見出し画像

(自己紹介記事)ガストロノミーやグルメ情報の業界と決別した話

※この文章は2021年9月に書かれたものです。


僕は都内で飲食店を経営している。完全に独りで運営している小さな店だ。このサイトでアカウントを持って投稿しようと考えた理由上、店の名前を明らかにする必然性はないので、ここでは明らかにしていない。
(※注・2023年6月:2022年7月7日の投稿記事において、自分の店の名前を公開しました。)

僕自身の自己紹介もしていない。料理人としての経歴プロフィールも書かない。

今やどこでもかしこでも、誰でも彼でもが、「どこそこの〇ツ星レストランで働いていた」という情報をありったけ身にベタベタ貼り付けて注目を引くところから独立を考えるが、僕はそういうやり方はしなかったし、今でもしていない。

そういうことをしても、「そういう情報にいつもアンテナを立てている」ような種類の人たちしか店には集まってこないし(近隣に住んでいる大半の「ふつうの」人たちは、そんな情報に興味はないのだ)、

そういう人たちにもし気に入られでもしてしまったら、そういう人たちのばらまく好き勝手に解釈された情報によって(たとえそれが誉め言葉であったとしても)、店主の意図や哲学とは関係なく、またも「そういう情報を探しては、右に左に流されてばかり」のような種類の人たちばかりがまず最初になだれ込んでくることは、目に見えているからだ。

僕は過去の経験から、そのことを学んでいた。

だからここでの投稿は、そういう店や自分のアピールを目的としていない。グルメ系インフルエンサーの目に留まってバズらせてもらうとかそんなことは一切望んでいない。


ここで何の話をしようとしているかというと、僕が自分の店を運営していることを通じて、何をなそうとしているのか、どこへ向かおうとしているのか、という話だ。

なぜこんな話を今、突然こんなところで始めようとしたのかというと、それは今「から」このことを表明しておくことが、将来的に自分の店にとって必要なのではないか、という考えに至ったからだ。これから先の中長期にわたって継続していくつもりのことであるのなら、まああとになっていつか、ではなくて、今「から」始めたほうがよい、と思った、ということだ。

まずは草の根からでいい、小さなことでもいいから何か自分にできることを始めたいと思ったのなら、最初に大上段から自分のやろうとしていることを明らかにしておく。あまり小分け小分け、小出し小出しにことを行っていっても、「こいつは一体、一貫した全体像としては、どういうビジョンを持っているんだ?どこに着地することを目指しているんだ?」ということがはっきりしていなければ、やはり小分けの小出しアイデア集にしかならない。

とはいえ、というべきか、だから、というべきか、今の時点では、この話はほんのわずかな人にでも知っておいてもらえる機会が作れればいい、という考え方でいる。

聞いて聞いて!俺が俺が!拡散希望!とにかくリツイートよろしく!みたいな意図でやっているわけでは、全くない。

でも、これから先に少しずつ、この話を知ってくれる人を、増やしていきたい、と思っている。それは、「『共感』してくれる人を」という意味でさえ、ない。必ずしも、ネット上の文面だけで『共感』してくれるような「いいね!」的な疑似的仲間ネットワークを作ることが目的ではなく、部分同意、部分批判などを通してでも、社会全体に議論のきっかけ、意識のきっかけを広めていくことこそが目的だ。

この行動は、リスクも伴うことだとも思っている。

なんであれ、店主が考えていることが公になれば、共感してくれる人もいるかもしれないが、その逆も必ずありうる。

僕は今ここでは店の名も自分の正体も、意図的にあえて明かさずにこの文章を書いているが(※注・2023年6月:2022年7月7日の投稿記事において、自分の店の名前を公開しました。)、もし僕に強い反感を覚え、そして攻撃性を持っているような人がいたら、そういう人はきっと簡単に僕のことも店のことも明らかにできるだろうし、何らかの攻撃を仕掛けてくるだろう。それがどういうインパクトにつながっていくかは、現時点ではわからない。

さらにそれとは別問題として、特に日本のように考え方や価値観を語ることが一般的でない、あるいはときによっては望ましくないとさえされているような社会においては、そういう行動をとること自体が、見る側読む側聞く側にとっては「引けて」しまうという事態にも、往々にしてありうる。お客様という立場としてこの文章を読んだ場合、それはなんとなく店から足が遠のいていく、という結果に、つながっていく要素ともなりうるのだろうと思う。

