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映画感想 モンスターハンター

 要するにこれは『モンスターハンター』をテーマにした異世界転移もの。

 『モンスターハンター』が正式に実写映画化されることが発表されたのは2016年9月の東京ゲームショウにおいてであった。監督はポール・W・S・アンダーソン。主演はミラ・ジョヴォヴィッチ。カプコンからしてみれば『バイオハザード』を実写映画化し、成功に導いた監督&主演夫婦であるから、大いに期待したはずだっただろう。
 映画が公開されたのは、アメリカでは2020年12月。日本では2021年3月26日。映画制作には中国企業であるテンセント出資しているため、当然中国でも公開されたが、トラブルが起きた。映画中の台詞に「俺の膝を見ろ」「どんな膝だ!」「Chiknees!」というやりとりがあり、これは「中国人と日本人の膝は汚い」という意味の人種差別的な言葉遊びであったため、大問題に。中国では2020年12月4日に公開されたが、この台詞のために1日で公開中止となり、差し替え版が用意されたが、中国当局からフィルムを拒否されてしまった。世界中に送っていたフィルムも回収して差し替えだったから、それだけでも結構な出費である。
 アメリカではオープニング週に220万ドル獲得し、ランキング2位に登場したがその翌週から興行収入は48.9%減少し、そのまま盛り返すことなくランキングから姿を消してしまう。その他の国でもいまいちパッとしない興行収入で、一番の頼みの綱であった中国は1日で530万ドルを稼いだが、それきりで終わってしまった。『モンスターハンター』を生んだ国・日本での興行収入は12億円。やはりパッとしない成績。最終的に4400万ドルを稼いだが、制作費6000万ドルを回収することさえできなかった。
 映画批評集積サイトRotten Tomatoesにおいては44%が肯定的なレビューを書き、平均評価は4.9点。賛否両論よりやや悪い……といったところだろう。

 では作品のストーリーを見てみよう。


 真っ暗な砂漠の上を、帆船が疾走していた。ハンター達を乗せている船である。砂の上を走る音を聞いて、モンスターが追いかけてきた。ディアブロスだ。船はディアブロスの猛烈な攻撃をかわしつつ砂漠を抜けようとする。しかし船は激しく揺さぶられ、1人のハンターが砂の上へ放り出されてしまうのだった……。

 一方現実世界。ナタリー・アルテミス大尉をリーダーとする国連治安チームは砂漠で失踪した仲間達を捜索していた。仲間が走って行ったであろう道をずーっと辿っていくと、ある地点で突如車の轍跡が消えていた……。
 なにか不吉な予感がする。ふと視線を上げると、唐突に砂嵐が出現していた。このままだと砂嵐に飲み込まれてしまう。ナタリー達は仲間達を率いて避難しようとするが、砂嵐に飲み込まれてしまう。
 その後、目を覚ますと別の場所へ転移していた。さっきまでの砂漠と明らかに違う場所だ。辺りをしばらく捜索していると、行方不明になっていた仲間達の死体が丸焼けになって転がっていた。
 ここはいったいどこなのだ……。とりあえず車で進んでいると、砂煙を立ち上げ、何かが迫ってくる。見たこともない怪物だ。怪物の攻撃で車両は破壊され、仲間達は死に、数人だけでどうにか岩場まで逃げ込むのだった……。


 ここまでで20分。

 ここまでのあらすじからわかるように、本作は『モンスターハンター』を題材にした異世界転移もの。アイデアの大元は2010年の『メタルギアソリッド:ピースウォーカー』と『モンスターハンターフリーダムユナイト』のコラボイベントというものがあったらしく、このイベントの中で軍事部隊がモンスターハンターの世界へ転移してしまう……という展開があったそうだ。
 もはやそういうものがあったらしい……というくらい過去の作品なので、詳細はよくわからない。映画の作り手はどうやって観客を『モンスターハンター』という風変わりな世界観に引き込めるか……ということに苦心したらしく、現代のアメリカ人が『モンスターハンター』の世界へ行く……異世界転移ものにすることで解決策を見出したようだった。

 かなり強引だが、結果的に異世界転移したミラ・ジョヴォヴィッチことナタリーは、見たこともない巨大な怪物と戦うことになる。しかもこの怪物は近代兵器がまったく通用しない。ハンドガン、ガトリングガンなどは固い鱗を通さず、グレネートでやっと怯ませる程度。
 ……でも、なぜか大剣ならサクッといける、というね……。
 この手の映画では昔からよくある話だが、なぜか近代兵器に対しては耐性があるが、旧世代武器だとダメージが通ってしまう。弓矢や剣が効くんだったら、近代兵器は効くはずでしょう。ここに納得感のある描写や説明を入れないと。件の剣には対モンスターに効果のある魔力を帯びているとか。剣や弓矢というのは、昔からあるロマンだけども……。

 とにかくも異世界のモンスターには近代兵器はほとんど通じない。ナタリーたちは仲間を犠牲にしながら、どうにか岩場までやってくるのだった。砂のモンスター・ディアブロスは岩のまでは上がってこない。ディアブロスの攻撃から逃れることができたのだったが……。

