言語化して残していく。そして後日、その内容がアップデートされることがあったらまた、VIEWを更新していけばいい。それまでの認識を覆す内容であったとしても、それを新たなVIEWとして加えていけばいい。毎日繰り返していれば、その「VIEW」の数は数百を超え、数千を超え、数万を超えるものになっていきます。そうなれば、あなたの脳の中に「VIEWの森」とも呼べるものが出来上がっていくことになります。それはいずれ、あなたに多様な業務が依頼されるようになった時、あなたにしか生み出し得ない見方と考え方を提供することになるのです。

10年以上にわたり運営している私塾、777塾で受講生に質問した「なぜ」の例です。塾では毎年、多様なジャンルの「なぜ」を投げ、その人なりのVIEWを披露し合ってもらっています。
なぜ、YOASOBIは世界で人気になったのか?
なぜ、シアー素材、透け感は今時ファッションのトレンドになったのか?
なぜ、ファッションでTATOOを楽しむ人が増えているのか?
なぜ、女子はパン好きなのか?
日本ではなぜこんなに多数の地域芸術祭が実施されているのか?
なぜ、最近の選挙では政党が得票につながらないのか?
なぜ、世界で極右勢力が伸びているのか?
なぜ、今時なる若者はタイパを気にするのか?
なぜ、20代の投票率は低いのか?
政治の「なぜ」から、流行の「なぜ」まで。幅のある「なぜ」を投げ、それぞれの解釈を発表してもらうようにしています。「なぜ」の問いでも、人によってVIEWがそれぞれ違うことを体感してもらうためです。そして多様なVIEWから、自分のVIEWを再構成することの意味を知ってもらうためです。

クリエイターの戦いの本質は、表面的なアイデアの巧劣ではなく、見方・考え方の戦いにあると思っています。ソリューションのオリジナリティは、見方・考え方にこそ現れてきます。そして見方・考え方の訓練は、一朝一夕にはできないことも事実。日々の筋トレが筋肉質の体を作っていくように、日々、癖をつけていくことによって、脳が鍛えられていくものです。

世界を理解する上で感覚が重要であることを理解した上で、世界の感覚変化に敏感なクリエイターになってください。


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