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映画感想 ブラックアダム

 シャザム! その呪文を唱えると――ドウェイン・ジョンソンになれる!

 『ブラックアダム』はDCコミック原作の2022年公開映画。監督はジャウム・コレット=セラ。2009年に『エスター』を監督したあの人だ。2021年にドウェイン・ジョンソン主演『ジャングル・クルーズ』を監督し、その縁で『ブラックアダム』の監督にも抜擢された。
 主演、製作はドウェイン・ジョンソン。本作の企画は2000年初頭にスタートしているが、その時は『キャプテンマーベル/シャザム』を映像化する……という計画が構想されていた。キャプテンマーベルという名前だが、DCヒーロー。ちなみにMarvelにもキャプテンマーベルはいる……ややこしや。もともとは『シャザム』シリーズのヒーローのようだが……映画『シャザム』見てないんだよなぁ……。
 しかし間もなくドウェイン・ジョンソンはキャプテンマーベルの宿敵であるブラック・アダムに関心を持つようになり、本来の主人公キャプテンマーベルの登場をすっ飛ばして、悪役であるはずのブラック・アダムを主人公にする映画の構想へと変わっていく。
 その後、ブラック・アダムは『スーサイド・スクワッド』に登場させる計画があったらしいが……これは立ち消え。ブラック・アダムは最初から単独映画の主人公ということでさらに企画が進む。
 2019年、ジャウム・コレット=セラが本作の監督に抜擢。脚本も仕上がっていよいよ撮影……というところでパンデミックにより撮影延期。2021年やっと制作スタート。ジョージア州、トリリスタジオで撮影開始。同年には完成していたのだけど……社内試写にかけてみたところ、不評。ここで追加撮影が始まり、2022年になってようやく完成……ということになった。
 もともとの制作費は1億9000万ドル。再撮影で2億6000万ドルに膨れ上がり、さらに宣伝費が8000~1億ドル。これに対し、世界収入が3億9300万ドル。3億ドルも稼げば普通であれば合格ラインだけど、再撮影でお金を使いすぎたために赤字。興行収入には劇場側取り分もあるので、4億ドル以上稼がないと赤字になる……ということになっていた。
 『ブラックアダム』には他にも問題を抱えていたらしく……。これは後ほど。
 本作の評価は映画批評集積サイトRotten tomatoによれば304件のレビューがあり、肯定評価はわずか38%。しかしオーディエンススコアはかなり高く88%。映画が公開された直後は90%もあったらしい。批評家はボロクソだったけど、一般観客は楽しんだ……という感じになっている。この話も後ほど触れよう。

 では前半のストーリーを見てみよう。


 遙かなる古代! カーンダックと呼ばれる国があった!
 カーンダックは世界で初めて国民主権による文明国家だが、暴君アクトン王の出現により混乱していた。アクトン王は魔法鉱石エタニウムの蒐集に腐心していた。このエタニウムで王冠を作り、古代の6大悪魔の力を手に入れて、無敵の王になるつもりだった!
 ところが事態を重く見た魔法使い達が、カーンダックの少年を召喚する。その少年に「シャザム」の力を授けた!
 圧倒的な力を獲得した少年は、カーンダックの暴君を討ち滅ぼすのだった。そしてその後、姿を消してしまう……。

 現在!
 カーンダックはインターギャング達に占領されていた! 人々は暴力的な支配者達に圧政を受けていた!
 しかし勇気ある若者達が反旗を翻そうとしていた。考古学者アドリアナを中心とする一派である。アドリアナは仲間達を引き連れて、古代の遺跡が眠る山の中へと入っていく。そこに、かつて暴君アクトン王を倒した英雄にまつわる痕跡が残されていた。山の奥、ひっそりと佇む洞窟の闇に――見付けた! エタニウムの王冠だ。5000年前に作られた王冠が今もそこに置かれていた!
 王冠を手に――そこに、兵士達が殺到! 兵士達はアドリアナの行動を密かに見張っていたのだった!
 絶体絶命……その時、アドリアナはこう話す。
「私の息子に伝えて。地上最強。神の中の神。不滅の神の名において――シャザム!」
 呪文を唱えると、何者かが現れた! 5000年前、カーンダックの暴君を滅ぼした英雄! その名は、テス・アダム!
 テス・アダムは集まってきた兵士達を魔法の力で一掃する。だが兵士が最後に放った武器――エタニウム爆弾だ! その爆撃を受け、テス・アダムは倒れてしまう。
 英雄をそこに置いていくわけには行かない……。アドリアナはテス・アダムを車に乗せて連れて帰るのだった……。


