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【理不尽な幸福】 統合失調症2級男が書いた超ショート小説

目覚めたが体が動かせず、声も出せない。そして何故か後頭部がヒリヒリする。カーテンの隙間から光が差し込んで来る様子もないので、まだ夜明け前だろう。金縛りは人生始めての経験ではあったが、中迫浩文はそんな状況下にありながらも、それほど恐怖を感じてはいなかった。浩文は統合失調症の36歳の独身の男である。6年前に統合失調症と診断され現在は障害者年金で暮らしている。そんな、浩文は最近とある考えに取り付かれていた。それは、この世界はコンピューターによる仮想現実の世界であり、自分は何故か、そのコンピューターから特別視されており、コンピューターによる数々の試練に晒されているというものだった。この金縛りも好意的な試練の1つであって、その攻略法は平常心で堪える事だと考えた。だから大人しく瞼を閉じて再び眠る事にする。朝になれば金縛りも解けている事だろう。

数時間後、朝日の明るさによって目を覚ました浩文は焦っていた。まだ金縛りが解けてなかったからだ。動かせるのは瞼だけで、後は何も動かせない。浩文は頭の中の声で「この試練の意味が分からない。ギファーよ、もういい加減に金縛りを解いてくれ」と言ってみる。ギファーとは浩文が考えるこの仮想現実のコンピューターの主宰の事だ。そして、ギファーという名前は浩文が勝手に付けた名前で義父という言葉を捩ったものだった。すると、暫く後に「爪先」という声が頭の中に響く。浩文は統合失調症ではあったが、これまで幻聴の経験は無かった。その為、少し驚いたが、頭の中の声に従い爪先を動かそうと試みる。新しい発見であった。どういう訳だか爪先だけは動かせる。根気強く爪先を動かし続けていると数分後には嘘のように全身の金縛りが一瞬にして解け、自由に動ける様になった。

頭の中の声は「お前が、私をギファーと呼びたいのなら、それでも構わない」と浩文に言い、浩文は声をギファーと呼ぶ事にした。ギファーの声はその後も聞こえ続け、浩文に様々な恩恵をもたらした。ギファーは宝くじの当選番号を浩文に教え、浩文は12億円を手に入れた。また、ある時には「この街から引っ越せ」とのギファーの指示に従い引っ越すと、元の街で大地震が発生するという事もあった。

浩文はある時にギファーに尋ねた。「何故、俺に恩恵をもたらしてくれるのか?」と。そうすると、ギファーはこう答える。「お前は向こう100万回の来世で、99歳まで生きる事になっている。そして、その100万回の人生いずれでも、一生童貞という生涯を繰り返す。これは私のミスによるもので、お前に落ち度は一切ない。現世でのお前に対する恩恵は私からの、せめてもの償いの様なものだ。許せ」

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