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メキシコ道中私日記-9日目ー1日だけのプリンセッサ

【CDMX】
※この記事には若干のラブシーンを含みます。苦手な方は閲読をお控えください。

AL君との出会い

 今日会うAL君は、他の皆とは違い、知り合ってからまだ日が浅かった。実のところ写真だけで見る限り、お顔もタイプだったので、期待値が高かった。
 AL君は中性的な顔で、一見チャラそうに見えなくもなかったが、やりとりは意外にしっかりしていて、送ったメッセージには必ず引用返信形式で、次の日くらいには返信が来た。
 AL君とはランチの約束をしていた。通常日本人とのランチの約束の時は何も食べないで行く。だって一緒にランチをするという約束なのだから。
 しかし日本人以外と食事に行く場合、一緒に食事をしようという約束であっても、実際はほとんど食べなかったりとかってことがよくある。また、夜飲みに行こうという約束の場合でも本当に飲むだけだったりするから、普段居酒屋などで食べながら飲むことに慣れている私は、飲みながらずっと食べ物のことを考えているという状態に陥る。だから例え食事の約束だったとしても事前に少しお腹に入れなければならない、ということを彼等から学んだ。

 約束の時間の14時まで少し時間があったので本屋に行った。我が息子にスペイン語の本を買うためだ。
 幼児向けのスペイン語の勉強の本を見ると、ことごとく透明プラスティックに包まれていて中身が見えないようになっている。メキシコの別の本屋さんで、「開けていい?」と店員さんに確認して開けているシーンを見かけたが、本当のメキシコルールが分からない。勝手に破って怒られるのも嫌だ。
 私は表紙で得られる情報から想像力を最大限に膨らまして中身を想像し、最終的に2冊買うことにした。2冊の本を会計に持って行くと、店員のお兄さんが「どこから来たの?」と尋ねてきた。
「日本だよ」と答えると、日本は行ったことないけれどとても興味があってね、とお兄さんは語り始めた。語り続けること二、三分。長い話になると私の語学力ではあまり理解が追いつかなかったが、日本に興味を持ってくれてることも、店員がアジア人の私に差別なく何気ない雑談をしてくれたというのが嬉しかった。

 本屋を出て、近くの中華街と書かれたところがあったので行ってみると、これのどこが中華街なんだろうと思うほど中国系の店が無い。ただの商店街にしか見えない。
 街をぶらぶらしていると、待ち合わせ時間に近くなって来たので、一旦嵩張る本を置くためにホステルに戻ることにした。

 AL君と会ってからちゃんと食事をとれないことも想定して、セブンイレブンで買っておいたナッツの塊みたいなお菓子をお腹に少し入れて一息着いていると、いい時間になっていることに気づいた。しかもAL君からメッセージが入っている。「もう待ち合わせ場所についてるよ。実は結構早く着いちゃった」
 え、マジ?あぁ、だったらもっと早く出ていればよかった。
「そうなの?ごめん今急いで行くから!」と私は待ち合わせ場所であるソカロ広場の国旗ポールを目指して駆け足で急いだ。
 この無駄にした時間は帰国した今でも惜しんでいる。
 国旗が近くに見えてきて、走りながらAL君らしき姿を探す。すると国旗ポールのふもとにAL君らしきフォルムが見えた。お互い認識できる距離まで近づくと、AL君が申し分ない笑顔で私に向かって手を振ってくれた。初めて会う人にこんな笑顔を作れるって一種の才能といっていいんじゃないか?
 もっとクールなイメージを想像していたのでキュートな笑顔に一気にやられる。えー、可愛いじゃん。
「オラ〜」とソフトで優しく言われる。話し方もソフトでゆっくりだから聞き取りやすい。
「いつもそういう話し方なの?それとも私だからゆっくり話してくれてる?」
「いつもこんな話し方だよ」
 不思議と今会ったばかりなのに距離感を全然感じない。

