食による“関係人口増加”へのステップ 生産者・生活者繋ぐ「高輪ゲートウェイ駅 ポケマルシェ」の取り組み
JR東日本による高輪ゲートウェイ駅周辺一帯の品川開発プロジェクトについて発信するこのnoteでは、これまで新しい街の「共創と実験」の思想、地域連携における取り組み、実際にできる施設についてお伝えしてきました。
>>https://note.com/tokyoyard
今回は「食」をテーマに、12月5日・6日に開催した次世代型マルシェ「高輪ゲートウェイ ポケマルシェ」を通じて、JR東日本が食にまつわる様々な課題に対してどのような取り組みを行っていくかを、JR東日本 品川開発プロジェクトチームの松尾俊彦がご紹介します。
JR東日本がなぜ「食」の課題に取り組むのか
JR東日本が目指すべき新しい街のあり方は、100年先を見据えた心豊かなくらしづくりのための実験の場、「やってみようが、かなう街」です。様々な実験と実装によって難しい社会課題に取り組み、関わった方々が成長できる街を実現したいと考えています。
非常に多くの側面からアプローチする必要がある都市開発において、わたしたちが「食」を重要なテーマのひとつとして捉えるのはなぜか。それは、「食」が100年前から変わらない人類の課題であると考えるからです。「100年後の課題」を予測することは難しいですが、食べる・寝る・遊ぶ──。このいずれが欠けても人は生きていくことができません。鉄道という社会インフラを担ってきたわたしたちはこの普遍的な問いに対して、次の時代への回答を思考するべきなのです。
大量生産・大量消費を前提とした流通システムやフードロス、気候変動、自然災害、パンデミックを機に迎えた大きな社会転換──。わたしたちの社会がさまざまな課題を抱えるなかで、JR東日本の「食」への取り組みを通じて生活者が生産者と食について深く知るきっかけができ、地域の関係人口が増えること。同時に、JR東日本の鉄道ネットワークを活用することで交流や様々な「移動」が活性化し、ひいては地方の産業と文化が育つこと。このサイクルを築いていくことを目指しています。
あたらしい街の豊かな食環境を構築し、このようなサイクルを生み出すための最初のステップとしてスタートしたのが、「高輪ゲートウェイ駅 ポケマルシェ(以下、ポケマルシェ)」です。
リアルとオンライン、新幹線を活用したマルシェ
ポケマルシェは、全国の農家・漁師から旬の食材を直接購入できるアプリ「ポケットマルシェ」(以下、ポケマル)と連携した次世代型のマルシェです。
アプリで商品を予約後(※)、ポケマルシェで現地生産者と対面コミュニケーションをとりながらの商品の直接受け取り、アバターロボット「OriHime」を介したライブコマース、次回の販売予定商品の予約注文など、リアル・EC・ライブコマースを軸とした購入体験を試みています。これまで開催されたポケマルシェでは、東北地方の生産者による旬な食材を取り扱いました。
※ 一部予約なしでも現地購入可能
またポケマルシェの大きな特徴に、新幹線を活用した荷物輸送があります。JR東日本の大きなリソースである鉄道ネットワーク・新幹線を活用して、マルシェに出品される農産物を東京まで輸送しています。
このように「次世代型」と銘打ったポケマルシェですが、ただ新しい技術を使うことだけがゴールではなく、生産者と生活者を密接につなぐ持続可能なコミュニティを形成すること、また流通の背景を知ってもらうことで、生産者・生活者・地球が繋がる豊かな食のありかたに気づくステップとなることが目的です。そのためには、生産・流通システム、エネルギー・環境問題など、様々な社会課題に対する考えをひとつひとつの生産物や取り組みのなかに組み込んでいくことが重要になります。
加えて、「地方創生」はJR東日本にとって極めて重要な位置付けにあります。会社名に「東日本」を冠するわたしたちは、高輪ゲートウェイ駅周辺エリアの地域課題とともに、JR東日本が根差す日本各地のディープイシューから目を逸らすことはできません。
そのなかで、東日本大震災から10年目の節目を迎えるにあたり、いまいちどJR東日本にとって大切な地域のひとつである東北の活性化に取り組むこと、そこで積み重ねたノウハウや繋がりを全国各地の課題に生かしていくこと、それがポケマルシェの思想です。
そこに、東日本大震災をきっかけに生み出されたポケマルが目指す、「生産者とのコミュニケーションによる関係人口増加」という理念が重なり、JR東日本・ポケマル協同でのマルシェ開催が決まったのです。
生産物の画一化・生産者圧迫へのアプローチ
JR東日本がアプローチする地方の食の課題に、大量生産・大量消費を前提とした流通システムによる生産物の画一化と日本各地の小規模生産者にとって適応しにくさがあります。
一般的なマルシェは、生産者・生産物・消費者がマルシェ会場に集い開催されます。これは物流・人の移動・環境──さまざまな面でのコストが原価にかかるため、ターミナル駅など、ある程度の規模の売上が見込める場所でなければ採算をとることがむずかしく、生産物を大量に仕入れて安価に販売しなければ事業として成り立ちにくい側面があります。
