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平野啓一郎
2015年10月31日 10:00
蒔野はそれを、自分の演奏に対する、最も鋭利な批評であるように感じていた。祖父江が言っていた、「もっと自由でいいんですよ。」という一言とも呼応し合っているようだったが、実感としてよくわかる割に、言葉で考えようとすると、雲を掴むようだった。 どうして洋子といつもスカイプで会話していた頃に、この本を読んでおかなかったのだろうかと、彼は後悔した。彼女と話がしたかった。そういう話題を、あまりに多く抱え
2015年10月30日 10:00
勿論、一本調子で状態が改善されてゆくわけではなかった。技術的にはまだ不安定で、上機嫌で練習を終えた翌日には、それに懐疑的になるほどすっかり落胆してしまうこともあった。それでも、最初に比べれば比較にならない進歩で、悪いなりに満たしている水準も確実に上がってきていた。 客観的に、蒔野は自分がどういうギタリストなのかを再認識した。 自分は演奏技術の特に運動能力の部分に関しては、ほとんど苦労知ら