 実際、こういう初めてなのに距離感を感じさせないタイプはたまにいる。日本人と違って外人の方が初めて会う相手でも距離感は割と近かったりするのだが、それでも一応”はじめまして感”はある。しかし、ごく稀に始めて会うのにも関わらず数年来の友達かのような距離感で、初めて会った気が全くない人がいる。AL君もそのタイプだった。

「何食べようか?何が好き?」
「うーん。なんでもいいよ。ピザとか?」
「うん、良いね。じゃあピザとか何か適当に探そうか」
「あ、その前に、お金を引き出したいんだけど」
 そう、私の財布にはもう現金がなくなりかけていて、このままだと明日の空港へ行くまでのお金がなくなりそうだったのだ。日本だと気軽に引き出せるお金も、ここメキシコだと引き出した瞬間を強盗に狙われるかもしれない。そんな不安を抱いていた私はAL君に銀行への同行をお願いした。

 銀行に入って、ATMと向き合う。画面の指示に向かって進めていくが、何かがおかしい。ピンコードの桁数もおかしい。
「ねぇ、やり方分かる?」
「うーん」AL君も悩んで、隣のご婦人に尋ねた。まるで友達に聞くかのような聞き方で。
「お金ってどうやって出せばいいんですか?」
え、もしかしてお金引き出したことないの?そんな疑問が湧いた。
結局ご婦人に教えてもらった通りやっても引き出せなかった。
 以前メキシコに来た時は、スペイン語が分からない私でもすんなりと引き出せていたので、何かもっと根本的なことが違うのではないかと私は思った。

アニメとマンガが寄り集まった日本好きのためのビル『フリキプラザ』

 飲食店が多く集まる方向に向かいながら、私は他の銀行にチャレンジする時間も待てないくらいお腹が空いていることに気づいた。
「とりあえず食べにない?」AL君に行った。
「フリキプラザ(Friki Plaza)知ってる?そこに行こう!」
「どこそれ?知らないけど良いよ!」
 フリキプラザは、フロアいっぱいに日本のアニメや漫画のお店がひしめき合って入っていて、秋葉原と原宿を混ぜたようなところだ。
 メキシコシティに住んでいない人でも、フリキプラザ知ってる?と聞くと、皆「当然」というように「知っているよ」と答えるくらい日本好きには知られている場所だ。

アニメや漫画関連の商品が売っているフリキプラザ

 そんな日本好きメキシコ人に絶対的知名度を誇るフリキプラザの入り口を入ると、ところ狭しとアニメや漫画グッズが並んでいた。お客さんもいっぱいだ。
 物と人で溢れかえる中、離れないようにAL君に付いて歩く。
 あー、この感覚!私が求めていたやつよ。未知の世界を案内してもらうこの感覚。一人で歩く未知の世界も堪らないが、この誰かに案内される感覚は格別だ。アドレナリンがぶぁっと出て、胸がキュンとする。
 ゴタゴタした通路を抜けてエスカレーターで上に向かうとまた違う世界が広がっていた。AL君は何か目当てがあるようで、しきりにその目当てを探している。さらに上に上ると、食べ物屋が広がっている世界が見えてきた。一軒一軒見ていくと、日本を意識した飲食店がばかりが並んでいる。
 食事をすると言っているのに、来たのが食べ物の「た」の字も見えないところにだったので少しだけ不安だったが、ちゃんと食べ物にありつけそうなので少し安心した。
「えっとねー、これが美味しいよ。食べる?」とAL君があるお店の前で私に聞いた。
 中華まんじゅうにクリームが詰まったようなどう見てもスイーツらしき食べ物だ。今日の食事はこれなのか?しかもいきなり甘い物とは。やっぱり日本人と発想が違う。
「うん、食べたい」
 とりあえず何でもいい。お腹に入るなら物を選ばない。空腹の私は答えた。
 しかもこの教えてもらってる感覚。というか、まるでデートみたいなこの感じ。若い子が原宿でクレープを食べているようなものじゃないか。大きく違うのは私が50手前のおばさんということくらいだ。
 AL君が注文してお金を払う。私がお金を出そうとすると、いいよ、と言って払ってくれた。
 オーダーして待っている間にAL君が後ろを振り返り、後ろにあるお店を見る。うんこの形をした鯛焼きのような食べ物が焼かれている。
「食べる?」と聞かれたので、うんこ饅頭もいただくことにした。うんこの中には色んな種類のクリームが入っている。
 なんで甘いものに甘いものなんだ?しかも今注文している品と被っているし。中のクリームの種類が選べたので、私はAL君と同じストロベリークリームを選んだ。
 先に買った中華まんじゅうのような食べ物が出来あがったが、熱すぎて食べられないので待っていると、うんこ饅頭が先にできて来た。
 一口かじると中のイチゴクリームが見えた。味は普通に美味しい。