だから意識して、思想信条に関わるような発信は決してしない、と決めている飲食店や、オーナーシェフのレストランがある。特にオーナーシェフ系の店の多くは、有名店であればあるほど、そうしていることを知っている。

ただ、僕はずっと思っていた。そのスタンスって、飲食業の世界の中だけなのではないか?と。

多くの企業は、企業理念を掲げている。その会社が、何のためにその事業を行っているのか、社会に対してどんな貢献をしていきたいと考えているのか、目指す理念や価値観を、HPでも明らかにしている。僕は何か新しい企業の情報に触れるとき、この企業理念を読むのが好きだ。自らは、何のために存在し、生きているのか。

しかし個人でやっている飲食店や物販店、医院などは、店内院内に入ったところに何か特定の思想信条を感じさせるものがあったりすると、反射的に身構えてしまったりすることがある。例えば何か特定の慈善団体の紹介冊子などが置いてあったりすると、全然おかしなことではないのに、むしろおそらく善いことであろうことなのに、なんとなく、「思想色が強い人なのかな…」と感じさせてしまうような心理だ。僕でも、その心理が働くことはわかる。

これは、日本人が寄付や募金に消極的であるところの原因の一つであるような気がしている。この心理作用はけっこう根深いところにあるように思っていて、それ自体がすなわちよくないことであるというふうには考えていないが、一般論的に言って、相対的に日本人において強く働く心理なのではないかと、個人的には感じている。

僕は、これを、日本社会として、もういいかげんに、変えていくべきときなのではないかな、とずっと思っている。

どんな会社でも、事業を行っているものとして、どんな理念を掲げているのかは、明確にする意味がある。必要もある。そしてそれを実践できているのかどうかもまた、試されている。それによって、人はついてくる。お客様もできる。離れていく者もいる。プラスマイナスのトータルで、存在する価値があるかどうかは、常に社会に問われている。

僕のやっているのは従業員すらいないちっぽけな店だけれど、それでも、事業を行っているという経営者の感覚で、店を運営している。そこに、「飲食店だから」という理由で思想信条は必要ない、という考えは、ない。むしろ「飲食店だからこそ」社会にどのように貢献していきたいと考えているのか、という点は、問われてよいと、考えている。


僕は、これからしばらくの時間をかけて、日本の社会が変わっていくように予感している。

このコロナ禍の迷走的不安はまだ少なくとも半年以上、長ければ数年くらい先までの期間続くように予想しているが、そのあと、ある程度完全に今のコロナ禍が収束したとしても、そこで気づいたときに、多くの人にとって、なんとなくコロナ前の社会とは違っているような気がする、社会に対する認識の変化が訪れるような気がしているのだ。

その段階に至ったとき——僕は、社会の中に、人々の「意識格差」のようなものが生まれているのではないか、と予想している。社会の中の、6割か7割くらいの人々は、コロナ前とは、何かの意識が変わっている。それは、「社会」や「公共」など、自分の直接的な利害損得とは少し距離をおいたところに浮かんでいるような、抽象的で、とっつきにくかったものに対する、意識。

それって、今まであまり意識していなかったけど、なんだか最近気になるようになった、とか、ちゃんとしたニュースをよく見るようになった、とか、ちょっとそれについて考えてみたくなった、とか、人と議論をしてみたくなった、とか。そういうシーンが、その6割、7割くらいの人々の間に、増えてくるのではないか。

と同時に、それ以外の3割くらいの人々は、コロナ前と、あまり変わらない。そして、その6、7割と3割くらいの人々の間に、社会に対する意識的感覚的な溝が生じる。そういう明白な「意識格差」のある社会になっていくような気がするのだ。

そしてこの6、7割と3割くらいの人々を隔てるものは、学歴や所得水準や社会的ステータスや、そういったものとはほとんど全く関係がないものとなるような気がしている。それは……「民度」の隔たりなのだ。

もし仮にそういう状態になったとして、それが良いことなのかそうでないことなのかは、今の僕には判断がつかない。簡単に「分断社会」と呼んで悲観すべきほどのこととも、現時点では思っていない。現在のアメリカのような危機的な分裂社会になるには、日本はまだ時間の余裕があると思っている。むしろ、「意識格差社会」になったらなったで、それがどういう格差なのか、そこにはどういう意味があるのか、しっかりと考え、議論するきっかけが生じうると思っている。外国のような二大政党政治の端緒が、日本にも生まれるかもしれない。そして、日本史上初めて、市民による哲学の時代が訪れるかもしれない。

