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【書評】上田信『中国の歴史9 海と帝国』(講談社学術文庫)

 14世紀の明の成立から、19世紀前半のアヘン戦争までを描いた入門的通史です。しかし、その守備範囲は政治史にとどまらず、経済・産業・交易・思想・大衆文化と多岐にわたります。単なる「明・清時代の歴史」の枠を大きく超えた、極めて読みごたえに満ちた大作です。

「海と帝国」というサブタイトルにあるように、主眼は海を舞台にした交易におかれています。皇帝や名宰相など、政治史上の有名人も登場しますが、やはり「モノとカネ」のダイナミックな動きに字数が割かれています。

歴史を動かした商品

 歴史というと英雄豪傑のドラマにまず注目したくなります。しかし、多数の人民の生活を成り立たせている各種の商品こそ、歴史を動かしているのかもしれません。

①塩

 人間の生存に不可欠な塩。明代において、塩の主要な生産地は淮河河口部(淮南、淮北)でした。

 たびたび外征を強いられた明朝は、必要な大量の兵糧を確保するため、塩を活用しました。有力商人に兵糧を持ってこさせるのと引き換えに、塩の専売権を付与したのです。塩は明帝国の軍事を支えたといえます。

②蘇木

 蘇木とは、スオウと呼ばれる木の心材。東南アジアで産出し、赤い染料や薬の原料になります。
 運搬が容易な蘇木は、東シナ海・南シナ海を舞台とした交易の主力商品となりました。15世紀ごろに活発化した東アジア世界の交易で繁栄したのが、琉球王国でした。
 琉球は明から特別に多くの回数の朝貢を行うことを許可され、日本及び東南アジアと明を仲介する中継貿易で栄えました。

③クロテンの毛皮

 中国東北部に生息するクロテンの毛皮は、明や朝鮮の宮廷で高級品として珍重されました。クロテンを狩ったのは、ジェシェン(女真)と呼ばれる狩猟民たちです。

 毛皮の需要が増えると、女真は交易によって潤い、力をつけていきました。そうした中で台頭したヌルハチは、女真を統一して後金(後の清)を建国することになります。


 本書によって初めて知った内容は非常に多く、ここに書き切ることはできません。著者の深い教養に裏打ちされた壮大な叙述に、圧倒させられる名著です。

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