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現代「モノづくり」 考 (1):主体の転換

現代の「モノづくり」を考える

現代における「モノづくり」とは何かについて、ずっと考えている。人間は太古からモノを作ってきたが、その意味や態様は、時代とともに変化してきた。では、21世紀に入った今、モノを作るとはどういう意味を持つのか。それは社会の中で、どういう役割を果たすのか。「モノづくり」を担う主体や、それを動かす原動力は、どう変化してきて、現代に繋がってきているのか。

 これからの5回に渡って、現代における「モノづくり」について語りたい。「モノづくり」を考えることで、わたくしたちが直面している社会の諸課題に「モノづくり」が果たすべき役割を見定めてみたい。「モノづくり」を進める上での新たな協働の在り方についても模索したい。

誤解のないように先に申し上げれば、筆者は評論がしたいわけではない。あくまでも、自分が足場にするビジョンを明確にしたいのである。したがって、学者やコンサルタントのような厳密さはないし、的外れなこともあろう。不十分な点が多いことも承知している。その点は、先にご容赦をいただきたい。

しかし、自分で考えたことには違いない。批判を恐れずに、自らの思考のロジックを明らかにしたい。

われわれが欲しいものは最高の借り物ではなく、最低の独創であるべきだ。

建築家 白井晟一

内容的には解説というよりは、むしろ基本的な考え方を「宣言」のようなものだと受け止めてほしい。

まずは、「モノづくり」の主体について考える。

モノづくり=製造業か?

「モノづくり」という言葉に、どのようなイメージを持つであろうか。伝統工芸の手仕事か?町工場の油染みた色と匂いだろうか。無人の工場でロボットアームが動く流れ作業であろうか。

いずれにせよ、「モノづくり=製造業」というイメージは強いと思う。実際、「モノづくり」の担い手は、長らく製造業であった。しかし、2022年を迎えた今も、その図式は当てはまるのだろうか。

モノづくりが製造業だった頃

人類の長い歴史を振り返れば、「モノづくり」とは、物を作る行為と一致していた。江戸時代、包丁を作るのは鍛冶屋であった。鍛冶屋こそが「モノづくり」の主体であった。「モノづくり=製造業」は、社会の中の役割として定着していた。

近代に入り、「モノづくり」は高度化・大規模化し、製造メーカーは自動車や航空機のような大型機械・輸送機まで生産するようになった。当初は、熟練工を中心とする少量生産であったが、次第に需要が高まり、大量生産方式が取られた。例えば自動車工場では、ベルトコンベアー方式が導入され、生産性が大きく改善した。

垂直統合型のモノづくりの進展

20世紀の消費を牽引した自動車や家電製品の製造では 自前主義が取られ、垂直統合のビジネスモデルが採用された。垂直統合とは、製品開発、原料調達、製造、販売などのサプライチェーン上の諸要素を自社あるいは自社グループ内に取り込むビジネスモデルである。垂直統合には、中間コストの圧縮、納期の安定化、顧客ニーズに合わせた製品開発などのメリットがある。

典型的なのは、1920年代のフォード。鉱山業、鉱石運搬業、鉄鋼業をはじめ、タイヤ用ゴム生産のための農園開発まで手がけた。

日本でも高度経済成長時代に、自動車産業や家電産業で垂直統合が進められた。部品や販売会社の合併や、系列化によって、メーカーは巨大化し、世界市場を席巻した。ピラミッド型のヒエラルキーが出来上がり、その底辺に無数の町工場が位置付けられた。

この時代、「モノづくり=製造業」の構図が頂点に達した。製造業は、世界の株式時価総額の上位を占め、世界中にたくさんの従業員を抱えた。

製造から離れる「製造業」

しかし、時代が進み、製品が多様化・複雑化すると投資規模が巨大化し、1社で全てを抱えることに限界が見えてきた。そのため、メーカーは自前主義からの脱却を進めた。

特に1990年代以降のグローバリゼーション進展は、その傾向に拍車をかけた。メーカーは、戦略的なパートナーやサプライチェーンを構築し、「製造」の一部を外に出す水平分業を進めた。