 続きのお話を見ていこう。


 岩場へと逃れたナタリー達だったが、今度は岩場を根城とする昆虫型モンスター・ネルシラスに襲撃される。ナタリーはネルシラスに攻撃され昏倒してしまう。残された仲間達がナタリーを救おうとするが、ネルシラスの大群が迫ってきた。仲間達はやむなくナタリーを残してその場を逃れるのだった。

 ナタリーが再び目を覚ますと、そこはネルシラスの巣の中だった。辺りを見回すと、仲間達はすでに死亡し、ネルシラスの吐き出した糸で吊されていた。巣の中ではネルシラスの子供たちが孵化し、自分たちをエサとみなして迫ってくる。ナタリーは1人どうにかそこから脱出するのだった。
 脱出するとあたりは昼だった。ネルシラスは昼の光を恐れるらしく、姿は見せるが襲ってこない。ナタリーはしばらく光の中で体を休めるのだった。
 ナタリーは自分で傷の治療をした後、辺りの探索を始める。岩場の周囲は完全なる砂漠。しかもその砂漠は海上のサメのようにディアブロスが待ち構えていた。
 さらに探索を進めると、岩場の一角に、帆船の残骸が大量に。その中でハンターと遭遇するが、ハンターはなぜかナタリーに対して攻撃を始めるのだった。


 ここまででだいたい40分。

 岩場まで逃げてきて、ディアブロスの追撃を逃れたのだが、一難去ってまた一難。今度は巨大な蜘蛛型モンスター・ネルシラスが襲ってきた。
 ここからはちょっとホラーテイスト。ネルシラスの巣穴に入ってから、エイリアン風ホラーの作法で物語が進行する。ここのシーンで「救命セット」を手に入れて、その中のアイテムを一つ一つ見せて、そのアイテムを使って巣穴から脱出……というミッションが描かれる。ここはエイリアン風ホラーがコンパクトにおさまっていて、なかなかよく描けている。

 ネルシラスの巣穴から脱出し、岩場を探索する。この辺りが南アフリカ・ケープタウンの風景だろう。砂漠の中にぽつんと岩場が固まっているのだが、その岩場が風食で丸く削られている。不思議な風景だし、映画的にいっても絵になる風景だ。おそらくは、ロケ地にあった風景そのまま使っているのだと思われるが、ファンタジーっぽい雰囲気が感じられる。

 そこでハンターと出会うのだが、なぜか殴り合いの大喧嘩になる。これが本当に「なぜ?」と不思議に思うところ。だって、ディアブロスとの戦いの時、ハンターはナタリー達を助けようとしていたはず。なのに、なぜこの場面になって、殴りかかってきたんだ?
 たぶん、理由などはなく、ただ場面を激しくしたかっただけだと思われる。「いったいなぜ戦い始めた?」と奇妙に感じる場面だが、しかしミラ・ジョヴォヴィッチとハンター役トニー・ジャーのアクションは見事にキレッキレ。2人の身体能力がいかに高いかが見ていてわかる。でも戦い始めた意味がわからないので、2人の鮮やかな身体能力に集中できなくて残念。
 こういう、「なんで?」というところに答えを示さない、原理を示さないのが、この作品のまずいところ。冒頭のナタリーが異世界転移した理由すら、いったいどういう原理で……という理屈が示されず、とにかく異世界転移しました! モンスターが襲ってきました! ……という強引さでお話が進んでしまう。

 それでも殴り合いをひたすら繰り返した後、ハンターと和解し、砂のモンスター・ディアブロス打倒のために共闘する。ディアブロス打倒までの展開で、きっかり1時間だ。
 ここで前半のタイムテーブルを見てみよう。

 4分。
 プロローグ。帆船に乗った討伐者の一団がディアブロスに襲撃されるまでを描く。
 9分。
 行方不明になった仲間を捜索していたナタリー達が行方不明になるまで。
 21分。
 ディアブロスに襲われたナタリー達が岩場に逃げ込むまで。
 24分。
 ナタリー、目を覚ますとネルシラスの巣穴。
 30分。
 ネルシラスの巣穴から脱出。
 36分。
 ハンターと遭遇し、殴り合う。
 45分。
 ハンターとチョコレートで和解。
 1時間。
 ディアブロス討伐達成。
 
 以上のようになっている。前半1時間の展開を見ると、ナタリーが異世界転移し、謎のモンスター・ディアブロスと遭遇し、これを撃破するまでの物語が描かれている。見ていて「これのどこがモンスターハンターだろうか?」という疑問はあったが、「未知のモンスターに遭遇し、撃破するまでのお話」として見ると、そこまで悪いものではない。いっそ、ここまでがこの映画の全体であれば、逆にそこまで批判されることもなかったんじゃないか……というくらい。

