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【書評】チームビルディングとワークビルディングの「漢方薬」"儀式"をひもとく本

マスクやアクリル板が少しずつ町から姿を消している。新型コロナウイルスの感染拡大で訪れた「新しい日常」は少しずつ"歴史"になっていると感じる今日この頃だ。

あの日、多くのものがコロナウイルスに奪われた。「飲み会」もその一つ。
雑談があまり得意ではなく、飲み会に苦手意識を感じていた僕は正直安堵していた。
しかし、「飲み会が無い日々」を重ねるごとにささいなすれ違いがあちらこちらで起きていることに気付き、その思いを改めた。

慣習というものは一見、無駄に見えるときもある。だが、それらの慣習は長い時間をかけて育まれた知恵なのだということをコロナウイルスは教えてくれた。

いつの時代も、大事なことやありがたさは失って初めて気付くものである

先日、"儀式"について書かれた本が英治出版より出た。
人間が長い時間をかけて作り上げた儀式を「儀式という方法、ツールやフレーム」として捉え直し、働き方を"儀式"を使ってリデザインする方法について書いてある本である。

コロナ禍であらゆる慣習が失われた日々を過ごすことで「ささやかなことを繰り返し行うことの大切さ」を実感した。ゆえに、"慣習"に似て繰り返し行う行為である"儀式"を創造的に応用するというアプローチが興味深かった。

「繰り返す大切さ」をまだ忘れられないでいる現代の人々に対して強いメッセージ性を持った本ではないかと思っている。

儀式とは個人または集団が、毎回同じような形式や台本にしたがって繰り返しおこなう行為であり、象徴的な意味や意図が込められている。

『「儀式」で職場が変わる──働き方をデザインするちょっとヘンな50のアイデア』より

『「儀式」で職場が変わる──働き方をデザインするちょっとヘンな50のアイデア』
著者:クルシャット・オゼンチ、マーガレット・ヘイガン
訳者:齋藤慎子
発行: 英治出版


"儀式観"を捉え直す"儀式学"

この本は大まかに言って、以下のような構成で書かれている。

  • "儀式"学(儀式を捉え直す概論的な部分)

  • "儀式"の事例集

  • "儀式"の作り方

儀式というものに対して「宗教や民族」といったイメージがあったので、最初は正直、仕事で活用するという想像が全くできなかった。
だが、概論的に書かれた導入があるおかげで「"儀式”は『抽象的な意味や意図を非言語的に伝える手段』である」と捉え直すことができた。

概論の次は、50の事例が次々に紹介される。
現代風にアレンジされた"儀式"は「お陀仏プロジェクトのお通夜」から「組織の結婚式」までユニークなものばかりだ。
一見、「あそび」にみえる"儀式"もあるし、「”儀式”はあそびに近い」という主張もあるのだが、概論があるおかげでそうではないということが分かる。
"儀式"には現状を打破するために、悩みに悩み抜かれた意図や目的があるからだ。
ルールを分かっている方がゲームが面白いように、意図や目的を理解している方が"儀式"への解像度も上がってより面白くなる。
概論があるおかげで事例集をより理解・共感して読むことができた。

最後には、「"儀式"の作り方」が載っている。
意図や目的を"儀式"に込めるプロセスを理解することで、自分の仕事や所属しているチームに最適な"儀式"を作ることができるようになっている。

"落書き"で生産性が50%向上⁉

この本を読んで始めた新しい儀式「落書き日課」

タイトルに「働き方をデザインするちょっとヘンな50のアイデア」とある通り、この本には50の事例(アイデア)が載っている。
個人の創造性を上げる"儀式"から、組織やチームビルディングに役立つ"儀式"まで目的に応じて"儀式"を探すことができる辞書みたいな本でもある。

その中から数個ほど実践してみたが、生産性が爆上がりした"儀式"と出会うことができたのでそれについて紹介したい。

「落書き日課」
①机の上を何も無い状態にして、ぞうきんがけをする
②スケッチブックと色鉛筆を出す
③色鉛筆を削る
④スピーカーの電源を入れる
⑤AIチャットくんを開く
⑥Spotifyを開く
⑦ボヘミアン・ラプソディ (オリジナル・サウンドトラック)を再生する
⑧ ♪ 20世紀フォックス・ファンファーレ★ / クイーン を聞きながらAIチャットくんに「何でも良いから3つ単語を上げて」とお願いする
⑨ ♪ Somebody To Love / クイーン を聞きながらAIチャットくんが出した3つのお題を元に落書きをする(ほぼ5分)

