トーキョー・アルテ・ポップ スペシャルトーク&ライブ(3)江口寿史に流れる明確な線
楠見:で、江口さんに会場の展示ケースに並べていただいたのがこちらです。
江口:僕はもう、全部そのリーニュ・クレールっていう線で描く絵っていうのをメビウスさん以降。で、メビウスのあとにHergé(エルジェ 1907-1983)の”TINTIN(タンタン)”を知ったんですけど。『タンタン』の方がずっと前だったんだよね。これを見つけたときは本当にびっくりして。それでたくさん買いあさったんですけど。
その『タンタン』に影響を受けたのがFloc'h(フロック 1953-)っていう人で。リーニュ・クレール派というのか、この一派がいっぱいいるんですよ。ものすごく。その中でもこの人は広告の仕事とかもやってて。わたせせいぞうさんはこの人のことが好きなんだよね。
楠見:なんか人物の置き方とか色の配置とか。
江口:そうそう。目を点で描くとかね。”目点派”っていうのがいるんですよ。
会場:(笑)
江口:和田誠(1936-2019)さんとかもさ、いえば”目点派”じゃん。なのに、ものすごく似てるんだよね、和田誠さんの似顔絵って。あれを真似しようとしてもなかなか難しいよね。
楠見:現代美術でもJulian Opie(ジュリアン・オピー 1958-)さんはエルジェに影響受けているって言ってますよね。
江口:ああ、ね。あのオピーさんの似顔絵とかも似てますよね。あれはなかなか達人の域だと思うんですけどね。
あと僕はわりと写真に結構影響を受けてもいて。日本だと浅井慎平(1937-)とか。その浅井慎平の元祖みたいな人がこの奈良原一高(1931-2020)っていう人で。あと植田正治(1913-2000)さんとかね。要するに日常とか日々の生活のどこを切り取るかみたいな。どこを切り取ると自分のポップになるのか、というのを学んだ気がします。それですごい浅井慎平の真似してた。絵を描くときに、スニーカーだけ描くとか。そういうのは日本では浅井慎平が初めてなんだと思ったんだけど、奈良原一高という人がその前にやっていたんだよね。後から知ったんだけど。
楠見:そのつながりについて浅井慎平は何か言ってるんですか?
江口:いや、言ってない。言ってないけど僕がそう思う。
楠見:でもそう言われると、なるほどという気がしますね。
江口:奈良原一高を見ると、「これ、浅井慎平じゃん」っていうのがいっぱいあるんですよ。ホースだけ撮ったりとかね。かっこいいなって。そういうのをマンガでやりたいなって思ってやってたんだけど。
上の『WORKSHOP MU!!』っていうのは、大瀧詠一さんとかはっぴいえんどの関連のデザインをやっていた中山泰(1969-2020)さんがいた、あの集団で。はっぴいえんどの細野晴臣さんがその頃、福生に住んでたんですけど、コミューンみたいな。
楠見:米軍ハウスの。
江口:で、この人たちも福生のデザインチームで。元々桑沢デザイン研究所の人たちなのね。で、あの頃出た、今はシティ・ポップって言われているレコードのジャケットはほとんどがWORKSHOP MU!!がやってますから。“Niagara Moon”とかね。あれはアメリカの洗剤のデザインをそのままパクったやつですよ。そういうセンスの、バタ臭いのをやってた。
ティエリ:福生ですしね。福生だとアメリカの基地があって、そういう影響があるのかも。
江口:ああ、そうだね。それもあるかも。
楠見:一番アメリカに近い日本の場所だったわけですよね。基地の周りで。
江口:ですね。もうアメリカのヒッピー気取りで住んでたわけよ。当時の若者が。で、それに憧れた僕がいますが(笑)。
