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口語散文集/小説「水族館で鬼ごっこ」

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記事一覧

口語散文集 8

口語散文集 8

 口裂け女でもはかないような、まっ赤な、南天より濃く深く、どす黒いくらいの赤のハイヒールで、喪服のスーツで、歩は前髪のすきまから机の角を見つめてた。警察が到着するまでのあいだ、駅員さんはなんで電車をとめようとしたのか、少しでも聞きだそうとしてたけど、光の速さが、空の殻が、線路全部の重さが、虹の傷跡が、姉妹の関係で、なんて、歩の言っていることはひとつも理解できなかったので、あきらめた、なんにもない時

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口語散文集 7

口語散文集 7

 愛ちゃんはかなしい子で、人に愛されたことがないから、人を愛することもできなくて、それは依存か、大切にされたいという絶望的なねがいになってしまうかで、どんなに大切だと伝えようとしても届くことはなかった。お父さんとお母さんはいそがしくて、家族そろって食事する時間もなかなかないから、年長さんのとき、愛ちゃんの郵便屋さんをはじめたのに、そのポストには一通も手紙が来なかった。キリスト教の中学校に入学して、

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口語散文集 6

口語散文集 6

 右目の視界のすみで、マイワシはうずになって、ちいさく、まるくなった、理科準備室の入口の横の地球儀に似ていた。先頭がひとまわり、赤道をなぞってほどけると、あなたの頭のうしろを横切って、またつながって、三六〇度のスクリーンになった。銀色の背中、腹に、うろこの一枚一枚にわたしたちの顔がうつっている、それが回転している、鼻から鼻までの最短距離、視線の角度さえ乱反射していると思うと、さっきのジンジャーエー

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口語散文集 5

口語散文集 5

  連想実験

 チェスは終わりをむかえようとしてた、f6でスイカの種がマリーゴールドの種をとっても、やっぱりつまらなくて、あきて、
「あきた」
 と言った。思ったときに言えということだったから。
「いいでしょう」
「これでいいですか」
「もう五分くらい、いいですか」
「いいです」
「連想したことばを、思いついたまま、言ってください」
「はい」
 小鳥、辞書、コート、概念、パイナップル、ピンセット

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口語散文集 4

口語散文集 4

  晴れのちくもり

 みつあみのことを英語でブレイドと言うけど、とぎすまされた金色のかがやきの二本のおさげは、きっとお母さんにしてもらったのだろうけど、それさえ、この子は覚えてない。記憶がないことのこわさは、わたしにも少しは分かる。飲みすぎて、二日酔いで、睡眠薬で、わたしはわたしのしたことを忘れて、忘れていることがたしかなら、あとで知り合いに確認しなければならず、そんなとき、変なことをしてないか

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口語散文集 3

口語散文集 3

  朝顔通信

 駅の南口、美容室が四軒ならんでる、その一番右のシャッターがおりた前で、女の子がうつむいてぐるぐるまわってた。ポストを中心点にして、ひざをいちいち九〇度くらいまげて踏みだすから、水色のワンピースが一歩ずつ大きくなびいて、ボスの快楽の園の世界で、ふしぎなメリーゴーランドをながめているようだった。ハチの巣のハニカム構造で敷きつめられたタイルは、ベージュとグレーと茶色で、足がはみでないよ

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口語散文集 2

口語散文集 2

   家路

 先輩はオレンジムーンの常連になって、あがる時間になるたびに、ちょっといいかな、って、好きです、って、いつも裏口横のポリバケツに手を置いて言った。つきあってる人がいるのは知ってるし、だから、こたえようもないし、ぼく自身、どうにかなるとも思ってないけど、これから、下心できみのことを追いかけることはたしかで、それがいやだったら言ってください、なんて、目をあわせられなかった。きらいじゃない

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口語散文集 1

口語散文集 1

   夢路

 優子のハムスターが死んで、優子から、死ぬ、と言われて、午前五時、マンションの前で本当に優子は道路に寝ころんでいた。横断歩道から三メートルはなれてて、コンビニのすぐ前で、東京の木はいちょうだから、みどりの柵を越えて、わたしに来てもらえるまで、ずっとそうしていたのだろうかと、いそいで来たことも忘れて、眠気もふきとんで、あおむけの優子のぴんとのびた手足を、ただ、ふしぎに思った。
 優子は

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水族館で鬼ごっこ  全8回

水族館で鬼ごっこ 全8回

 電話をかけるとき、わたしはいつも死んでいる。耳の穴に響くコール音が、そのときのすべてでなければならなくて、集中してるんだか、ぼんやりしてるんだかも分からなくて、頭はくらくら、体のほうはまたマイペースで、水槽に肩でもたれて、指揮でもするように人さし指で三角を描いている。ああ、あ、あ、あ、左の首筋が痛い。首筋から、肩にかけて、だるくて痛くて、ぱんぱんにはっていて、あいかわらず、なんて言えるくらいにお

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【お知らせ】第6回 林芙美子文学賞 最終候補

【お知らせ】第6回 林芙美子文学賞 最終候補

第6回 林芙美子文学賞
小説『水族館で鬼ごっこ』が最終候補作品に選ばれました

http://www.kitakyushucity-bungakukan.jp/news/4146.html

 
第6回 林芙美子文学賞 最終候補作品の決定
 
題名        作者名
水族館で鬼ごっこ  川光 俊哉
諷誦文       津田 美幸
煙草の神様     芝 夏子
昇降の美学     踊 真紀子

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どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(12)終

どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(12)終

   12(フィナーレ)

  口上役、登場。

口上 かくして、信長は滅びた。天下は、家康のものとなった。
   ご見物のみなさま、ごぞんじのとおりだ。
こんなことが、あったかもしれない。なかったかもしれない。誰も知らない。
あってもなくても、みなさま、ここでごらんになった、これはすべて嘘ではない。が、本当でもない。
そんなまさか、と思し召しになるだろうが、いや、待てよ、とも胸のうちでつぶやかれ

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どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(11)

どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(11)

   11

  朝。
  昨夜の祭りのあとを残して、男、子供、小狐が寝ている。男、やがて起きる。
  たらい、手ぬぐいなどを持って、小狸、登場。男のほうへ近づき、もう起きていることに気づく。

小狸  おはようございます。

  頭を下げる。たらいの水をこぼしそうになり、あたふたする。男、それを見ている。
  小狸、たらいなどを男の前に置く。
  男、おもむろに顔を洗いはじめる。小狸、それを見て

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どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(10)

どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(10)

   10(幕間)

  夜が明ける。酔いのさめた源五郎が、もうなんだか分からないが、なんとなく走りつづけている。武者たち、ふらふら登場。源五郎とぶつかる。

武1  あ、家康さま。
源五  ん?
武2  よくぞ、ご無事で。
源五  うん。
武3  ひどい目にあいました。おそろしい百姓どもだ。
武1  ささ、こんなところ、早く離れましょう。気味の悪い山だ。
源五  そうでもないが。
武1  ささ、

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どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(9)

どぶだが 〜戦国狐狸合戦〜(9)

   9

  祭り囃子の笛、太鼓。

  夜。
  「1」のように、やぐら、出てくる。
  やぐらのまわりに、里の百姓、狸、狐、入り乱れて踊っている。
  やぐらの上に、男が座っている。「1」に似ている。

  源五郎、酒を手に、よたよた、

源五  狸、万歳。狸、万歳。見ろ。目じゃないぞ。源五郎さまがお通りだ。
    勝った、勝った、勝った……

  まわりの狸たち、源五郎をなだめている。

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