うんこの形をした食べ物

 座って食べようと言って、空席を探すがほぼ満席で空席が見当たらない。すると横並びに2席だけ空席らしき席があったが、テーブルにゴミらしきものが残っていた。空いているのか?空いていないのか?
 AL君が躊躇なくその前に座っていた人に聞いた
「ここ空いてる?」
「空いているよ」
 うんこ饅頭の続きを食べていると、AL君が、「買いたいドリンクがあるんだけどどこかなぁ」とキョロキョロしている。
「こんな感じの(何と言ったか理解できなかった)飲み物どこで売っているか知らない?」
 またAL君は友達に聞くような感覚で向かい側の人に聞いた。
 聞かれた人は「私も名前は知らないけど、あそこに売ってるよ、と指さして教えてくれた。
 教えてくれた場所に行くと、店頭に赤、緑、青のかき氷のシロップのような色をしたドリンクが見本で置いてあった。ドリンクの見本は酸素を送っている水槽のように泡がぶくぶくしている。
 私の代わりにAL君が注文すると、お店の人が「これ入れる?」とタッパーを指さした。AL君が「入れる?」と私に聞いた。タッパーを見ると、タピオカのようなものが入っている。タピオカは大好きなので「Si!」と答えた。
 飲み物を受け取りよく見ると、原色カラーの液体の中は気泡がぶくぶく出ていて、黒い玉が液体の中をぐるぐると回っている。カップの上方は蒸気のようなもので覆われている。カップの蓋には可愛い形をしたグミゼのようなものが飾りとしてペタっとつけられていた。
 一口飲むと、甘酸っぱいケミカルな味がした。そして大好きなタピオカを吸おうとストローで黒い玉を吸い込みかじった。
 するとブチッっとイクラのような食感で口の中で弾けた。ムニュッっを想像していたのがブチッと来たもんだから、私の口と脳は一瞬混乱した。
 甘い。中からは甘くさらにケミカルな味が滲み出てきた。

蒸気の出るPOPな飲み物

 ゆっくり席についたところで、キーホルダーと成田でほぼ間に合わせで買ったメルティキッスのチョコのお土産を渡した。
 昔は海外で誰かに会う時は必ずしっかりお土産を用意していたのだが、海外から人が日本に来るときにお土産をもらったことが殆どなかったし、お土産をあげるって日本や中国特有の文化で少し重い行為なのかも?と思い海外にお土産を持っていくのはやめていた。ただ今回なんとなく用意する気分になって用意したのだが、実際何人と会うか分からないし、渡せるか渡せないか分からないものを大量に持って荷物を増やしたくないなと思い、どういう状況でもなんとかなる食べ物を少しだけ買ってきた。
 そのささやかなお土産をあげると、AL君はこちらが恐縮するほど喜んでくれた。
「何かお返ししなきゃ」
「いや、全然そんないいものじゃないから」マジで。お世辞じゃなく。
「本当に?ありがとう!」と私のあげたお土産を胸の寄せてぎゅっとするAL君。
 あぁ、AL君に限らず皆想像以上に喜んでくれて、もっとちゃんとしたものを買って来れば良かった。