それで隣のテリーさん(湯村輝彦 1942-)というのが、実は僕は一番影響を受けたのはこの湯村輝彦さんじゃないかと最近ひしひしと思うんですけど。僕、それまで絵の上達というのは技術が上がることだけだと思ってたんですよ。それで絵をうまくなりたいと思ってたんだけど。湯村さんから学んだのは技術よりも大事なのはセンス。センスの方が上っていうのを教わりました。この人のデザインセンスにいまだにずっと囚われています。文字の配置とか。で、音楽だとYMO。YMOの3人っていうのはものすごいみんな技術があるのに、その技術を別に使わないでセンスでやるっていう。この人たちもセンスの方が大事っていう人たちで。技術のある人がそれをやるのがすごくかっこいいんですけど。テリーさんもすごく技術のある人で。だからこのYMOとテリーさんがすごく近い感じがするんですよね。
楠見:ヘタウマってよく言われていますけど。ヘタウマってある意味様式であって。多分その様式で測れない部分が江口さんが言ってるセンスだと思うんですよ。
江口:そうだね。
楠見:だから湯村輝彦を見るときに、ヘタウマとして見ないっていう。そうするとセンスが見えてくるんじゃないかな。
江口:だからこの時代の人はヘタウマってもう植え付けられたけど、今もうまったく知らない若い人がこれを見たらどう思うんだろうというのをすごく聞いてみたいですね。
で、この辺はなんか、デザインとか、デザイン感覚とかに影響を受けたもの。
一番右側はね、僕のマンガにすごく影響を与えたものです。でもこの「自分が影響を受けた」って恥ずかしい感じです。本当はあんまり見せたくない、企業秘密みたいなところがあって。
会場:(笑)
江口:特に大友さんとかは僕より歳がいっこしか上じゃなくて、こう嫉妬心とかもあるから同世代の。あんまり見せたくないんだけど、でも当時の大友克洋(1954-)の引力には誰も逆らえなかった。当時78年に大友さんの絵を初めて見たんだけど、目から鱗が何十枚も落ちた感じで。ショックで。オレの絵はもうだめだ、こんな絵を描いてちゃダメだと思わせたのが大友さんで。何が違うっていうとやっぱり「線」なんですけど。この人ね、要はね、考えて描くっていうことを僕に教えてくれました。あの、どうしてこう下に影ができるのか、っていうのをそれまでまったく考えないで絵を描いてたから。たとえば『すすめ!!パイレーツ』っていう野球マンガを描いてたんですけど、野球のスパイクの後ろを描くのに、水島新司のマンガ見て描いてたからね。
会場:(笑)
江口:『野球狂の詩』見てほとんど描いてたから。それほど絵に対して無頓着だったっていうのがあります。それで大友さんを知ってからはちゃんと自分でスパイクを買って、「あ、こうなってるんだ」とか見て。すべて大友さんの絵ってそうなんですよ。物事を観察して理解して描くっていうね。そこが今までのマンガと違ったんですね。
楠見:浅井慎平さんとかの写真の話と通じるものがありますね。ものに対するリアリズムとか。
江口:そうですね。あとは切り取り方だよね。コマの端っこだけに人間を描いて背景は真っ白とかさ。それがかっこよかった。だから大友克洋のかっこよさって「描かないかっこよさ」なんですよ。
ティエリ:メビウスと一緒ですよね。
江口:初期の大友さんはね、「描かないかっこよさ」がほんと衝撃的だったんですね。……で、隣にあるのがちばてつや(1939-)。大友さんを知る前の僕の神だったのがちばてつやで。ちばてつやさんはオールド・ウェーブの作家なんだけど、わりと主人公に途中で無精髭が生えてきたりとか、日常感を出した初めての人なんで。そこら辺にすごく影響を受けたというか。主人公の髪が伸びてきたりするんですよね。マンガでそういうのなかったから。それにびっくりしちゃって。それで隣の『マカロニほうれん荘』(鴨川つばめ 1957-)っていうのが。こいつがまたね、オレの年いっこ下なんだけどデビューが同じで、ライバル視されて。で、めちゃくちゃセンスよくて。あー、死なないかなこいつって思ってた(笑)。本当に憎たらしかったんですよ。
会場:(笑)
ティエリ:そういえば、こないだやまだないと先生の展示に行ったときに展示の中にも彼女の私物があって。
江口:その中にも『マカロニ』があった?