 問題なのがこの後。何が問題なのかというと、1時間40分の映画で、残り40分でもう1体、モンスターを討伐するまでのお話を描かなくてはならない。しかも次はディアブロスよりもさらに強力なモンスター・リオレウスを討伐する。
 ここで構成上の「無理」が現れてきてしまう。ここからお話の構成がガタガタッと崩れ始める。
 前半1時間は「これのどこがモンスターハンターだろうか?」という展開だったが、後半40分に入って急に『モンスターハンター』をやり始める。入り江の草食獣アプケロスが登場し、お馴染みの「肉焼き」を始める(上手に焼けました)。映画が後半戦に入った、という中途半端なところで、急に、慌ただしく『モンスターハンター』をやり始める。
 その風景作りも中途半端で、砂漠を抜けたところに、かなり中途半端な植生のジャングルとオアシスが現れる。前半1時間の岩場の風景は奇妙だが説得力のある世界観に見えたが、オアシスの風景はいかにも作り物っぽい。セット撮影とCG合成で作りました、という感じの風景でしかない。
 さらに新キャラ登場だ。お話が後半に入っている……というところでだ! 残り40分というところで急に『モンスターハンター』をやり始め、新キャラが登場し(アイルーも登場する)、さらなる設定解説がなされ、その末にリオレウスに挑戦するという……。残り40分の間にこの全てが詰め込まれるわけだから、もうグチャグチャ。
 後半40分に入ったところでも、主人公ナタリーは相変わらず異世界の言葉がわからないまま……。そこで異世界に対して決定的に入っていけない、「お客様」状態が続いてしまうのだった。これが後半のドラマが盛り上がらない原因を作ってしまっている。異世界の人たちと共闘するドラマが深まらない。キャラクター1人1人のドラマも深まらない。掛け合いも生まれない。ただ俳優達が動き回っている描写だけの作品になっている。

 時間配分がグチャグチャ。前半1時間たっぷり使って異世界の風景を描き出し、ディアブロス討伐までが描かれた。ここが映画のピークになっていた。後半40分はほぼダイジェスト。ディアブロスに関してはどんな性質を持ったモンスターなのかしっかり掘り下げられたが、リオレウスについてはよくわからない。とにかく炎を吐く……ということと、その炎を吐く前の硬直時間が弱点だ、という心細い攻略法だけが示される。
 リオレウスの炎がどれだけ脅威かというと、砂がガラスになってしまうくらい。つまり1500度以上。砂はガラスになるし、鉄が溶け出す温度である。これはそこに至るまでの展開でちらちらと示されたが、その脅威がリオレウス登場シーンから後、それほど映像的なインパクトとして示されない。1500度以上であるから、炎の直撃を喰らわなくても気温上昇だけで人は倒れるはずだし、その周囲にあるオブジェクトも高温で溶けていくはず。戦車の防壁もリオレウスの火炎を受けたら、壁が溶け始めるし、中の人は丸焦げになる。そういう火炎の脅威・恐怖をまったく描かない。あれでは色んな映画によく出てきがちなドラゴンとそう変わらない。最初のほうから「砂がガラスになるほどの高温」と示していた理由は何だったのか。
 そんなリオレウスも、口の中に手榴弾放り込んであっさり撃破……という。なんだそりゃ、とずっこける結末。
 後半40分は、ただひたすらに滑り落ちた……という感じだった。

(小さなツッコミどころとしては、船の中で火を使った料理をするのはいただけない。船の中は火気厳禁。船の中で料理をするときは、火は最小に。炉から火を出さないように調理する……というふうになっている)

 ただ一つだけ、この映画にも良いところがあるな……と思うところがある。それは異世界転生した「一般人」が「無双」する……というストーリーじゃなかったこと。もしも今の日本人が描くと、ごく普通の人が『モンスターハンター』の世界へ異世界転生して、謎の力が覚醒してモンスターを次々となぎ倒し、美少女キャラクターにチヤホヤされる……というお話になったはずだ。
 そうではなく、異世界転移したナタリーは軍人で、しかも部下を率いるタフガイと最初から示されていた。ちゃんと異世界でも戦える……という背景を持ったキャラクターだった。最近の「異世界転生もの」よりもまだきちんとしている。
 ただ、それ以上の作品にもならなかったが。

 映画『モンスターハンター』は続編を想定した作りになっていたが、しかし残念ながら制作費も回収できず、評価も上向くこともなく、続編制作は頓挫ということになった。
 その後はどうなったかというと、『モンスターハンター・ワールド』によってこのシリーズはいよいよ世界的に知られるようになり、むしろ今こそ世界中のプロデューサーが『モンスターハンター』の映画化権を狙っている……という状態のはずだ。ポール・W・S・アンダーソン監督が『モンスターハンター』を発見したのは、2008年に日本へやってきて、ゲームショップに入って、そこで偶然出会って惚れ込んだ……という切っ掛けで、その当時はまだ世界的には知られていない作品だった。今ようやくワールドワイドな作品となった『モンスターハンター』だが、この映画化権はカプコンによりロックされた。つまり、もう今後『モンスターハンター』が実写映画化することはない。


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