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口語散文集 6

 右目の視界のすみで、マイワシはうずになって、ちいさく、まるくなった、理科準備室の入口の横の地球儀に似ていた。先頭がひとまわり、赤道をなぞってほどけると、あなたの頭のうしろを横切って、またつながって、三六〇度のスクリーンになった。銀色の背中、腹に、うろこの一枚一枚にわたしたちの顔がうつっている、それが回転している、鼻から鼻までの最短距離、視線の角度さえ乱反射していると思うと、さっきのジンジャーエールが胃のなかで沸騰するようで、内臓が少しふくらんで、気持ち悪い。陸にあげられた深海魚のようで。
 照明が落ちて、となりのとなりのテーブルからみじかい悲鳴が聞こえた。もう七時だった。帰りたかった。うつむいたスズランの花びらのすきまから光がもれて、ミニチュアのテーブルランプのようで、空気も、グラスも、ナイフも、あなたも、ぼんやりした。光っているのは花粉で、遺伝子をいじって二〇年かけて完成したのだとおしえてくれた。まだ毒はあるのだろうし、くだらない花言葉も変えてもらえればよかったのに。
 わたしは、これから病気のことを話さなければならない。一万のホタルのたまごが産みつけられた、わたしの肺のなか、もう、次の次の夏で、あなたとしずんでいる気がした。まばたきと呼ぶには長すぎる時間がすぎて、目をあけたとき、いつもと同じようにいてくれるのかな。

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