ティエリ:そう。ありました。
江口:いやー、『マカロニほうれん荘』はやっぱり刺激されましたね。この人がいなかったら僕はKING OF POPとか呼ばれる存在になってないです。そのまんまオールド・ウェーブなマンガ家だったと思うよ。この人の存在はちょっと大きいですね。……でその下がね、林静一(1945-)とかこの辺はあとから読んだんですけどね。僕は今のところ、この林静一の『赤色エレジー』が世界一かっこいいマンガだと思ってるんですけど。あの、機会があればみなさんぜひ一読を。ものすごくかっこいいんで。すべての絵がイラストでありマンガでありみたいな。たまらない感じがありますね。
楠見:表紙これかっこいいですね。
江口:これは最初に出た初版です。僕は小学館の文庫本でずっと持ってたんですけど、これがどうしても欲しくてヤフオクで買いました。
楠見:デザインは誰なんだろう?
江口:デザインも林さんがやってるんじゃないかな。この頃の安西水丸さんとかも全部自分でやってるんで。今見てもかっこいいですよね。
楠見:これはまさにセンスだと思います。
ティエリ:モダンですよね。
江口:ね、モダンだよね。この写植だけっていうのもかっこいいですよね。……で、隣がつげ義春(1937-)さんで。つげさんはオレが説明する必要もないですけど。あれだよね、ヨーロッパはやっと最近発見したんだよね。
ティエリ:そうそう、劇画はここ数年、話題になってます。
江口:いやあ、そう思うと日本のマンガはやっぱりすごいなって。……で、高野さん。高野文子(1957-)はね、これもまた憎たらしいんだけど(笑)。この精緻を極めたあとの単純さというか。全部サラッと描いてるのに腰が入ってたりするんだよね〜。これはなかなかできない絵ですよ。本当に。
楠見:あのちょっとセルジオ・トファノに通じるものがあるんじゃないかと。
ティエリ:確かに確かに。さっき話した本当に最初のイタリアのリネア・キアラの。シンプルな線だけでいろいろ伝えられる技術もあってすごいです。あと彼女はパントーンを使ってますか?
江口:ああ、パントーンじゃなくてカラートーン。カラートーンを初めて使ったマンガ家ですね。マンガ界でね。パントーンほど透明度がないんだよね、カラートーンはね。
ティエリ:へえ。なるほど。
江口:で、オレがパントーンをすごく使ってた時期があったんですけど、そのとき高野さんが訪ねてきて、「どうやったら手抜きできる?」とか言うんですよ(笑)。それでオレのパントーンの絵を見て、なんかラクそうだと思ったらしくて。「ちょっとそれを教えて」って言って。「えっ、ちゃんと切って貼ってるんだ。なんかすごい仕事してるんだね、江口くん」とか言われましたね(笑)。
会場:(笑)
楠見:江口さんはそのときマンガじゃなくてイラストレーションに使ってたんですよね。
江口:そう。イラストレーションに使ってたときに。でも「ああこれ無理だわ、いいわ。めんどくさい」とか言ってた(笑)。この頃はあれですよ。この人は色指定でやってましたよ。
で、隣の和田誠の『倫敦巴里』っていうのはすごいパロディー。文章模写みたいな。そのセンスに衝撃を受けてここに置かせてもらいました。
楠見;ありがとうございます。
江口:もっといますよ。ほかにも影響受けた人。すぐ影響を受けるんで。今はルカにも影響受けてるかな〜(笑)。
ティエリ:いやあ〜(笑)。
楠見:でもこうしてみるとマンガだけでなく写真や文章だったり、いろんなジャンルのものがそれこそ江口さんのいうセンスで連なっている、そういうラインだなと思います。この二つの線がまさに交わったところがこのトーキョー・アルテ・ポップという展覧会だと思います。
【おまけ】 江口寿史資料展示キャプション
トーキョー・アルテ・ポップ スペシャルトーク&ライブ(4)へ続く
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