もし、日本社会に住む人々の何割もが、現在よりも増して、社会ってなんだろう?公共ってなんだろう?社会のために、世界のために、日本に生きる市民である自分一人ができることって、なんだろう?と考えるような時代になったら、自分はそのとき、そういう人々にとって存在意義がある、と思ってもらえるような店になりたいと思って、自分の店をつくっている。

どうして飲食店が、という疑問はすぐに沸くかと思うけれど、食べること、食卓を囲むこと、食材がどう生まれているのかを知ること、世界の食の事情がどうなっているのかを知ること、その他いろいろ、食に関わることは、社会構造にも、経済にも、国際関係にも、貧困や紛争にも、環境破壊と生態系の問題にも、何にでもつながっている。人間の心理にも、たとえば連帯感にも、幸福感にも、虚栄心や虚飾心、利己心にも、深く関わっているのだ。

かつて僕は、世界が抱える問題を考えるために、それについて何かの行動となることを仕事とするために、料理人になることを決心した。僕の中では、食は、世界のあらゆる問題と間接的につながっている。しかしそれは包括的にとらえるにはあまりに複雑すぎて、学者のような学識が、いくつもの領域にわたって必要だ。

と同時に、食の世界に関して、学者という立場からものを語ったとして、残念ながらそれが人を突き動かすほどにリアルな説得性をもって響くということは、僕には考えにくいことだった。毎日食材と向かい合い、自分の手で命ある食材を扱って、それを食べる人間の顔を常に見ているリアルなプレイヤーとしての料理人でなければ、食の本当の核心に触れることはできないのだろうと、感じていたのだ。

だから僕は、その両方の世界をつなぐ、ハブ(結節点)となることができるような仕事をしたいと、それができるような店を作りたいと考えて、自分の店を構想した。ただうまい店として有名になって、インフルエンサーに紹介されて、グルメ業界に影響のある著名人やグルメマニアが毎日集まってくるような店になることは当店の目指すところではない、と過去に何度か表明していたのは、そういう理由だ。(※この点に関する記述は当店ホームページのことを指している)

僕は高校生くらいのときから環境破壊の問題に関心をもち、将来何かができないかと思っていた。外国の方や文化に触れる機会も比較的身近にあったので、世界という目線がいつもどこかにあったこと、そして何より人間とは何か、という問いを追及したくて、大学時代は思想・哲学史の世界に足を踏み入れ、教育哲学を学んだ。素晴らしい恩師に出会えたことで、自分の世界は拡がった。自分が専門とする視座をしっかり持ってさえいれば、世界のどんな問題でも考えることができる。政治哲学、経済思想、人権、貧困、紛争、環境問題、あらゆる領域に、自分なりの立ち位置から関わっていけることを知ったのだ。

その後大学卒業時には、また全然別のことを考えたきっかけで、完全なるビジネスの世界に入った。絵に描いたような外資系企業の世界で、世界最先端のIT技術を駆使して、世界中の大企業の経営改善や構造改革の手伝いをするという、とてもエキサイティングな仕事だった。ここでも先輩たちに恵まれたことで、ビジネスに関する多くの基礎的な重要なことを、高密度に学ぶことができた。

そして3年後に、自分の中にある核心に気づき、リアルなプレイヤーとしての料理人となることを、決心した。大きな決断だった。それまでのすべてを捨て去り、そして且つ全く見えない未来に向かう瞬間だった。

大変な時期はあったけれども、しかし大変なぶんだけ、今になって考えれば、多くを学ぶことができた職人としての新しい期間だった。それまでの世界では決して学べなかったであろう大事なことを、たくさん学び、経験した。

そして、職人として、料理人として、少しずつ経験を積むにつれ、できることが増えてくるにつれ、様々な分野の知識が増えてくるにつれ、料理人以前の知識も経験も、全く無駄でもなんでもなく、捨て去ったことでもなく、むしろ相乗効果的に、思考が厚みをもって拡がっていくことに気づくようになった。すべては、やはりつながっていたのだ。

一度土台を鍛えたものは、自主的な勉強で上に積み重ねていくことができる。歴史も哲学も宗教も国際関係も、マーケティングもファイナンスも組織づくりも、自分なりに勉強を続けてくる中で、驚くべきことにすべてが食——というより飲食業そのものと、力強くリンクしていった。

