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心の中の熱い思いと、前に向かう冷徹な目と。「働き方の男女不平等」

「働き方の男女不平等-理論と実証分析」
山口一男、日本経済新聞出版社2017

 わたしの仕事は「結婚」と「婚活」である。

 そう公言していると(仕方のないことではあるが)割と勘違いされることもあって、「結婚を増やしたいんだろう」とか「独身者に結婚を勧めたいんだろう」という前提からコメントをいただいたりもする。

 正確に言うとわたしの思いは「結婚するなら幸せになって欲しい」「結婚は幸せとも限らないから、自分にとっての幸せは何か見つけて欲しい」という場所にある。その立ち位置から「どういうのが幸せな結婚なんだろう」「幸せな方向に行かないとしたら、どこに原因があるんだろう」ということを、ひねもす考えている。

 わたしの出発点は自分の幸せじゃなかった結婚にあるから、でも実はそれが自分の特殊事情という訳ではないということも知ったから、だからわたしは、大それたでっかい望みだが、日本の結婚観をアップデートさせたいのだ。

 わたしは日本の(日本だけじゃないかもしれないけど)結婚の不幸は、家庭内の権力構造の偏りに一番の原因があると思っていて、そこを一番問題視しているし、そこを一番動かしたいと思っている。例えばこういうこと。(これ、未完だけど。【其の三】くらいまで続くんだけど、ついつい先延ばししてしまっている)

 だからわたしが考えている「結婚」の問題は、どんどん広がっていって、ジェンダーの問題だとか、暴力と性の問題だとか、稼得労働とアンペイドワークの問題だとか、労働市場や経済の問題だとか、いろんな問題に滲み込んでいくのだ。

 ご家庭内の問題って、誰しも思うところがあって誰しも意見があって誰しも心情を吐露できて誰しもひとくさり説教ができるテーマだ。誰しもご家庭には経験があって足を突っ込んでいるのだから。おそらく誰もが、熱い思いを抱えていて、だからこそ面倒くさい。一筋縄では解決できない。

 わたしは、何かの問題を解決したい、その問題に当たりたいと考える時、根本に心に抱える熱い思いを持っていた方がいいと思う。そこが源泉であるべきだと思う。もの凄く個人的な経験や個人的な幸せや個人的な痛みに、繋がっているべきなんじゃないかと思う。それでいいのだ。自分の問題、自分事の、他人事じゃない問題を解決したい、その熱い思いが根っこにあって然るべきなんだと思う。少し脱線するが、クリエイターだって同じ。「小説家になりたいけど何を書いたらいいか見つからない」という人は、書きたいのではなくて単に「小説家」という存在が格好よく感じられているだけだろう、過去の自戒も込めて

 けれど熱い思いだけに突き動かされて引っ張られた主張は、きっとどこかに偏りがあっていつか落とし穴に嵌る、わたしはそう思うから、冷静な、科学的な、客観的な、そういうランドマークを求めて、本や論文やデータを読む。

「結婚」のことについて書くお仕事を始めてから、様々な研究者の発表しているものを様々読んだ。わたしたちが感情レベルでやり切れなかったり、疑問に思ったり、文句を言いたくなったりする身の回りに溢れている様々なこと、それが実はもう研究されていて分析されていて、確かなデータとともに知見として提示されているのを様々見た。

 この本は、その中のひとつだ。完全に学術書なので、難しいし、まだ全部は読めていない。これは、世の中に溢れている「なんか……女って働く時不利じゃない……?」「いや、それはこういう理由でしょうがなくて、だからそういうことになってるんだよ」に対し、シカゴ大学の社会学教授である山口一男氏が、統計分析により実証した冷徹な事実として、「どんな言い訳をしようとも女性差別は厳然としてある」ということを証明し、切りつけた本だ。

 わたしは山口先生が明晰に示してくださったその事実のあんまりさに目を見張る思いがするし、山口先生が「でもそれは、そう感じるだけでしょ?」の揶揄も恥ずかしくなるほどきっぱりとした統計の手法でそれを目に見える形に浮かび上がらせた鮮やかな手腕にも尊敬の思いを抱く。

 そしてその一方で、この研究の基本姿勢や問題意識、別のところで目にした山口先生のエッセイや小稿、そんなものから、背後にある山口先生の、女性差別に対する強い怒りや熱い思いや揺るぎない反対姿勢、そういうものをひしひしと、そして確かに感じるから、わたしはこの本を読むと、何か安心する。

 つめたく試験管やPCの画面の中のシミュレーション実験を観察するような目で、「男女差別は確かにありますね、分析の結果。以上でございました、では」とやられるほど、やり切れないものはない。「そうですよね、あなたには関係ないですもんね、あなたには痛くも痒くもないことですもん」という気持ちになる。残念ながらそういう論を披露するタイプの著作は、世に溢れる。

 けれど山口先生の、根底に確かにある熱い怒りと物凄く力強く学術的に切り込んでいく冷徹なパワー、その両者の強固な結びつきをこの本に見、わたしは感動し尊敬するとともに、憧れる。

 できることなら、日本の女子を、若い女の子たちを、今頑張って奮闘しているご家庭内の妻たちを、かつて辛い思いをし涙を飲んだ経験を持つ先輩女性たちを、力づけ励ますことのできる熱いあたたかさを持ちながら、おかしく理不尽なことに切り込み覆すことのできるような強く冷徹なパワーを、わたしもこの身にこの手に、身に着けたい。

 とりあえずきちんと、まずは統計を勉強したいです。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、けそ さんのイラストを使わせていただきました。ありがとうございマス!色の強さがね。好きです。

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