 「これ全部飲めるかなぁ」とポップな飲み物を目にして言うと、「飲めなければ飲んであげるよ」とAL君が言ってくれた。
 食事らしい食事にありついてないし、口の中も甘ったるくなってきた。でもめちゃめちゃ楽しい。周りの様子を動画で撮る。最後にAL君にカメラをパッと向けると、急にカメラを向けられたにも関わらず動じることなく自然に手を振ってくれた。写り慣れてるのだろう。
「自分まだお腹空いてるんだけど。とーこは?」
 良かった。私はまだまだ食べれるよ。特にしょっぱいものがね。と心の中で思った。
「うん、私も食べられるよ。じゃあ何が食べたい?」
「KFC」
「おけー、じゃあKFC行こうか」
「どこにあるか知ってる?」
「うん。すぐ近くにあるよ」とAL君い言ったが、いやなんで私の方が知ってるんだ。

ATMでお金を引き出したい!

 KFCでの注文はAL君に任せて私は一人で2階の四人掛けのテーブル席で待っていた。
 しばらくして戻って来たAL君が隣に座る。日本だと4人掛けに隣同士で座るのは珍しいが、海外だと割と普通にある。

「クリスマスは何食べるの?」AL君に聞いた。
「KFC」AL君は答えた。まるで日本人みたいだ。

「ねぇ、私幾つに見える?」一応AL君にも聞いてみた。
「えっとー、本当のこと言っていい?」とちょっと深刻そうな顔をする。一体何歳というつもりだろう。
「28、29歳くらい」
「へー、じゃあその年齢にしておこうか」内心フフンとしながらそう言ったがそれ以上突っ込まれることはなかった。

 色々雑談をしていると、隣に座っているAL君は私の顔をじっと見ながら「可愛いね」と言った。一応お礼のつもりで「あなたもね」と言うと、「ちょっとね」と返ってきた。自分でちょっとと言うということは自分がかっこいいと自覚しているのだろう。
「とーこは彼氏いないの?」
「いないよ。AL君は?」と聞き返すと少しはぁと言ってから「彼女はもう要らない」と答えた。
「もう、ってさぁ、まだ23歳でしょ?」もうその言葉でいろんなことが想像できてしまう。
 ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「メキシコシティの人ってさぁ、デートってどこ行くの?」
 デートをする場所だけでなく、メキシコの人にとって遊びに出かける場所、日本でいう渋谷、新宿のような場所はどこかを知りたかったのだが、想像とは全然違う答えが返ってきた。
「ホテルだね。後で行く?」
 絶対違うでしょ。それはあんただけじゃない?と思いながらAL君の質問には答えなかった。
 因みにその質問を別の人にしたら、ここのこういう施設とか、ここの公園とか、私が本来聞きたかった回答が返って来た。

 一通り食べ終えたがAL君はまだ「お腹空いた」と言っている。よく食べる子だ。
 さっきフリキプラザで購入したポップな飲み物と、KFCで買ったバカでかいサイズのドリンクは結局私は飲み切れずにAL君が全部飲んでくれた。

「あ、ねぇここを出たらお金を引き出したいんだけど」
 するとAL君は「まだお金必要?」と言った。
 そう、ここまでの会計は全部払ってもらってたからだ。明日の空港へ行くために現金は必要だ。どうしても今日引き出しておきたい。
「うん。明日必要だから」そう答えたが、この日の会計分は最後までずっとAL君が全部支払ってくれた。

