atelier kökkö

世界の探求をお手伝いします。イラストレーター、作家、トラウマケアファシリテーター。こち…

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世界の探求をお手伝いします。イラストレーター、作家、トラウマケアファシリテーター。こちらでは主に、眠れない夜のファンタジーを、お届けします。

最近の記事

holy and owl

 ホーリーとオウルは、出発の準備をしている。外はすでに夜。あと3日もすれば満月を迎える月が、黄金のような銀色で、冬を照らしている。ホーリーはマフラーと耳あて付きの帽子を手に取り、風に飛ばさないように帽子の紐を首元で結んだ。 「行こうか」  オウルが聞き、ホーリーが頷く。ホーリーの顔はほとんど帽子とマフラーで埋まっているけれど、その中でホーリーがきゅ、と口元を締めたことがオウルにはわかる。そうしてホーリーは、オウルの羽根の中に、手袋をした手を差し込み、 これで寒くない、と言った

    • 今朝、やたらと早くに目が覚めて、 最初に気がついたのは、雨の音。 切間なく葉を打つ、地面を打つおと。 そして、それと重なるように鳴る鈴のような声。 まだ昏いそのなかで、 雨音と虫の声が、渦巻いていた。 隣で寝ている子どもたちを起こさないよう、わたしはそうっと布団から抜け出して、 窓をあけて、その渦が、だんだんと立ち昇っていくのを、聴いていた。 そうするうちに、 身のうちにたぎるような、 渦が巻き起こるのを感じていた。 そうなのだ、わたしはそれを、 守られた家の

      • 海に沈む、2

        「聴こえは正常です」  思いの外丁寧な聴覚検査の後、診察室で伝えられた診断に、ほう、と私は感心する。聴こえは、正常。ということは正常ではないのは他のところなのだ。 「ジカン、というところに何かしらあるかもしれませんが、経過観察がいいと思います」 頭の中で、時間、と変換されたそれは、次第に耳と結びついて、耳管、へと形を変えた。お医者の先生は説明を続けてくれる。 「耳と鼻や喉をつなぐ管のことです。トンネルとか、山とかで耳が詰まるような状態が、何かの拍子に起きることがあるのです」

        • 海に沈む

           朝、目が覚めると同時に、自分が水の中にいることを知った。全ての音が綿に包まれているかのように、ボワンボワンと柔らかにぶつかり合っている。布団を持ち上げる動作も、枕に頭を置き直す動作も、感触だけは鮮明なのに、世界がやけに遠い。ああ、これは水の中だ。沈むように輪郭がぼやけている。    隣で寝ている旦那さんの心臓のあたりに耳をつける。振動はする。音は?そう、音がしない。それを確かめて私は、旦那さんを起こす。起きて。耳が聞こえないっぽい。  みみ?旦那さんが眠りの中から答える。そ

          冬の吐息、春のあらし. 3

           冬は時々歌う。低く、ほとんどうなりのような冬の歌は、風が渡るのと同じように、あたりに朗々と響き渡る。わたしはそのうなりの中で、いつかに見つけたヤシャブシの果穂を振る。空に鉄琴を描きながら、冬の声に合わせて、果穂のついた枝をバチにして、わたしだけの鉄琴を鳴らすのだ。わたしの鉄琴は、よく音が響く。音の密度が濃く、空気に穴を穿つように透んだわたしの音。ローンローンというその音が、冬の歌声に追いついて、木々を、風を、鳴らすように渡り抜けるのを、わたしは息を凝らし、その響きの最後まで

          冬の吐息、春のあらし. 3

          冬の吐息、春のあらし. 2

           冬が来たばかりの頃、わたしは、まだ足首にも届かない雪の上を歩きながら、自分の足跡が違うものであったらいいのに、と考えていた。蹄があったり、三本指であったり、踵がずっと、後ろにあったり。わたしはせめて、リズムをつけてやろう、と、たくさんのステップで冬の中を進んだ。タターン、タターン、タラッタラッタ、タッツタッツタッツタッツ。足跡は、つけたその場から冬がその上に降り積もり、振り返るたび、わたしの足跡は冬の下だった。それでもわたしは、出鱈目なステップを踏み続けた。タッタタタッタタ

          冬の吐息、春のあらし. 2

          冬の吐息、春のあらし. 1

          冬はわたしを匿ってくれる。わたしがかつて、怖いと思っていたものものから、わたしの姿が見えることのないように、すっぽりと覆い隠してくれる。真っ白く一面に広がる冬の、きらきらのかけら。冬は音も色も吸い込んで、あたりは眠ったように、身じろぎもしない。  今日もわたしは冬の中に駆け出して、足下の感触や温度をひとり楽しむ。足を、わざと奥深くまで埋めたり抜き出したり、ばたりと倒れこんだりして。きいん、とするほどの肌触り、耳の奥の静寂。冬の中でわたしは、わたしの持ち物のことを忘れて、安心

          冬の吐息、春のあらし. 1

          秋のはらっぱ

           柿を剥いたら、秋だった。濃い橙色の皮に包丁で切れ目を入れるたび、そこから秋がわんさかと溢れて止まらない。赤色、橙色、緑から赤に変わりゆく色、黄色、黄土色。蔦、満月、ススキ、鈴虫、全てが飛び出した後には、すっきりと晴れた秋晴れも広がって、私は胸いっぱいの深呼吸をする。  家の中が秋の原っぱになったので、溢れたものをバスケットに詰め込んで、ピクニックにする。秋の原っぱは、春よりも下草がちくちくする。干草のように薄茶に枯れた、かさかさの細長い葉っぱ。バスケットから這い出した鈴虫

          秋のはらっぱ

          夜の毛玉

           夜になると、毛玉が私の元を訪れる。毛玉はいつも、困ったような顔をして、目をしょぼしょぼさせている。私は、何かあったの、と尋ねるけれど、毛玉は、ふわふわと毛をとばすばかりで、返答がない。返答はないけれど、毛玉はやはり、次の晩にもやってきて、目をしょぼしょぼさせて私の部屋の窓辺に立つ。

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