そうすると、大規模生産ができない手間のかかる生産方法を取り入れたこだわりの農作物を仕入れることは難しくなります。結果、商品に均一性が求められ、流通システムから外れた規格の生産物ははじかれてしまいます。この構造が小規模生産者にとって適応しにくく、また食物の多様性確保、フードロスの観点からも大きな課題となっています。これは、どの店でも安定した品質の商品が低価格で買える、大型のスーパー/小売店のような流通チャネルでも同様です。
天候によって農作物の味は毎年変わるにも関わらず、安定した味を求められてしまう。天候が安定していても、生産量が増加することで商品価格が落ちてしまう。つまり、たくさん採れたのに、働けば働くほど儲からない。一次生産者の方々と長く関わってきたポケマルの高橋さんも、こうした日本の農業における構造の問題点を語っていました。
これらの課題に対して、ポケマルシェは「リアル・EC・ライブコマース」での購入体験を用いて、小さいニーズに小さい供給で応えるアプローチをしていきます。
将来的には、小規模生産者たちのそれぞれの生産方法にあった流通システム、また生活者とをマッチングする役割を高輪ゲートウェイ駅とパートナーであるポケマルが担いつつ、商品購入・売り切れ対応をオンラインで行えるようになれば、ニーズのあるもの、事前に決済のあるもの以上の商品を生産・輸送する必要がなくなります。つまり、「売れるかわからないものを運ぶ」ということが起らないようにできないかと考えています。
またアバターロボット「OriHime」などを活用したオンラインでのライブコマースによって、現地に生産者が来ずとも実演を行うことでストーリーを生活者に知ってもらい、そこで足りないコミュニケーションをリアルで体験することができます。
オンラインとリアルを織り交ぜ、生活者が自分にあった食品・生産者を選択でき、それらについてより知るきっかけとなること、また過剰生産と輸送・移動コストによる生産者の負担・環境負荷を低減する仕組みを街に実装すること。これらの試みは、まず東北を中心とした生産者をサポートすることからスタートし、全国の地方へと拡張していきます。
新幹線を荷物輸送に活用する理由
オンラインとリアルの両軸で行うことに加え、JR東日本の特徴のひとつである新幹線を活用した荷物輸送はポケマルシェ最大の特徴であり、新幹線の「速達性」と「定時性」がJRにしかできない課題解決の大きな鍵になると考えています。
新幹線の「速達性」は、収穫したての生産物の素材本来の香りや味をそのままに、昼には東京へと届けることを可能にします。また新鮮な状態でないと販売できないものを輸送でき、生産者から消費者へと、ダイレクトかつ迅速な販売ができるのです。
さらに、他の交通機関と比べ気象条件・交通渋滞などの影響が少ない新幹線の「定時性」は流通ロス、つまり「せっかくつくったけど流通できない」という生産者にとってのリスクを軽減することもできます。
マルシェでの新幹線の「速達性」と「定時性」を活かした試みは、フードロスやエネルギー、自然災害、気候変動などの地球規模の問題、さらにはパンデミックによるオリンピックの延期と社会的転換点を迎えたなかで、「移動」の価値を再定義し、JR東日本の鉄道ネットワークをはじめとしたリソースをいかに無駄なく、有効にアプローチできるかが起点になっています。
販売までの時間がかかるということは、店の棚に並んでから食品が痛むまでの時間が短いということですから、食糧廃棄の増加に繋がります。世界のフードシステムにおけるエネルギー消費の38%がフードロスや廃棄される食料の生産によるものといわれているなかで、新幹線を活かした荷物輸送がフードロスや食品廃棄の削減への有効な手段のひとつになり得るのではないかと考えています。
また、新幹線をはじめとした鉄道ネットワークは他の交通機関と比べCO2排出量が低く、運行するために必要なエネルギーはJR東日本グループがもつ自営の発電を中心に調達し、そのうちの一部は水力などによるクリーンエネルギーが占めています。さらに、輸送に新幹線の非稼働スペースを利用することで、輸送によるエネルギーコストを低減させるという狙いもあります。
新幹線の停車駅がある地域以外に対していかに定時性と速達性を損わず拡張していくかが課題ではありますが、ポケマルシェをはじめとした様々な取り組みのなかで実験をしながら、先述の課題に取り組んでいきます。
JRの大きな武器は、全国に張り巡らされた鉄道ネットワークと多岐にわたるグループ会社の存在です。多面的かつ大規模なリソースをもっているJR東日本だからこそ、長期的視点に立った、より健全なフードシステムへの足掛かりをつくることができると考えています。
取材協力:JR東日本・松尾俊彦
インタビュー・構成:和田拓也
撮影:山口雄太郎
ディレクション:黒鳥社
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