 KFCを出る前にトイレに行って、トイレから戻ると一人の男性が私の方を見てウィンクしてきた。自由だなぁ、メキシコは。
 席に戻ろうとするとAL君が私に向かってなんか言っている。
「ねぇ、チャイナタウンってどこか知ってる?この人達がチャイナタウンに行きたいんだって」とAL君の隣にいる人もこっちを見ている。KFCからチャイナタウンは近かったので軽く説明した。
 もちろんさっき行ったばかりだから知っていた。しかし、わざわざ外人の観光客の私になんの疑問もなく聞いてくる感覚が凄い。
 イギリスに居た時に、列車で外人の私に「荷物ちょっと見ててくれる?」と言われてその人がどこかへ行ってしまって、「え、私を信用しちゃっていいの?」と驚いた事があったことを思い出した。

 KFCを出た足で銀行に向かった。
 KFCに居る時にネットで調べて分かったのは、クレジットカードで引き出せる銀行とそうでない銀行があり、最初に行った銀行は引き出せない銀行だったということが分かった。今度はネットで調べた通り、順調にお金が引き出せた。金額に対して割高の手数料ではあったが。

 銀行を出ると、先日X氏と一緒に行った公園をAL君と歩いた。
「AL君は大学は何の専攻だったの?」
「音楽だよ」
「へー、何の楽器をやってたの?」
「ギター。あそこの学校だよ。卒業はしてないけどね。2単位足りなかったんだ」とすぐ近くを指さした。
「どんな曲弾くの?」
「なんでも。なんでも弾けるよ」
 プロフィール写真にギターが写っていたのでギターを弾くことは知っていたけど、ただの趣味だと思っていたが、趣味に留まらずプロを目指していたらしい。
 それにしても、つい最近までそこの学校に行っていたにしてはこの辺りのことについて知らなさすぎじゃないか?私の方が知っているくらいだ。

人生初めての虫の味

「ねぇ、チャプリナ食べたことある?」
「何それ?」
「うーん、虫」
「ん?虫?虫って?メキシコって虫食べる文化だったっけ?」
 出店が並んでいるところを歩きながら、目的のチャプリナを探すAL君。
「これいくら?」「こんなに要らないんだけど」と何軒かお店を回って交渉を繰り返してチャプリナをゲットした。袋にわさっと入ったチャプリナを持ってベンチに移動する。チャプリナをネットで調べたらイナゴのことだったので、なーんだと少し安心した。
 カラっと揚がった大量のイナゴ達にライムとスパイスをかける。
 恐る恐る一匹つまんで口に入れる。
 ん?
 美味しいーーーーーーーーーーー!
 美味しいじゃん!ちょうどエビの唐揚げのような食感でエビの唐揚げのような味。エビじゃん!少し濃いめの味付けは酒の肴にぴったりだ。あー、お酒が飲みたい。

美味!チャプリナ(イナゴ)

 写真撮ろう!と言って2ショット写真を撮った。手でハートの半分を作って合わせたりなんかして。AL君はそういうのも慣れているのかもしれない。「ねぇ、なんか欲しいものない?お土産のお返しをしたいから」「大丈夫だよ。たいしたものじゃないから」私があげたお土産は本当に大したものじゃなかったし、今までの費用も全部出してもらってるし十分だった。 ただ、帰国してからやっぱり何か買ってもらえば良かったと思った。買ってもらいたかったのではなく、お揃いで何か買っておけば良かったな、なんてバカップルみたいな発想でしかなかったのだが。

何でもOKなメキシコのマクドナルド

 チャプリナを食べ終わるとAL君はまた「お腹空いた」と言った。
ほんと、この子はどこまで食べ続ける気なんだ。
 次に私達はマックに行くことにした。

 道を渡る時なんかは危ないから手を添えてくれたりする。
 私たちはいつの間にか手を繋いでいた。お互い一度繋いだ手を離さないどころか、さらに距離を近づけて身体もべったりくっつけて寄り沿って歩いた。

