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季節が今またもう一つ。梅雨と夏の間の席で【東京・大崎】

夏のことを、愛している。のだけれども、どうしてだか今年は「梅雨がもう少しだけ、明けなければいいのに」という気持ちを抱いていた。

夏が来たら、季節が一回巡ってしまう。出会ったのは、たしか夏がもう数日で終わるくらいの時だった。まだ一緒に夏は過ごしていない。だけれども、始まってしまったら、終わってしまう気がしていた。夏のことが好きすぎて、「始まったら終わってしまう」。いつだって私は、そう思う。

窓の外、上が白で、下が黒で、これまた黒のカバンに、黒い革靴を履いた男性たちがたくさん通り過ぎる。お客さんがカフェに入ったり、出たりするたびに、私の席の目の前の少しだけ向こう側が見えそうな、ブラインドたちが揺れる。

揺れるとその隙間から、やっぱり足早に通り過ぎてゆく無数の黒と白の世界が見えた。どうやらまだ梅雨は明けていないようだった。傘をさす人が増えてゆく。雨はまたもう少し、夜にかけて強くなったりするのだろうか?


東京へ帰ってきた、と私は想う。2019年は、旅の頻度を下げると決めていた。否、もっと正確に言うならば、移動の頻度を下げて、渡りゆく国と街の数を、この数年のうちで一番少なくしようと決めていた。

台湾、タイ、スリランカ、フィリピン、マルタ、イタリア、ノルウェー。7月時点で、7カ国。と、今月はまだあと香港へ渡航する予定があるから、8カ国か。悪くない、と私は東京の梅雨空を眺めながら、今年ずっと過ごしてきた夏の国々を想う。

そう、訪れたほぼすべての国が、日本の季節如何に関わらず、すでに夏の国だったのだ。台湾だけ、少し冬が残っていた。あとの国では、肌はひたすらに焼け続けて、最近私に会ったことがある人は分かると思うのだけれども、かなり今年は、浅黒い。感じだ。

本当に正直に述べれば、私は繰り返す通り本当に夏が大好きで、日本が夏でなくなったとしたならば、「夏の国へ行ってしまえばいいじゃない」とこの数年、けっこう本気で思っていた。

だって飛行機にさえ乗ってしまえば、私たちはあと2時間とか3時間南下するだけで、そこには強い日差しと透き通る海、笑い声であふれるビーチに会える。なぜ、コンクリートで埋め尽くされた、かなしい都心で? と、嫌味あふれるくらいに、遠い異国で、半蔵門駅とか、そのへんの街のことを考えたりしていた。

帰りたくなったら、帰れるし。と言いながら、帰る場所を失ってまた数年、経っていた。時間が流れるのは怖いねえ、と笑うふりをしながら、「そろそろだな」という気持ちも芽生えていた。

どこまで遠くへ行っても、もう旅と日常の境目を見つけるのは難しかった。自分でも、何を感じているのかあまり把握しきれずに、不思議な気持ちで生きていた。人生ではじめて出逢う感覚たちで、それでいて誰かと共有できる気持ちなのかも、わからなかった。

ええと。

そう。そんな中で今年は「少し長めに滞在すること」にトライしてみていたんだった。そうしたらね。海外の中期滞在を試して「暮らす」ことをしてみていたら、新しい発見が次々あって、とくに「帰国後の東京がとてつもなくキレイに見える」ことについては、私も驚きだった。

窓の外、映る大崎の街並み。空に伸びるビルたちが、梅雨に濡れた遊歩道を照らす。ネオンが遠くで滲む。足音が山手線の音にかき消されていく。だけれども消えない男女のこまかな諍いの声。まだ、帰りたくないの、のぎゅっと洋服の裾を握りそうな気配。

傘をそっと閉じるひと。雨なんておかまいなしに、濡れたい人。モノクロに見えていた東京に、色とストーリーたちが咲いてゆく。ローズヒップ・ハイビスカスティーの味なんて、ずっと10年以上スキじゃないのに、鮮やかなその色彩に惹かれて、甘酸っぱいあの味に舌が触れるたび、心にも朱が流れる。「やっぱり全然スキじゃない」のに、いつも頼み続けてしまう。それはもう、高校生の頃から。

きっと結局、スキなんだろう、離れたくないんだろう、人生の半分を過ごした、東京のよう。


人の心が何を考えようと、雨は降るし、季節はめぐる。雨はさっきよりも弱くなったようだった。確実に東京の空気は、梅雨から夏に向かっている。もしかしたらこのnoteは、32歳の今年の私の、最後のnoteになるかもしれないなぁ、と思い出す。

またひとつ年を重ねる。大人になったものだ、とそういえば振り返る。旅をしなかった頃の私と、旅をした後の私についてのエッセイを書いて、と頼んでもらって、今原稿に向かっている。というのに、どうしてだか雨と恋と梅雨と夏の話、を綴りはじめてしまっていた。

夏と新しい年が来る。でもまだ、できることなら、もう少しだけ、猶予をください。と思いながら、やっぱりそんなことお構いなしに、時間と雨は流れて、また変わっていくんだ、と外を眺めた。毎年こんなことをしている気がするけれど、やっぱり今年も、もうひとつ大人になるんだ。

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。