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【書評】石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」講談社現代新書

写真=1933年、全権委任法(授権法)成立後のヒトラー。

ヒトラーやナチ党については、次のようにイメージしている人が多いのではないかと思う。

「ナチ党が選挙によって議会の多数を得たことにより、ヒトラー政権が成立した。ヒトラーはドイツ人の信任を得ていたのだ」

「ヒトラー政権の初期には、優れた経済政策で世界恐慌の打撃から立ち直り、失業率も改善した。経済政策だけでみれば有能だ」

果たして、この認識は正しいのだろうか。上記の言説を聞いたことがある人は、ぜひ本書を手に取ってほしい。ドイツ近現代史の専門家による、ヒトラーやナチ政権の格好の入門書である。

1.ヒトラー政権は選挙で勝利した結果か

第一次世界大戦後のドイツは、敗戦や多額の賠償金などによって混乱状態にあった。既存の政治家への不満を背景に、ヒトラー率いるナチ党が台頭したのは事実だ。

しかし、ヒトラー政権が誕生する直前の1932年11月の総選挙では、ナチ党の得票率は33%。議会の過半数には遠く及ばなかった。

ヒトラーが首相になれたのは、ヒンデンブルクやシュライヒャー、パーペンといった保守派の政治家が、自らの思惑のためにヒトラーを利用したためである。神輿として担いでおいて、利用価値がなくなれば切り捨てようとしていたのだ。(実際に切り捨てられたのは、もちろん…)

ヒトラー政権の誕生は、議会の少数派でも政権を運営できてしまうワイマール憲法の不備のためでもあったのだ。首相となったヒトラーは、憲法の不備を突いて独裁的な体制を築いていく。

2.ヒトラーの経済政策は成果を挙げたのか

よく語られるのが「ヒトラーはアウトバーン(全国的な高速道路網)を建設するなど積極的な経済政策を行い、失業率を劇的に改善した」というものである。

しかし、これはナチ党得意のプロパガンダによって広まったイメージにすぎない。アウトバーンの建設の構想は、ヒトラー以前の政権が既に打ち出していた。ヒトラー時代に上向いた景気も、前任者たちの政策の成果が時間をおいて出始めたことを考慮しなくてはならない。

ナチ党は、女性が社会に出て働くのではなく、家庭に入って良妻賢母となることを奨励した。結婚や出産に対する支援策が実施され、女子の就業希望者が減った。その分、数字上の失業率は改善したのである。

ヒトラーやナチ党のプロパガンダは確かに巧みだった。同時代のドイツ民衆が信じてしまったのは仕方のない面がある。だが、現代に生きる私たちまで騙されてしまうのは滑稽であろう。




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