最近音楽をよく聞くようになった。それは、サブスクのおかげなんだけど。 本当に、昔とずいぶん状況が違う。 私の趣味は、ずっと、それを好きだとオタクと呼ばれることが多い、小説や漫画やアニメだったのだけれど、今は時間が無くて、あまり見られなくなっている。代わりに聞くようになったのが音楽だ。 昔はアニメが好きなんて、信頼できる友達以外に言えなかった。美容院で話題に出たりすることもなかったな。今も、突っ込んだ話をするわけではないけれど、気楽に鬼滅見てますよ~なんて、言えたりもする
自分以外の人の気持ちはわからない。自分の気持ちもわからないときがあるけれど、それは今は置いておく。 人の気持ちは、自分を基準にして判断するしかない。こう言ったり、こんな顔をしたから、この人はこんなふうに考えているのだろう、って。常識を照らし合わせてみたりもする。でも、その常識を常識と考えているのは自分なので、結局指標になっているのは自分だ。 だけど、ニュースやSNSを見ていると、まったく想像もしていなかったようなことをする人がいたりして。つくづく、人の気持ちはわかるもので
インターネットは、とても有益なのは間違いない。 でも私は未だに、対峙するのが恐ろしかったりしている。 ネットでは世界が剥き出しだ。どんな人間でも、直に接続できる。国や企業でさえ、自分の部屋から繋がることができる。私はそのことに慄いてしまうのだ。 それは素晴らしいことなのだけれど、小さな個人には、荷が重いように思える。 でもきっと、もうそんなことを言っていられるような、悠長な時代は終わったのだろう。 私もできるだけ速やかに、そして健やかに、インターネットと対峙する度胸
日々忙しくてビデオ録画が溜まっていく。目を使うコンテンツは、それだけに集中しないと、楽しむことが難しい。 なので最近は、作業を邪魔しない、耳だけあれば楽しめるコンテンツをよく利用している。音楽やオーディオブック、それからラジオ。特にラジオの面白さは、私には発見だった。 以前、私はまったくラジオを聞かない人だった。決まった時間に聴取するのが難しかったからだ。これもスマホに変えた恩恵で、今はラジコを使って、いつでも好きな番組を聞けるのがありがたい。 テレビと違い、ラジオはパ
誰かと対決して勝ったとして。 でもきっと、百パーセント相手を叩き潰してはいけない。十パーセントくらいは、相手の逃げ道を残しておく方がいい。 それは物分かりがいいとか優しいとか、そういうことではなくて。 相手をとことん追い詰めてしまうと、思わぬ反撃に合うこともあるし、時間が経って、立場が逆転することだってある。 一番まずいのは恨みを買うことだ。そういうことが、避けられない時もあるけれど、できるだけ軽減する努力はした方がいい。 未来の自分のために。
私は人の目を見るのが苦手だ。 見られないことはないけれど、数秒でそらしたくなる。 理由がよくわからない。 別に、恥ずかしいとか相手のことが怖いとか、そういうわけではないと思う。 でも、相手に慣れてくると意識しなくなるから、やっぱり怖いのかな。 相手の目を見ない奴は信用できないとか、前はよく言われていた気がする。今はあんまり聞かない気もするけど。 なので、努力してみた。だけどたいがい変なことになる。無理に目を見開いちゃったり。きっと相手から見たら、かなり不自然な表情
私が今住んでいる家には、なぜか虫がよく入ってくる。目が覚めたらふとんの横に、小さなクワガタがいたこともある。 でもまあ、たいていは羽虫とか、小蜘蛛を見るだけだ。 私は虫は苦手だけど、蜘蛛にはなんとなく思うところがある。蜘蛛は正確には、昆虫ではないみたいだけど。 蜘蛛は、家の中で私とかち合っても、すぐに逃げようとしない。八つの目でじっとこちらをうかがっている。人間という存在を認識し、どう動くべきか思案しているように見える。 彼らに知性があったらどうしよう。できるだけ穏便
インターネットができてから、世間はふたまわりほど大きくなったみたいだ。 でも人間の感覚は、なかなか更新できない。 今も昔も、自信のある人間に、みんな惹きつけられてしまう。正しくなかったり、明確な根拠がなかったとしても。 それでも昔より、今の方がいい。 昔はいいことも悪いことも、自分の周辺しか声が届かなかった。テレビとか雑誌とか、大きいメディアでも、結局身内の世界でしかなかったんだと思う。 でも今は、世間が広がって、詭弁に気づく人も増えた。少しは声も届くようになった。