だからこそなお今、というより、これからの来るべき社会の中で、僕は、新しい飲食業の形を、作りたいと思っている。

折しも、「食」の意味の重要性は、これからさらに、増してくることになるかもしれない。単純にシンプルに、「毎日の食事」という意味において、だ。

ひとつの理由は、このコロナ禍で、多くの人が、そのことを改めて考えたであろうこと。何もできない中での唯一の楽しみとしての食事であったり、外食という経験の特別な意味であったり、家庭内で食事を作ってくれるという仕事のありがたみと大変さであったり。

そして僕が今ここで考えているのは、もうひとつ別の理由で、これからさらに、国際間においても、一国内においても、富の格差と偏在が、より顕著になっていくであろうということだ。

富の格差の問題は、日本でも深刻化し続けている。ただ日本の場合、取り戻すことができないような危機的状況に陥るには、まだ時間がありそうだと考えている。その危機が来る前に、おそらく多くの人は、幸せってなんなんだっけと考え直すときが、きっとやってくると思っている。

カネを増やして高価なブランドものを身に着けて高級輸入車に乗ってみんながうらやむような場所に住んで、という姿にばかり憧れる幸福追及の姿は、かつての仕組まれた共同主観の残照としてもはやはるか彼方に消え去っているはずだ—―多くの人にとっては。

もっとも今は、カネやモノといった物質主義ではなく、「情報主義」的な「リッチさ」に自己陶酔するという新たな贅沢や満足に憧れるという価値観のスタイルが喧伝される時代だが、いずれにしてもそれでさえ、情報主義者たちのまき散らす情報の世界の中に生きている実質的少数派の情報ばかりが、「目に見える」ようになったことによって偏った存在感を示しているに過ぎないと思っている。

僕の世代より若い世代は、バブルも高度成長期も体感していない。ただ停滞のみの不安な空気感の中で育ってきた世代の多くは、自分なりの幸せの形を見出すという難しい課題を突きつけられて、模索しながら生きていかねばならない運命を背負っている。

僕は個人的には、幸せと感じることができるために最低限充分な条件は、
「安心して眠れる場所があること」
「愛する者と一緒にいられること」
「子どもがお腹いっぱい食べられること」
だと考えている。

誤解なきよう言い添えておくと、これは「充分条件」であって、「必要条件」ではない。幸せのために必要な条件、という意味ではない。つまりこのうちのどれかを満たしていなかったらそれは幸せでない、という論理ではない。

そうではなくて、どんなに苦しく厳しい環境に陥ったとしても、最低限この3つの条件さえそろっていれば、「あ、でも、意外とこれだけでも、幸せと感じられるのかもしれない…」と思えるための、「幸せであると感じるためには最低限はこれだけあれば充分」という「充分条件」のことだ。言い換えると「この条件がそろっているならば、幸せと感じることができる」ということで、そろっていなくても幸せと感じることはできる。「必要条件」とは論理的に全く別ものだ。

もちろんこれは僕の個人的で主観的な考えに過ぎない。ただ実際に、最近では、結婚をして子供ができたのを機に、とか、有名大企業を辞めたり、とか、何らかの契機で、都市部から自然豊かな地方へ移住したり、就農したり、とかいうケースが、増えてきている。これも、飲食の仕事をやっているがゆえに入ってくる情報の一つだ。自分にとっての幸せな人生の形を、それぞれが自由に考えて決める時代になってきているのだと思う。

移住する人が増えるという意味ではなく、必ずしも金をかせぐとか高価なものを買うとかいうことに幸せがあるわけではない、と考えたときに、「もっと豊かな毎日の食」という価値観を求める人は、これから増えるのではないかと思っている。これが、先に言った「食の重要性が増してくる」ということの意味だ。

しかし、「豊かな食」とは何か?わかるようでいて、案外わからないものなのではないだろうか。

僕は、ここにこそ、プロの存在意義があると考えている。

料理のプロが、豊かな食って、自分はこう考えるのですが、どうですか?と提案して、それを体感した人が、ああ、これは確かに豊かな気分になれる食だな、とか、うーん、自分の感性とは違うかな、とか、そういうことを判断する、そういう時代に、もしかしたらなってくるかもしれない、と思っている。いやむしろ、そうふうになっていっていいんじゃないかな、と思っているのだ。