 AL君はマクドナルドの場所も分からないという。私が知っているマクドナルドは少し遠かったのでスマホで検索して、一番近くのお店に行った。
 KFCと同じように隣同士に座る。
 ここ音楽ないね、とAL君は勝手に自分のスマホで音楽をかけた。
 KFCでもそんなに私達の距離は遠くはなかったが、今はさらに近くなっている。AL君は私の髪の毛をしきりに触って、「とーこの髪の毛が好き」「とーことても可愛い」と私のことを褒めまくる。
 AL君が私を見つめるので、私が見つめ返すと「なーにー?」と聞いてくる。当然何でもない。
「ナーダー(nada)何でもない」と私が答える。
 このやりとりを何回か繰り返していると、私が答えようとする前にAL君が先に私の真似をして「ナーダー」と言ってきて、2人で笑った。
 ほぼ顔と顔が触れるほどの距離で私に話しかけながらベタベタ触ってくるAL君。ちょっと動いたら口が触れちゃう距離だ。そこまで近づいておきながらAL君はキスをして来ない。誤差を考えたらしてるうちに入るくらいの距離なのに。遠くからみたら絶対キスしてるように見えるくらいの距離だ。
 もうほぼしているような状態だったので、少しだけ私が顔を動かした。私の唇がAL君の顎に触れた。私の唇の感触を確かめると、AL君は言った。
「何でキスしたの?」
 え、やられた―。ズルイ!仕向けたのはAL君なのに。
 そこからちゃんと二人でキスをしあった。かなり濃厚に。メキシコはどこでキスしたりいちゃいちゃしても怒られない。だから色んなところでカップルがいちゃついている。勢いと気持ちがが収まらない私達。
 とはいえマクドナルドで服を脱ぐわけにはいかない。
 AL君はさっきKFCで言ったセリフを再び私に聞いた。
「ホテル行く?」
 今度は冗談ではなく真面目に。
「うん」

オンボロホテル

 さっきマクドナルドを調べる要領で再び私のスマホのGoogle Map で近くのホテルを調べた。
 AL君が寒さで手を震わせている。私は多少涼しかったが寒くはない。身体が火照っているせいかもしれない。
 近くて金額が安い場所があったので、そこに向かった。
 ホテルに着いて、AL君がフロントスタッフのお姉さんに何か聞いている。
フロントスタッフは「No」と言った。AL君は躊躇せずにお姉さんに聞いた。
「この近くにホテルないかな?」
 お姉さんは向かえのホテルならOKだと思うと教えてくれた。
 お姉さんに教えられた迎えのホテルに向かった。具体的に何がダメだったか分からなかった私は、他のホテルもダメなんじゃ。。と不安になった。
 向かえのホテル入口をくぐると、廃墟感漂う古いビルが見えてきた。すぐ手前は駐車場になっていて、駐車場の係の人がいるようなボックスがあり、おじさんが番をしていた。
 AL君がまたなにやら聞くとおじさんは「Si]と答えてAL君がお金を支払った。
私達が行こうとするとおじさんは「名前は何て言うのー?」と聞いてきた。
AL君は歩きながら「○○~」と伝えながら私達は階段で上に上がった。
階段で上に上がっても薄暗い景色が続いていた。
 部屋に入ると、アメリカ映画でみるモーテルよりもまだボロい部屋が視界に入って来た。隣の部屋からは大音量のテレビの音が聞こえる。いや、壁が薄いだけなのかもしれない。向こうの音が聞こえるということは、こちらの音が聞こえるということでもある。トイレを覗くと、細長い空間に、端と端に便器とシャワーが設置されている。便器に便座はない。メキシコではたまにある光景だが、ホテルで便座がないとは驚きだ。そして何より驚いたのは、タオルだった。ホテルなのに備え付けのタオルがボロボロなのだ。今時雑巾でももっと立派なタオルを使う。
「ちょっと水買ってくるー」AL君が言う。
 あー、やっぱり言えば良かった。来る途中に水があった方がいいと思ったのだが、水を求めて歩き回る時間が惜しかったので言わなかったのだ。
「ちょっと待っててね」と言って部屋を出たAL君はすぐに戻って来た。どうやらさっきの入口のおじさんに水を頼んだらしい。
 外に買いに行くので時間がかかるということで、AL君はバスルームに行った。
 ゴシゴシと念入りに手を洗う音が聞こえる。
 よかった。ちゃんと手を洗ってくれている。実はAL君、超爪が長くて、しかも1本だけ先が三角に整えられていた。なんでこの形になってるの?と聞くと、猫と遊ぶため。と答えた。
 そんな長い爪で触れられて病気になってしまうよ、と私は心配していたので、念入りに手を洗ってくれて少し安心した。
 AL君が手洗いから戻ると私たちはマクドナルドの続きを再開した。