 ここまでで25分。さあ細かいところを掘り下げていこう。

 冒頭シーン。紀元前2600年頃、世界のどこかにあるというカーンダック。
 場所は現在のイラク、クェートあたりでしょう。根拠となるのは、紀元前2600年頃、高度な文明を築いていた……といえばこの辺り。「肥沃三日月地帯」と呼ばれる地域で、ここを中心にメソポタミア文明が生まれた。紀元前2600年頃というのはやっと地球上に都市国家が現れた時期で、この辺りにはウル、ウルク、ラガシュといった都市国家があったはず。これと同じくらいの時代で、ウルやウルクの近縁にカーンダックという国があった……と設定される。つまり、メソポタミア文明の一つだ。

 メインの登場人物も風貌が中東っぽいし、使われている文字もアラビア語っぽい。特定できないように、ちょっとピンボケしているけど。この辺りの特徴から、だいたい中東あたりのどこか……で間違いないでしょう。

 さっきのカットの続き。カメラが王城へと接近していく。この時代はこれだけの巨大建築がなかったはずだから、あくまでもファンタジーとして風景が作られている。
 周辺の様子を見ると、海が比較的近く、運河の側に都市が築かれている。河川近くの自然はまだ豊かだから、この辺りで食料生産が行われていたのでしょう。運河がある、ということはそこから交易、漁業が行われていた可能性もある。また海から少し離れたところに王城を作っているところを見ると、防衛に対する意識もあったかも知れない。
 王城の手前、マッチョな男性の石像が目を引く。この時代はわりと動物神を崇拝していたりするものだけど、マッチョな男を作るあたり、「人間スゲー!」「マッチョサイコー!」みたいな価値観があったかも知れない(こういう感性、欧米的だけど)。別のカットを詳しく見ると、エジプト遺跡に似た像があることに気付く。

 こちらがこの時代ではまだ採掘できていた、魔法鉱石エタニウムを探している場面。場所はどこかというと、丘の上から王城が見えるところ。首都の裏手だ。画面を見ての通り、木が1本も生えていない。ということは自然が崩壊し、カーンダックの繁栄もそろそろ限界が見えてきて……といったところだろう。間もなくカタストロフ……という一歩手前だ。
 使われている道具を見ると、ハンマーのようなものが見えるが、まだ鉄の生産が始まる時代ではないから、良いものでも青銅。画面をよくよく見ていると石器も多く使われている。

 労働者たちには毛が1本も生えていない。労働者達の頭髪も枯渇している。

 こっちの構図だと王城が見える。都市があるところからこちら側、自然が完全に枯渇している。食料生産は自然とトレードオフなので、やはりカーンダックの繁栄はそろそろ限界。やべーぞ……という状況の中、魔法鉱石エタニウム採取にのめり込んでいた……という状況なんでしょう。末期症状の文明に見られる状態だ。

 叛乱を起こそうとした少年が処刑される……! という時、謎の魔法使い集団が少年を召喚。シャザムの魔法を授ける。
 シャザムの力は、映画版では……
・S シューの体力
・H ホルスの俊敏さ
・A アモンの力
・Z セフティの知恵
・A アテンの雷
・M メヘンの勇気
 となっているけど、原作を見ると……
・S ソロモンの知恵
・H ヘラクレスの強さ
・A アトラスのスタミナ
・Z ゼウスの力
・A アキレスの勇気
・M マーキュリーの速度
 となっている。なんで変更になったんだろう? 原作のSHAZAMはギリシア神話由来だが、映画版はエジプト神話由来だ。もしかしたらカーンダックはメソポタミア文明のなかでもエジプトよりの地域なのかも知れない。

 魔法使い達の隠れ家。現代では王冠が置かれている台座には、超巨大なエタニウムの原石が一つ浮かんでいた。『ファイナルファンタジー』シリーズのクリスタルみたい。

 お話しは一気に5000年後の現代へ!
 インターギャングってなんだろう? 調べてみると、DCコミックに登場する架空の犯罪組織のようだね。『スーパーマン』シリーズの悪役らしい。

 いろいろあって、5000年前の英雄テス・アダムが復活!
 テス・アダムが得意とするのは、筋肉魔法と電撃魔法!

筋肉!

筋肉魔法!

電撃!

