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映画感想 サカサマのパテマ

 1月24日視聴!

『サカサマのパテマ』は吉浦康裕監督作品。2013年に発表され、第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、スコットランド・ラブズ・アニメ 2013観客賞及び審査員賞を受賞、ぴあによる公開初週の映画満足度ランキングで1位獲得。多くの栄冠に輝いた作品である。

 お話は、こう書くとありがちに聞こえるが、とある少年が異世界からやってきた美少女と出会い、その美少女を付け狙う悪党から逃げる手助けをするが、やがて悪党と戦う決意を固めていく……。
 ここまでのあらすじを聞くと、どこにでもありそうだし、言ってしまえば大きな展開そのものは『天空の城ラピュタ』に『風の谷のナウシカ』を繋げたような感じだ。
 ただし、その美少女は重力が逆転した世界の中にいる。ここで意想外の画的な面白さが出ている。  例えば、美少女ことパテマは天井に立っているわけだから、主人公の目線で少女を見上げようとすると、女の子の後頭部や肩や背中が見えてくる。あんな角度から女の子を見ることは体験としてなかなかなく、それだけで面白い。
 パテマがパンを落とすと、パテマは上を見上げ、少年(エイジ)は下を見る。エイジは空に浮かぶ雲を見上げて朗らかな気持ちになっているが、パテマは空を見下ろして怯える。
 管理センタータワー屋上で、パテマは空に落ちる恐怖と戦い、エイジはタワーから転落する恐怖と戦う。
 常に視点が上と下でずれている。これをどのシーンでも画としてバッチリ見せているので、映像的な面白さに繋がっている。
 パテマとエイジがお互いの体を掴んだまま、ジャンプするシーンがある。パテマの体重分エイジが軽くなっているから高く、ふわりとジャンプする。その時の動画も面白い。サカサマになっているパテマの体が振り回される。アニメーターとしてもあんな絵を描いたことないだろうし、おそらく今後書くこともないであろう動きを描いている。
 もうこの映画唯一無二としか言いようのない画が始まりから終わりまで、ずーっと描かれ続ける。それだけで『サカサマのパテマ』は他にない作品だと言えるし、見るべき作品であると言えてしまう。

 世界観を見てみよう。
 どうやらかつて私たちのような世界があったらしいが、重力が逆転してしまったことによりあっという間に崩壊。その後、平行世界アイガと地下世界に分離し、お互い交流することなく年月が過ぎていっていた。
 地上世界と言われるアイガは装飾のないコンクリート建築が中心で、そのコンクリート建築に錆びたパイプが這い回っている。ちょっと旧ソ連的な雰囲気のある風景になっている。
 社会体制も社会主義的、全体主義的な構造になっていて、学校での教育も“教養”というより独自の価値観を教え込むための“洗脳”みたいになっている。
 学生達はみんな動く床――ベルトコンベアに乗って学校まで行く。この光景がなかなか観念的で作品世界を、あるいはテーマを示唆するものになっている。
 ある場面ではベルトコンベアの横を、エイジが自分の足で逆方向に歩いており、その一場面だけで画が語り始めている。この作品の極めて良いところは、あらゆる構造や状況を、きちんと一枚の画で見せていること。台詞は飾りに過ぎない。どの場面も画でバシッと見せている。それでわかるようになっているし、かっこよさも出ている。だから良い。

 一方、地底世界に住むパテマたちの文明観はもっと後退し、民族的な雰囲気を作っている。風景そのものはどこかの貧民街を多層化させ、その上に赤錆びたパイプまみれにした……という雰囲気だ。九龍城的な厳めしさがあって、画的な賑やかさが出ている。そんな中で、やや民族っぽい雰囲気の衣装が、不思議とあっている。
 映画の半ば頃、前半に出てきた背景画がそのままサカサマになって登場してくるが、ただそれだけで異様さが表現できている。ただサカサマにしただけ……なのにインパクトが大きくなる、といううまい見せ方をしている。コスト的にもうまい演出だ。
 地上と地底、どちらも封建的な文化観まで後退しているわけだが、その価値観の示し方の差異で面白くなっている。地上世界は社会制度と洗脳によって統率しているわけだが、地下世界は因習は言い伝えによって規律を作っている。ある意味、同じことをしているわけだが、作り方次第で地上世界は冷たく抑圧的な世界に感じられ、地底世界が牧歌的に見えてくる。

 ただし、引っ掛かりはあって、問題なのはキャラクターの作画。これが明らかに弱い。パテマの髪の編み込みはどうやって作られているのか見ていてわからないし、衣装の皺の動きに存在感が出ていない。作中、パテマとエイジが頻繁にしがみつきあっているのだが、指先に力が入っていない。
 どうにも監督の意識が世界観に行き過ぎて、個々のキャラクター作画に向いていない感覚がある。興味があるのがキャラクターか世界観か、でいうと圧倒的に世界観のほう。
 ただ、画はどの場面も見事なもので、ある場面で天井にいるパテマとエイジが至近距離で見つめ合うシーン、後方から光が差し込んで、画(ルック)としては滅茶苦茶に格好いい。そのままポスターにできるくらい。しかし絵(ピクチャー)が弱く、シーンそのものの感動が弱くなっている。これがずっと惜しいと感じるところだった。
 この画の強さと、絵の弱さがどの場面にも混在していて、いい部分と弱い部分が常に引き合っているような感覚があった。

 もう一つの引っ掛かりは悪の親玉イザムラ。イザムラは何がしたかったのか。地底のサカサマ人を忌み嫌っているらしいが、目的の全容が最後まで見えない。パテマを管理センタータワーの屋上に幽閉した意味も、いまいちわからない。
 というかイザムラのような人物がどうしてあの世界における大ボスになれたのか……。

 さらにもう一つ。エイジとポルタの二人がパテマを救うために協力する場面がある。だがその救出作戦の大半がカットされてしまった。これは惜しい。この場面をいかに描くかで、作品の面白さが変わってくるはずなのに、ガッとカットされてしまっている。
 途中、監視カメラをくぐり抜ける愉快なシーンだけはあったが、そこも切り抜け方が鮮やかとは言えない。
 おそらくは尺的な問題であると想像されるのだが、二人の活劇の場面、あるいはそれを通して結束を固めていく一幕が削られてしまったのは残念だ。

 『サカサマのパテマ』は意想外な発想で描かれ、意想外な展開を迎えていく。説明台詞に頼らず、最後の最後まで観念的な画で明晰に見せてくれて面白いし、画的なかっこよさばかりで見所があまりにも多い。かつ、絶対に観たことのないストーリーが展開していく。吉浦康裕監督の力量の高さがこれ1本で確実にわかる。上に書いたような引っ掛かりはあるが、あれくらいなら気にしないでいられるくらいの枝葉みたいなものだ。単純にいって、この映画は面白い。
 2013年の作品だが、今でもまだ見ていない人には「絶対観ろ」とオススメできる1作だ。


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