自分の人生プロジェクトに名前を付けてみたのです。
自分の人生を1つのプロジェクトであると捉えて、名前を付けてみよう、という記事を読んだ。
何かのものごとに「名前をつける」という行為を自然に行う人はよくいるだろう。ペットに名前をつけるとか、ぬいぐるみに名前をつけるとか、はたまた最近では、お掃除ロボットに名前を付ける人までいるようである。
こうした「名前をつける」という行為が意味することは、その対象に対して「愛着を持つ」ということである。自分なりに名前をつけることで、それがありふれたものではなく、自分にとって大事なものになる、という感覚があるように思われる。
この記事の主張は、この名付け効果を、自分の人生に対しても行ってしまおう、ということだ。つまり、自分の人生を1つのプロジェクトであると考えて、そのプロジェクトに名前をつけるのである。
プロジェクトに名前を付けることはよくあることだ。例えば、「○○大作戦!」とか、「△△プロジェクト発足!」とかいう表現は巷でよく使われるものだろう。
これを自分の人生に対して行うということは、私の理解では、「自分の生き方」を言葉にすることであるとも思う。
自分が人生において本当に何をしたかったのか、何をすべく生まれてきたのか、その使命のようなものを冠するプロジェクト名がつけられるはずなのではないか。
以前私は、単なる組織の代表としてではなく、自分という人間を表すオリジナルの名刺を作ってみたい、ということを書いた。
もしかしたらこれも、自分自身に改めて名前を付けることの1つかもしれない。自分は一体どういう人間か、何をしている人間か、何を目指している人間か。その本質を凝縮して反映させたのが、ここでの名刺やプロジェクト名なのである。
こうしたことを考えながら取り組んで微修正を繰り返すことで、より本質的な何かに迫れる可能性がある。
そうやって名前を付けることで、自分の人生に愛着を持ち、自分自身を愛することにも繋がるのだろうと思う。
そのために使える1つの目安が、先日の無名人インタビューの結果なのではないか、と思った。
ここで私という人間につけられたタイトルは、「日本を生きやすい社会にしたい人」というものだ。
自分としてはそこまで大きく意図していなかったが、ポロっと出た発言にその人間が本当に考えていることが宿る、という話は確かに聞いたことがあるから、これを暫定的に私のプロジェクトにしてしまっていいのかもしれない、と思った。
だから、私の人生プロジェクトの名前は、ひとまず暫定でこれにしようと思う。
「日本を皆が生きやすい社会にするプロジェクト!」
これを実現するには、そもそも「生きやすい社会」とは何か?それをどのように実現するのか?といった問いに答えなければならない。
これらの問いへの解答を言語化することを通して、自分が一体何を成し遂げようとしているのか、少しずつ明確にしていきたいと思う。