たとえば、大勢と仕事をしたりなんかすると、自分の意志とは矛盾が生じたりする。どうしても、どこかがずれてしまうものだ。それが嫌なら、集団の中には身を置かない方がいい。 だからこそ、孤立するのは潔いとも思ったりする。でもそれは、楽な道だろう。 個人の力は微々たるものだし、多くの人が集まって生み出すエネルギーには、時代さえ動かしてしまう力がある。 矛盾することを恐れず、大勢の人たちと一緒に、前に進める人は強い。 私は、ひと皮もふた皮も剥けないといけないな。
KingGnuの配信ライブを観た。 ライブ会場を探し当てたら視聴コードが送られてくる、レッドブル主催のシークレットライブだ。 まあどうにか場所を見つけ出し、配信を観ることができた。 彼らの歌も演奏もとにかく最高だった。ライブはいいな、KingGnuは素晴らしいな。 で、そのシークレットライブをやった場所が印象的だった。 東京湾に浮かぶ人工の要塞島で、第二海堡というのだそうだ。作られたのは明治〜大正時代らしいが、東京湾にこんなものがあるなんて知らなかった、ずっとあった
私は昔、UFOらしきものを見たことがある。 UFOというか、変な星のようなもの、というか。 夜空に、すっごいきらきら輝く星が浮かんでいて、注目して見ていたら、いきなりそれがすごい速さでじぐざぐに動き出して、え?何!?と、驚いていたら、ぱっと消えてしまった。 あれは何だったのかなあと、今でも不思議。 アメリカが、UFOについて記者会見したらしい。UFOというか、未確認飛行現象(UAP)というらしいけど。 アメリカはずいぶん前から、軍のパイロットとかが不思議な飛行物体と
昔から、少し困っていることがある。 それは、まったく知らない人に対して、自分に気づいてもらうための呼びかけ方のこと。 相手が若い人ならいいのだ。おねえさんとかおにいさんでいいし、失礼なことではないだろう。 しかし、年配の人、中年老年あたりの人に対しては難しい。 そこの人、とか、すみません、だと気づかれなかったりする。昔、実際気づかれなかったことがあって、それで考えるようになったのだ。 駅の階段で、前の人が落としたハンカチを拾って返したかったのだけど、すみませんだと振
最近、本を読む時間がほとんどない。 でもそのかわり、オーディオブックを利用することが増えた。 それを読書と言っていいのか、いまいちわからないけれど、おかげでまったく本に触れない、ということはないので、助かっている。 一冊結構値が張るのだが、私はAudible会員になっていて、一か月に一回無料になるのがありがたいし、セールで安くなる時があるので、そこでまとめ買いしたりしている。 それに、上手な声優さんが読んでくれるので、ラジオドラマを聞いているようでとても面白く、すっか
うちの庭の木に、野鳥が巣を作った。 母屋の軒下に植えてある木だ。 私の背と同じくらいの低木だし、葉もそんなに茂っているわけではない。 こんなところで大丈夫なのかと、こっちが心配になる悪条件の場所だ。 野鳥は卵を産んだらしく、しばらく温めていた。 でも、悪い予感は当たってしまった。 ある日の朝、殻が地面に散乱していた。夜のうちに、外敵に襲われたのだろう。 その日から、親鳥も消えてしまった。庭の木には、空っぽの巣だけが残された。 私は、なんでこんな場所に巣を作った
世の中には、寝食を忘れて何かに打ち込める人がいる。 そういう人の方が、大きなことを成し遂げられるイメージがあって、ずっと憧れている。 昔は自分も、そういうことができると思っていた。 テスト前に徹夜して勉強とかね。 でも、少し前に無理だって気づいた。 私は飽きっぽい。集中力は三十分も続かない。 集中力は才能だ。 だから私は、毎日こつこつ、少しずつやっていくことにした。 それしかできないから。 私は少しずつやる。 でも毎日やる。 年月が経てば、それなりに結果
どうして、思い出すことって、嫌なことばかりなのか? それなりに楽しいことだってたくさんあったはずなのに。 なのに、いつも思い出すのは、嫌な思い出ばかり。 どうせなら、いいことの方を思い出してくれた方が楽しいのに。 それに、悪いことばかりって、いい思い出に対してフェアじゃないと思う。 いいことだってあったのだから、いいことと悪いこと、両方同じくらい思い出すのが、バランスってもんでしょうと。 でもなぜか、ふっと頭に浮かぶのが、いつも嫌な思い出なんだよねぇ… もしかし