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親愛なる7,304マイル

2015年2月5日木曜日

海を越えて愛する人から手紙が届いた。

彼女が21歳で結婚してからというもの、こうやって文通をするようになってもうすぐ9年になる。
近代文明の急速な発達とともに、私達は幾度となく連絡手段を塗り変え、7,304マイル(約11,755キロメートル)の道のりと14時間の時差を乗り超えながら多くの言葉を交わし、繋がり続けてきた。
変わってゆく時代の流れを上手く利用する中で科学の発展に貢献してきた数々の先人達に感謝しながらも、それはただの手段であること、私達はちゃんと分かっている。そしてそれと同時にたとえ周りに時代遅れと言われようが私達はそれらと併せて、多くの偉人たちが残してきたものと同じようにこれまでと変わらず手紙のやり取りをひっそりと大々的に続けていた。
その間隔は疎らで、1年ほど空いた期間があったような気もするし、3日ほど立て続けに送ったこともあるように思う。
気の向くまま、筆の赴くままだ。

いつもはポストに投函してからだいたい早ければ5日から1週間で届いていた郵便物もどうやら今回は半月ほどかかったようだ。
郵便受けから手紙を読み終わるまでの流れは、いつも決まってこうだ。
沢山の広告や請求書に混じって、小さな可愛い封筒が光る。整った直筆の宛名を見てそこに込められた彼女の何かを感じ取り、玄関先に荷物とその他の郵便物を放り投げ、慌てて靴を脱ぎ固定電話の横の筆立てに走る。はさみを手にして封を切り便箋を取り出し、コートも着たままでソファーへ腰掛ける。深く一息ついてから折りたたまれた便箋を開く。そして段々涙で目の前が滲んでくる。たとえそこに何が書かれてあろうともだ。
後から落ち着いて読み返せば、それは本当に温かなもので、優しく微笑んで目を通せるものなのだけれど、いつ届くとも分からないその手紙は、いつも私がそれを必要としているときに、絶好のタイミングで手の中に落ちるのだ。

文末に記された日付は私が帰国してから2日後の日付になっていた。
夢から現実の世界へ戻っていた私は、また例のごとくもがいていた。
結局、人っていうのは中々変われないもので、私は少し自分を見失っていた。
街に出るのは未だに怖いし、半年前まで遅すぎる思春期を過ごしていたかつての面影を探す気にもなれないし、ならない。そのこと自体は悲しくないけれど、ただ手の届かなくなったみんなの遠い笑顔が寂しかった。居場所なんか何処にもない。
私は、天気を言い訳にして、今居る場所から一歩も動くことができない日々を過ごしていた。そんな惨めな暮らしを誰にも語れるはずがない。

私のことを周りの人がどう思っているのか本当のところは分からないけれど、多分周りが思っている私と、自分が思っている私は少し違う。
彼らが知っている私に嘘はない。何故なら仲の良い友人にも中々本心を打ち明けることができない私は、いつも彼らに対して誠実でいることだけを心がけてきたからだ。けれど、そのことでずっと自分を責め続けている。それでもきっとそういう自分を変えることはできない。
人が好きで人を信じて、でも人に傷つけられ人に奪われる。ひしめき合うそんな何もかもに疲れて嫌になった。
嫌になったはずなのに、また私は出会ってしまった。人に。
そう。繰り返す。何度も。

久しぶりに眠れない夜を過ごしている。彼女からの手紙に突き動かされる。前向きで上向きで、いつも私に愛と光を送ってくれる。誰にも話せない胸の内も、醜い葛藤も、ありのままを受け入れ見守り続けてくれているもう一人の私。私はあなたになりたい。あなたのように本当の意味で強い人に。

今となってはもう誰にも届けることはできないけれど、赤ペンで印を付けたり、丁寧に切り抜いてスクラップブックに貼っておきたい一瞬が少し前までは沢山あった。
けれど無常にもその時の私には良い意味で物理的な時間も精神的余裕も持ち合わせていなかった。だけど私の心から消えるわけじゃない。だからそれはそれで良かったと思うことにした。日常ほど残しておくのに難しいものはない。私は、いつの間にか日常に変わっていた冒険のような非日常をそこに息衝いていたときから愛していた。心から。だからもう一度。ちゃんと歩み出そう。ちゃんと生きていこう。きっと大丈夫。離れていてもあなたがいるから。いつもありがとう。

追伸、私は元気です。

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