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【裏切りの銃弾】 統失2級男が書いた超ショート小説 

「山崎清美始祖は紛う事なき神の使い、山崎清美始祖が居る限り我等に敗北はない」坂田文雄は東京ドームを埋め尽くした6万人の信徒の前での演説をこの言葉で締め括った。文雄が降壇し暫くして進行係の若い女が優しげな声でこう案内する「山崎清美始祖のご登壇です、皆さん盛大な拍手でお出迎え下さい」圧倒的な拍手と歓声が発生し会場全体が巨大な生き物でもあるかの如く蠢く。僅かに微笑みを浮かべながらショートヘアー姿の美しい女がステージに現れた。彼女こそ『愛と試練の会』の教祖山崎清美だ。信徒達は興奮を抑えようともせずに激しく手を叩き続ける。清美はステージの中央まで歩みを進めると拍手を手で制し、ヘッドセットのマイクを通して静かに信徒達に語り掛けた。「かつて私の弟子であった中田百合子は悪魔と契約し、偽りの宗教団体を立ち上げました、『練徳の会』というのが、その団体の名前です。しかしその大層な名前とは裏腹に中田百合子の計画は自らが世界の支配者となり、人類から愛と希望を強奪し絶望の未来を世界中に配給する事です。私、山崎清美は今ここに中田百合子とその教団『練徳の会』に宣戦布告します」東京ドームの聴衆はこの日一番の歓声と拍手で清美の宣言に応えた。清美の短い演説は終わった。清美が降壇すると教団歌が流れ出し、進行係の若い女がイベントの閉会を案内した。

このイベントはインターネットを通じ世界中に配信されていた。奈良の高級マンションの一室で加藤早苗はモニターに映る清美の顔を苦々しい面持ちで眺めていた。早苗は文雄の元妻だ。文雄に清美を紹介したのは早苗だった。「良く当たる占い師が居るから、あなたも見て貰いなさいよ」今振り返るとそれが全ての過ちだった。その三年後清美は教団を立ち上げ、それから更に二年後、文雄は早苗に離婚届を突き付けたのだった。プライドの高い早苗は拒絶する事も出来ずに離婚届に判を押した。文雄が清美と再婚したのは、それから4ヶ月後の晩秋の事だった。早苗の清美に対する憎しみは日を追う毎に膨張して行った。そんな早苗に転機が訪れたのは3ヶ月前の事だった。とある地方の銃マニアがネット上に銃の設計図を公開したのだ。早苗は設計図を元に3Dプリンターで簡単な銃を作った。奈良の高級マンションの一室で早苗はその銃を優しく撫でる。早苗はその銃で清美を殺害するつもりだった。計画の前段階として早苗は清美に手紙を出していた。「文雄の事で清美始祖とは疎遠になりましたが、『愛と試練の会』の教えは今でも信じております。文雄への未練も綺麗に散霧いたしました。どうか今一度教団への復帰をお許し下さい」これがその内容だった。その数日後、清美は電話を掛けて来て大阪の礼拝所での面会を約束してくれた。一週間後の4月28日に清美は大阪の礼拝所で演説する予定になっていた。(そこで仕止める)早苗は心の中で呟いた。

一週間後、早苗は死にました。清美に向かい銃を構えた瞬間に清美の警護に当たっていた文雄に射殺されたのです。悪事を企てた当然の報いです。合掌。

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