飲食店営業時代から自分としてはそういう店づくりをしていたし(※コロナ禍により現在は店内の飲食営業を休止中)、デリ業態になってからも(※代わりにデリカテッセンとして現在営業中)、わざわざひと手間かけてから召し上がっていただく商品を並べていたりとか、普通のいわゆる「お弁当」商品を置いていなかったりとかしているのも、そういう考えの延長にあるためだ。
(※注・2023年6月:現在はすでに飲食店としての営業を再開しています。)

だから、自分の価値観や美意識や道徳観を明らかにした店づくりというのは、タブーでもなんでもなくて、むしろこれから日常的な食の重要性が増す社会となっていくのであれば、だんだん求められるような状況になっていくのではないかな、と考えている。さらにもしもこの先、先ほど言ったような「意識格差」が生じる可能性があるのだとしたら、なおさらのことだ。

そしてそうなるのであれば、さらにもし僕の店のあり方が受け入れてもらえるのであれば、僕は、もっと店の数を増やしていきたいと考えている。事業として拡大していきたいと考えている。

今提供している料理(〇〇〇〇)だけでなく、いろいろな食の形で、豊かな体験を提供する事業として。それが、HPで説明しているとおり「●●●●●」という店名を付けたことの意図だ。(※〇や●で名を伏せているのは、冒頭に書いたとおりあえてここでは店名を伏せているため)
(※注・2023年6月:2022年7月7日の投稿記事において、自分の店の名前を公開しました。◯◯◯◯は「とんかつ」、●●●●●は「カンティーヌ」が、それぞれ入ります。)

「おさかな●●●●●」「おやさい●●●●●」「ニクヤキ●●●●●」…出してみたい料理は、いろいろある。デリ業態も、今のような仮の形ではなく、きちんとした形でやってみたいと考えている。サラダ専門店も、サンドイッチ専門店も、キッシュ専門店も、やってみたいことはたくさんある。それもすべて、おしゃれな街や繁華街ではなく、今あるような住宅街エリアで、地域住民という「面」に対して価値あるような店を、いろいろなところで拡げていきたいと構想しているのだ。

しかしそのためにはまず何よりも、仲間が必要だ。同じ方向を向いて走ってくれる仲間を見つけなければならない。これが目下最大の課題で、それができるかどうかが、自分の器の試金石となると思っている。仲間を集めるためにはどうしたらいいか。従来の飲食業界の求人募集という考え方では、なかった。まず自分が、旗を立てること。そして、旗を振ること。今は誰もいなくとも、それから始めようと考えたのだ。

今は、飲食の世界もかつてとは変わってきている。職人の世界でさえも、僕が修業開始したときと比べても、だいぶ変わったように感じている。

飲食の仕事をしてみよう、料理を作る仕事をしてみたい、と考える若い世代も、また増えてくるのではないか、と淡く期待をしている。それは、食の重要性が増してくるかもしれない、となんとなく直観で感じるような世代がこれから出てくるかもしれないし、それ以前にも、数年前から、食という職業の社会起業家的な側面に関心を持つ若い世代が出始めてきている、という感覚があったからだ。

しかし今までは、そういった関心から専門的な料理の世界に足を踏み入れようとする若い子たちを、受け入れる場所がなかなかなかった。どちらかというと、芽のうちに摘み取ってしまったり、踏みつぶしてしまうような環境のほうが多かったのだ。そしてそういう子たちは、短期間で料理の世界から離れ、そして二度と戻ってくることは、なかった。

それに、プロの料理の世界でのそうした話とは別に、知人からこんな話を聞いたことがある。

その方はかなり大きな飲食企業の事業部の長で、会社は6次産業の先駆者として注目されている。6次産業というのは、1次産業(農林水産業)、2次産業(製造業)、3次産業(飲食含むサービス業、小売業等)のすべてを一社内で一貫的な事業とし、それぞれを分断した形ではなくつなげて総合的、相乗的な活性化を図る取り組みの産業のことで、数年前から話題となっていて、農林水産省でも推進しているようだ。1×2×3=6か、1+2+3=6か、どちらかはよくわからないけれど、それで6次産業と呼ばれている。

その会社には近年では高学歴の新卒入社組が増えているということなのだが、その会社が運営している飲食店は実は居酒屋業態がメインで、「新入社員から、親御さんに『居酒屋に就職させるために大学に入れたわけじゃない』と言われて泣かれたと聞いた」という話をしてくれて、苦笑していた。この会社は、親に泣かれるような仕事をしている会社では決してないのだけれど。