紹介されていた「落書き日課」を応用・発展させた僕の「落書き日課」

僕は書くことを生業にしているが、人類共通の悩みである「スイッチが入らない」という問題に長年悩まされてきた。
そんな僕を救ってくれたのがこの本に書かれた「落書き日課」だった。

元々は「1分間で自由に落書きをする」という個人・チーム向けの"儀式"であるが、それを応用した"儀式"を今は仕事を始める前に必ず行っている。

ポイントは机の掃除や落書きという身体性を伴った行為を行うことで、自然と次にするべき作業に意識が向くようになったことにある。
(それは例えば、準備体操をすると「体を動かしたくないなあ」と思っていても体育のモードになるのに似ている)

画力が幼稚ということもあり、「しょうもないなあと」半笑い・苦笑いになるので、リラックスしてから仕事に臨めるという効果もあった。

日々、生産性を測定しているが、"儀式"導入後は目に見えて成果があがっており、少なく見積もっても効率は「1.5倍」ほどになっていた。

いやはや、"儀式"の力恐るべし。

「特効薬」ではない"儀式"の魅力

読書メモより

儀式という形式は、長い時間かけて培われたツールであるだけに絶大な力を持っている。本書でも、儀式には人々を拘束する力も持っていると示唆している。

儀式は、結束も拘束もしうる、諸刃の刃なのです!

『「儀式」で職場が変わる──働き方をデザインするちょっとヘンな50のアイデア』より

また、作家司馬遼太郎も『歴史と視点』で徳川幕府は幕府と将軍の権威を高めるために儀式の力を借りていたのではないかと指摘している。

徳川は三百年つづいた。その秘密のひとつは諸大名以下を礼式でがんじがらめに縛り上げたところにあるといえるかもしれない。…(中略)…。この儀礼は、徳川将軍をいかに神聖的存在として演出するかに主題がしぼられていた。

司馬遼太郎『歴史と視点』新潮社,1991年.より

儀式は屈服や洗脳など、他者を一方的に束縛する力にもなる。事実、歴史上で儀式は何度も人々を支配する手段として使われてきた。

儀式はそんな「副作用」もあるが、この本では"儀式"を対話的に活用するというスタンスを一貫している。
それは「特効薬」のように、すぐ効果が出て、目まぐるしい成果をあげるようなアプローチではない。
「漢方薬」のようにじわじわ、ゆっくりと効いてくるものだ。

対話的なコミュニケーションは、本質的には意味を共有し合えない他者とそれでも意味を分かち合おうと最大限努力する関わり方だ。
えらく時間がかかるし、難しい。

そんなときに活躍するのが"儀式"だ。
儀式という形式は抽象的な意味や意義を伝える手段として活用されてきた。
「言葉にならない言葉」を伝え合うコツを誰よりも知っているのが"儀式"なのである。

「SDGs」や「ダイバーシティ」という言葉が広まりを見せているが、考えるべきことは増えて、コミュニケーションの難易度は年々上がっている。
「パーパスを意識して働く」など、仕事で抽象的なことを考えなくてはいけない場面も増えている。
そのような時代背景の下、対話的なコミュニケーションを取ろうとすると、どうしても言葉は曖昧で伝わらないものになってしまう。
だからこそ、アナログで古くさいけど、非言語的で身体的な"儀式"という関わり方が役に立つのだ。

ひとりひとりの意味を分かち合い、ひとりひとりの気持ちと向き合いながらコミュニケーションを取れば時間はかかる。
だが、丁寧に意味や気持ちを分かちあった状態は結びつきも強くなっているはずだ。
「漢方薬」が時間をかけて身体本来の治癒力を引き出すというアプローチをするように、"儀式"は人間本来のコミュニケーション能力を引き出してくれる存在なのである。

"儀式"は抽象度が高まっていく時代だからこそ有効である。
そして、
「言葉では伝わらないことは、言葉ではない方法の方が伝わることもある」
そんなことも気付かせてくれる一冊である。


※英治出版の読者モニタープログラムにより無料で書籍を受け取りました。このサイトにレビューを書くよう求められてはおらず、上記はあくまでも個人としての見解です。

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