「ドン、ドン、ドン!」
 イチャイチャしていると、ドアを強くたたく音がした。
 AL君がドアを開けると水を届けにきたおじさんがいた。
 水を受け取って、私達は再び行為に及んだ。
 AL君は激しすぎるわけでもなく、鈍すぎるわけでもなく、ちょうど良かった。23歳と思えないほど慣れていた。さすが「もう彼女は要らない」といういうだけのことはあると思った。私達の身体の相性が良かったというのもあるだろう。AL君の意見を聞いてないので語弊がないようにいうと、AL君の行為が良かったと感じた。AL君が私のことをどう思ったかについてはこの時点では分からなかったが、後でこの話をしたら、とても良かったらしいので、つまりは相性が良かったらしい。

 ことが終わり、話をしているうちに、時差のせいもあり私はAL君の腕の中で眠ってしまっていた。
 目が覚めると、AL君は再び求めてきた。
 私達は計3回交わった。

便座の蓋がないオンボロホテル

NO TE VAYAS(行かないで)

 朝方5時くらいにホテルを出ると、既に大量の車が通勤に向かっていた。メキシコの朝は早い。こんなくらい時間から人は動いているのか。
 歩いていると、道端にパン屋の屋台が出てきた。女の子が二人店番をしている。こんな時間から屋台が出てるなんて。しかもお店とはいえ女の子二人で危なくないのだろうか?
「朝ごはんいる?」AL君が私に聞いた。
「欲しい」私がそう答えると、
「選んで」と言って、パンとホットチョコレートを買ってくれた。

朝から事故

 どんどんホステルが近づいてくる。それは同時に別れの瞬間が近づいていることを意味していた。
 終わってしまう。楽しいひと時が。きっとAL君に会う機会はもうないだろう。仕方がない。人との出会いとはそういうものだ。そう自分に言い聞かせる。
 ホステルの前に着いた。空はもう薄明るくなっていた。
 この時間はホステルを出入りする人はほどんどいない。
「ノテバヤス!No te vayas (行かないで)」AL君が言う。
この言葉を言われた瞬間私の脳裏に、CMのワンシーンが流れた。小さい女の子がNo te vayas!と叫んで床に倒れるCMだ。
 リアルでこの言葉を聞くなんて!ちょっと感動した。
 AL君は「もう少し日にちがあれば」とか「次はうちに来て」とか私に言った。
 そして何度か「No te vayas」を繰り返した。その度に私の頭の中にはCMが流れると同時に、こんな時にCMのことなんかを考えている自分にツッコミを入れた。

 しばしの時間、私たちは別れの言葉と抱擁とキスを繰り返して別れた。
 つい数日前J君とキスして別れたばかりのこの場所で。

 23歳のAL君は50手前の私と出会ってから終始至れり尽せり、全力で優しくしてくれた。まるでお姫様のように。


お掃除中の噴水

<メキシコ道中私日記-最終目~旅を振り返って>に続く

<メキシコ道中私日記-1日目から読む>


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