 そして顔はドウェイン・ジョンソン! 「シャザム」と唱えると誰でもドウェイン・ジョンソンになるのだった!
 ……シャザムを唱えたら無条件でハゲになるのかな……。ドウェイン・ジョンソンになりたいかも知れないけど、ハゲになるのは……。

 話は飛んで、英雄テス・アダムの復活はこの人達も察知する。
 ……誰だっけ……。あー、『スーサイド・スクワッド』を結成させたアマンダ・ウォラーだ。この人、あれだけ失態をやらかしながら、まだ要職にいたんだ。

 さて、今回は悪人を無理矢理結成させたチーム……ではなく、正義のヒーローを集めたJSAージャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカだ。
 って誰だ?
 ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカは1940年、DCコミック「All Star Comics #3」に登場した初めてのヒーローチーム。それぞれバラバラの世界観にいたヒーロー達が初めて集結したのがJSA。Marvelのアベンジャーよりもさらに古く、ヒーローチ-ムとしてはアメコミ史上最初だった。
 創立メンバーはドクター・フェイト、アワーマン、スペクター、サンドマン、アトム、ザ・フラッシュ、グリーンランタン、ホークマンの8人だった。
 ドクター・フェイトとホークマンの2人は今回の映画に参戦。アトム・スマッシャーとサイクロンの2人は後にJSAメンバーに加入することになっている。

 しかしその後、スーパーヒーローもの自体の人気が低迷し、JSAは1951年に一度姿を消してしまう。
 1960年代に入り、再びスーパーヒーローブームがやってくると、「ジャスティス・リーグ」が生まれる。スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン、アクアマン、2代目フラッシュ、2代目グリーンランタン、それからマーシャン・マンハンターを加えたメンバーで結成された。映画『ジャスティス・リーグ』で見かけたメンバーが勢揃いしている。
 ではJSAはどうなったのか? 1961年、JSAリバイバルがスタート。この頃、「マルチバース」のアイデアが生まれて、ジャスティス・リーグのいる世界観がアース1、JSAのいる世界観がアース2という設定が生まれて、同時並行で物語は進んで行く。
 ただ、この辺りの設定はあやふやなところがあって、1985年の「クライシス・オン・インフィニット・アーシズ」でアース1とアース2が統合。JSAはジャスティス・リーグの先輩……という設定に一時的になったけど、しばらくしてこの設定も立ち消え。いなくなったり再登場を繰り返したり……となんとなく“微妙な存在”になっていった。
 つまり、さほど人気がなかったので、設定が再度作り替えられたり、復活したり……を繰り返すようになっていた。

 1999年、この時に、もともとヴィランだったブラック・アダムがJSAメンバーに加入し、「ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ」も作品として本格的に再始動する。今回の映画はその時のエピソード『ブラックアダム/JSA:ブラック・レイン』がベースになっている。

 ……というのが、ざっくりネットで調べてわかったこと。細かいところが間違っているだろうけど、そこはアメコミに詳しい人に聞いてね。

 それはさておき、やはり注目はドクター・フェイトを演じたピアーズ・ブロスナン! 5代目ジェームズ・ボンド! 久しぶりに顔を見たけれど、すっかりお爺ちゃん。2023年現在は……70歳か。かっこいい爺さんになったなぁ……。

 冒頭にアドリアナは「私は大学の仕事を辞めて、4度引っ越しした」と話しているけど、結構いいところに住んでいる。弟カリームの家なのかな? しかし息子アモンの部屋を見ると、明らかに長い時間すごしている雰囲気になっている。ということは弟の家に息子を預けて、アドリアナ自身は逃亡生活……という感じか。

 お前は『イース』のドギか!

 カーンダックの街の様子。ある程度から上はすべてCGで制作されている。俳優と直接接するところは実際の撮影、その周囲を囲む街の様子がCGとなっている。

 こちらのシーンはたぶん画面手前側の、古代遺跡っぽいところまでがセット。奥に見える町並みがCG。どこまでが合成なのかはよくわからない。たぶんセット撮影がメインで、ロケはほとんどやってないんじゃないかな……。
 カーンダックという架空の街が舞台だから、町並みのほとんどはCG。それをちょっと見たところ、CGとは思わせないように作り込まれている。そこは凄い技術力。

 中盤にはエアバイク的なガジェットが登場して空中チェイス! やりたかっただけだろ!
 でもこういうシーン、誰もが見たかったシーン。一番盛り上がる場面だし、背景を高速に移動させていかなければいけないので、相当手間暇かかったはずだ。