典型的なのは、ボーイングである。機体は、300万点を超える部品で構成される。同社は、長い間自前主義にこだわってきたが、徐々にアウトソーシング率を高め、B737では35%から50%程度、新型のB787に至っては一気に70%まで高めた。

「モノづくり=製造業」の構図は変わっていないが、製造業のトップにあったメーカーは、21世紀に入って次第に「製造業」から離れていくようでもあった。

モジュール化した製造力

このことのインパクトは、「モノづくり」のあり方に大きな構造的な変化をもたらした。

長いことメーカーの内側に囲い込まれていた「製造力」は、細分化されて自由になった。その結果「製造力」に外からアクセスすることが可能となった。その上、細分化された「製造力」は、いわば「モジュール化」され、目的に応じて、ブロックのように自由に組み合わせることが可能となった。

同時並行して進んだ情報通信技術の発展と普及によって、モジュール化はさらに進んだ。その結果、工場や設備を一切持たないファブレスメーカーが出現した。パソコン製造のDELLのような会社である。

「製造力」は保有するものではなく、利用するものとなり、組み合わせるものとなった。グローバル化の進展で、中国や台湾、東南アジア諸国の工場がその受け皿となり、世界のあらゆるモノを作りはじめた。

最も大きな変化は、モジュール化された「製造力」によって、誰でも「モノづくり」が可能な社会になったことだ。「製造力」のモジュール化は「モノづくり」を製造業の独占から解放し、モノを作る知識や経験に疎い「非製造業」であっても「モノづくり」に進出する道を開いた。

非製造業から「モノづくり」への進出

ソフトウエア開発業からの進出

21世紀に入り「非製造業」が「モノづくり」の分野に勢力を伸ばしてきた。特に顕著なのが、ソフトウエア開発業からの進出である。

IT関連の技術革新が劇的に進み、ソフトウエアとハードウエアの融合が進んだ。ロボットや自動運転の技術に代表されるように、今やあらゆるモノにソフトウエアが組み込まれている。現代の「モノづくり」は、ソフトウエア抜きには成り立たなくなっている。

もちろんソフトウエアが機能するためには、対応するハードウエアが必要であり、ハードとソフトの「すり合わせ」には高い技術力が求められる。しかし、ソフトウエア開発者がモジュール化した「製造力」を利用する方が合理的である。アップルのiPhoneは、その最先端を行くケースだ。

企業から個人まで「モノづくり」へ

「モノづくり」に進出しているのは、ソフトウエア開発業だけではない。今やあらゆる職種が、モジュール化した「製造力」を利用して「モノづくり」に進出している。営利・非営利に限らず、法人、団体、個人に至るまで、誰でも「モノづくり」が可能になっている。

この構造的な変化は、「モノづくり」のあり方を劇的に変えた。

現代の「モノづくり」

誰でも「製造力」にアクセスできるようになったことで、「モノづくり」は製造メーカーの独占から解放され、新しい社会的意味合いを持つようになった。

その背景として、人々が豊かになったことで「物」に対する欲求の性質が変わったことがある。大量生産・大量消費のあり方に対して見直しの機運が高まった。

もはや欠乏しているから物を購入するのではない。自分のライフスタイルを大事にし、物の背景にあるストーリーに共感して購入するのである。大量消費大量廃棄ではなく、良い物を大事に長く使う価値観も育ってきている。

物を共有する文化の社会受容性も深化した。必要な時に必要なものがあれば良いとする人々も増えた。用が済めば、手放すことも苦痛ではない。リサイクルに回すことも、リサイクルを利用することも、今のライフスタイルとして定着している。

また、社会課題や地球環境等に対する人々の関心が高まった。「モノづくり」は地球環境の持続可能性と連動することが求められている。

現代において、もはや「モノづくり」をmanufacturingとは訳せない。物を製造することだけでは捉えきれない。「モノづくり」は、特定の業種を示すものではなくなったのだ。多様なステークホルダーによる社会への働きかけである。

現代の「モノづくり」は、社会の課題解決や人々に豊かさと幸せをもたらすため、「価値創造」をプロデュースする総合的な取り組みなのである。

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