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【上級霊】 統失2級男が書いた超ショート小説

夢の中のサラダはしっかりとした日本語を喋っていた。サラダとは克己が小学生の時に飼っていた雌の柴犬の事だ。「ペットは絶対に駄目よ」と拒否する母親を1年以上も説得して、やっとの思いで10歳の誕生日にペットショップで購入して貰った犬がサラダだった。子犬の頃のサラダは可愛らしく、克己も母親との約束を守り、甲斐甲斐しく世話をしていたのだが、サラダが成長するに従って克己の愛情は薄れてしまい、散歩とシャワーの回数は次第に減少して行った。そして、飼い始めて15ヶ月が過ぎた辺りには克己の心は完全にサラダから離れる事となり、散歩とシャワーの回数は完全に消滅するのだった。しかし、餓死させる訳にも行かず、1日2回の餌やりだけは克己も何とか義務的に実行していた。サラダは散歩にも連れて行って貰えず、屋外で鎖に繋がれたまま何ヶ月も欲求不満な日々を過ごす事となった。欲求不満の為に自ずと頻繁に吠える様になる。サラダの鳴き声と体臭は克己の母親を酷く不機嫌にした。母親は克己に対して再三に渡り「散歩に連れて行ってあげなさい」「体を洗ってあげなさい」と指示を出していたが、克己は「その内にね」と聞き流すばかりで、怠惰な毎日を過ごしていた。そんなとある日、痺れを切らした母親は最後通告を克己に突き付ける。「克己が世話をしないなら、サラダは保健所に引き取って貰う事になるけど、それでも良いの?」すると、克己は面倒くさそうに答える。「仕方ないよ、それで良いよ」克己の返答は少なからずのショックを母親にもたらしたが、結局、サラダは保健所の職員に引き取られて行く事となった。そのサラダが26歳になった克己の昨晩の夢に出て来たのだ。

克己は故郷の高知県を離れ山口県の自動車部品工場の社宅で一人暮らしをしている。克己は目覚めると夢を一切覚えていないタイプの人間だったが、昨晩の夢は詳細にその内容を覚えていた。克己はサラダに対して負い目を抱き続けており、その負い目は今では喉に突き刺さった魚の小骨の様な存在になっていた。それ故、昨晩の夢は克己には非常に居心地の悪い夢であった。夢の中のサラダは女性の声でこう言っていた。「死後の私は人間に生まれ変わる権利も有しておりましたが、私はその権利を放棄し、柴犬の幽霊として永遠に存在し続ける未来を選択しました。あなたとの再会が今になったのは、上級霊になる為の資格取得と日本語習得に時間を要したからでございます。私はずっとあなたとの再会を待ち望んでおりましたので、今日の私は限りない喜びに包まれております。あなたに言います、再会の目的は恩返しです」

2日後から克己は言葉を一切喋らなくなり、犬の様に唸り声を上げるのみで、人間を見ると見境なく噛み付く様になっていた。結果として克己は警察に逮捕され、その後は精神病院のベッドに拘束される事となった。両手も拘束されているので自分で食事を取る事が出来ない。その為、介護士が克己の口に食事を持って行くのだが、克己は一向に食べようとしなかった。やむなく病院側は胃ろうの措置を施す事となり、ベッドに拘束されたままの苦難の生活は克己が他界するまでの8年間続く事になった。死後の克己の霊は上野公園にある西郷隆盛像の足元の犬の像に封じ込められ、銅像が内戦によって破壊されるまでの252年間をそこで孤独に、そして、窮屈に存在し続けた。しかし、残念な事に銅像が破壊された後の克己の霊はあっさりと儚くも、消滅してしまう事になるのでした。

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