 はい、映画の解説はここまで。ここからは感想文。

 今回の映画ね、言ってしまえばだいぶバカなお話しなんだ。お話の内容がほとんど『ドラゴンボールZ』。大きな敵が出てきて、孫悟空をはじめとするZ戦士が集結する……という話とどう違うのか、と(ブラック・アダムなんて孫悟空かベジータみたいなもの。頭髪はクリリンだけど)。でも「それでいいじゃん」という人にはハマるはず。アクションがしっかりできているから、バカみたいなお話しだけど、「燃える」お話しにはなっている。
 ほぼ『ドラゴンボールZ』みたいなお話しだから、厚みはぜんぜんない。まずカーンダックはインターギャングっていう、たぶんテロリストみたいな存在に占領され、政権も掌握されているような状況なのだけど、もともとの政権はどこへ行った? カーンダックが主権を取り戻すための戦い……というならインターギャングを追い出した後の政治を誰が担うのか……ってな話もしなければならない。そこが一切語られない。
 そもそもカーンダックはほぼCGで作られた街だから、いろんなシーンが次々に展開する……というわけじゃないんだ。登場するシーンは数カ所。テントが張っている市場、古代遺跡発掘所周辺の道路、アドリアナ&アモン親子が住んでいるアパート、それからかつてアクトン王がいた居城。
 だいたい数カ所くらいのステージをグルグル回っているだけなので、お話しとしても展開しているように見えない。世界観の奥行きが見えてこないし、ごく少数の登場人物とステージだけで回しているだけに見えてしまうから、お話し全体のスケールが小さく見えてしまう。この辺りが批評家から低く評価されてしまったポイント。
 お話しもまず規格外の強さを持つブラック・アダムが中心にいるから、だいたいのお話しが簡単に解決できてしまう。敵もインターギャングというテロリストだけど、人間。本気出せば楽勝で問題解決できてしまう。だからいかにしてブラック・アダムをお話しの中心から外すか……そこでお話しが段取りっぽくなってしまっている。『ジャスティス・リーグ』でスーパーマンが「デウス・エキス・マキナ」になってしまうから、いかにスーパーマンをお話しの中心から外すか……と同じ問題を行き当たっている。こういうところでも評価的には減点対象となっている。
(※ デウス・エキス・マキナ 古代ギリシアの演劇技法の一つ。デウス・エキス・マキナという神が登場すると、どんだけ混乱した状況でも強制的に物語が終了するということになっていた)

 ただその小さなスケールの中でも、登場人物のやりとりをうまく見せて、後半に向けて「熱い!」と感じさせる展開を作っている。お話の内容がだいたい『ドラゴンボールZ』みたいなんだけど、むしろそういうものがいい……という観客は大勢いるわけで。そういう人たちから熱く支持された。これが一般観客評価が高くなった理由。

 で、この作品のもう一つの問題は、映画の最後の最後、ポスト・クレジットに“彼”が登場すること。もう結構いろところで書かれているけど、あえて誰が登場するのかは書かないことにしよう。
 ご存じの通り、DC映画は内部的な混乱を抱えていて、2017年まで「ザック・スナイダー」を中心とする体制で物語が進行していたが、興行的・批評的に芳しくなく、2021年から「ジェームズ・ガン」が主導する新体制へと変更ということになっていた。そこでザック・スナイダー版はいったんなかったことになり、2013年からスーパーマンを演じていたヘンリー・ガヴィルも交代することになっていた(って私、“彼”が誰かってバラしちゃってるね)。
 そうした最中に、『ブラックアダム』のポスト・クレジットに“彼”が登場してしまう。本作の製作も手掛けたドウェイン・ジョンソンは『ブラックアダム』の続編では“彼”と戦う……という展開を構想していたようだけど。これはジェームズ・ガンの構想と対立することになってしまう。
 これは……ドウェイン・ジョンソンの独断専行だったのかな? そもそも『ブラックアダム』がジェームズ・ガン体制に移る前から企画が進行していて、もともと2021年に公開予定が延期になって……そこでジェームズ・ガンの監視からポロッとこぼれて出てきてしまったような作品。どうしてこんなユーザーを混乱させるかのような、あるいはいらぬ期待を持たせるようなラストを作ってしまったのかは不明のまま。ヘンリー・ガヴィル=スーパーマンが好きだった人たちからすると大きなサプライズだったけど。

 結局は『ブラックアダム』は3億ドルも稼いだにもかかわらず大赤字映画になってしまい、シリーズ展開も頓挫。ドウェイン・ジョンソンが構想していた「ブラックアダムVSスーパーマン」も日の目を見ないまま。
 『ブラックアダム』はバカみたいな映画だけど、『ドラゴンボールZ』だと思えばしっかり楽しめる作品。バカみたいな作品だけど、愛おしくなる作品でもあるんだ。もしも再撮影もなかったら黒字を出せていたはずなのに、そうしたらもしかしたらドウェイン・ジョンソン演じるブラックアダムの続きも見られたかも知れない……。そう思うとなんだか惜しい。ここまで世界観をしっかり作り上げたのに、この1作で終わるのは残念。ドウェイン・ジョンソンのスーパーヒーローはまだまだ見たかったのにな……。


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