僕は、その親御さんについて、飲食をバカにするなとか、何も知らないくせに、とは、全く、1mmも思わなかった。ただ、そりゃそう思われるよな、という感覚しかなかった。この飲食業界全般を見渡せば、親御さんの気持ちは、根拠のない偏見に基づいているというわけでは、けっしてない。僕も飲食業界のウラをよく知る身として、そりゃそう思うよな、としか思えなかった、ということだ。

時代は、まだまだそういう状況だ。そういう事情で親に泣かれる時代という意味ではなく、そりゃそう思うよな、と飲食業界に生きる者自身から納得されてしまう時代だ。つまり親御さんに偏見や誤解があるということではなく、実態としてまだまだそう肯(うべな)わざるをえない、ということだ。

だからこそこれからは、飲食の仕事は、料理の仕事は、親に泣かれるような仕事ではないんだ、ということを、自信をもって主張できるようなことをやらなければならない。

若い世代から、誇りを持って、ここで働きたい!と思ってもらえるような仕事にすることは、食に関わる仕事のポテンシャルを考えれば、必ずできると思っている。大学を卒業して料理に関わる仕事に就きたい、と考える子たちや、調理師学校を卒業してプロの料理人としての技術を身に着けたいけれど、限られた世界のための高級料理を作るのではなくて、一般社会のためになるような一般社会向けの料理を作りたい、と考える子たちの、受け皿になれることを、僕は目標としている。

僕は、こういう目指すところをもって、自分の店を運営している。

このことをご存じでなく、地域の方から、ただシンプルに店を利用していただけるだけでも、充分に光栄なことだ。

しかしこのことをご存じの上で、なお店に来ていただけたなら、そして店に来ることで、何かこういったことに関連するような事柄に関する意識が、少しでも満たされたり、関心が広がったりするきっかけが作れるなら、なおいっそううれしいことだ。

身の周りの子どもの貧困や孤立、虐待、教育格差の問題、LGBTや女性に対する蔑視の問題、障害を持った方々、その他あらゆる意味での社会的マイノリティや社会的弱者の権利、それらすべては、今よりもっと広く認知され保護されなければならないと、僕は考えている。

環境の破壊と気候変動の危機はもはや取返しのつかないギリギリのところまで来ているという科学的知見を信じており、現在の人間の生活の一部分を犠牲にしてでも、世界全体で協調してそれに取り組まなくてはならないとも、考えている。

そして生態系の崩壊の危機と、人間以外の多くの生物の生命や家畜の福祉(アニマル・ウェルフェア)も、もっと重視され改善されなければならないと、考えている。

そしてここが僕の問題意識の根幹をなすところなのだが、上のすべての課題に対処するために、価値論を見失って先鋭化し続けた資本主義の市場原理主義と広がり続ける格差は、人の手によって——経済的な「インセンティブ」によってではなく——、人間の道徳的な判断によって、歯止めをかけられなければならないと、考えているのだ。


僕は学者ではないので、本当に専門的に正しいことを語ることはできない。あくまで自分が個人として学んでいる中での、自分の意見と解釈しか持ちえない。しかしそれがもし、誰かが何かを考えるきっかけになったり、議論する材料となったりするのならば、それも意味があるのではないかと思っている。

みんなが100%の意識を持っていなければならない必要は、ないと思っている。そんなことは不可能だ。だが1%の意識を持っているみんなが少しずつ考えを交換したり、膨らませたりするきっかけが社会の中に増えていけば、社会は変わっていくはずだと、信じている。それこそが本来の、自由な民主主義の姿であるはずだ。

要らなくなった衣類を何か社会的2次利用できるように処分したい、とか、ちょっとエコな電気会社に変えてみたい、とか、寄付をしてみたい、とか、ほんのちょっとでも考えたことがある人は、けっこういるのではないかと思っている。そういうことを気軽に話題に出せる社会になっていけば、いろいろなことが一気に変わっていく可能性もある。

僕の店の中では、そういう会話はいくらでも歓迎としている。聞いていただけるのなら、僕からもそれなりに参考情報を提供できるようにするための準備には、いつでも自分なりに務めているつもりだ。

自分の店が、そんな会話の輪が社会の中に少しずつ広がっていくようなきっかけとなりうる飲食店であれたらいいな、と思って、日々、自分の店を作っている。

僕が、料理人として考えることができること、行動できること、発信できることについてのアイデアを、自分の考えの整理として、そしてほんのちょっとでも社会に意味ある提供とできることを目的として、今後少しずつ投稿を書き溜めていこうと考えている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?