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#1275 これみな頭からウソにて……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

お艶はお麻のもとを訪れますが留守にしているということで、帰ってくるまで待つというと、使用人は「お帰りのほどは知れません」というので、すごすごと帰ります。紅梅の母親が大病だというので、母親が隠居している場所を訪ねようとしますが、結局わからず、こちらもすごすご帰ることに……。一日おいて、再び本家を行くが、今朝からお出掛けになり帰りはわからないと言われます。二日も留守であることを訝しく思い、余五郎が来た時に、様子を聞くと、どうやら留守というのは嘘らしい……。お艶はおのれの不調法をならべて、お麻への謝罪を頼みますが、余五郎は「それしきのこと心配すな、おれが良きように言っておくから、いつでも遊びに行け」。口では言うがいつもの無頓着、洒落ばかり言って取り合ってくれません。念を押して幾度も頼むと、余五郎は、おれが付いているからには、ぬかるみを蒸気船で渡る気で大丈夫と思え!と高笑いします。二日経って、今日こそは会う気で本家へ行くと、またもお麻は留守で、使用人もきまりが悪そうなかおつき。三度も足を運び、余五郎の言葉もあるのに、なお心が解けないことに、お艶もムッとしますが、みずから招きたること。たびたび上がりましてさぞかしご迷惑のことと言って会釈して帰ります。

其後[ソノノチ]紅梅より絶えて音信[オトズレ]のあらざるは、病人の容體[ヨウダイ]難[ムズカ]しく、夜をも睡[ネム]らぬ看病の、身一つにては足らぬ忙[セワ]しさに取り紛れての事か。身も覚えある、二人無き親を亡くなす思[オモイ]はと、お艶は棄ておかれず、また深川を訪ねて、今日は長沢の居るを幸ひ、隠居所[インキョジョ]を問はむとせしに、旦那様は御内[オウチ]に、と思ひ懸けぬ言葉に不審ながら奥へ通れば、更に贏[ヤツ]れたる気色[ケシキ]も見えず、髪[カミ]も結立[ユイタテ]に薄化粧して、美しき例[イツモ]の紅梅が、これから午睡[ヒルネ]のところ。

都会の女社会で戦ってきた紅梅と、無垢な田舎娘のお艶の対比、ここらへんが『三人妻』のいちばん面白いところかもしれませんね!

一年ばかりもお目に懸からざりしが、お変[カワ]りもなくてなどゝ、余り苦労の無さ過ぎた挨拶に、お艶は張合抜[ハリアイヌケ]して、どうなされました、と段々様子を聞けば、病人も今は恢復[モチナオ]したる摸様[モヨウ]なれば、ニ三日休息[イキヌキ]に昨夜[ユウベ]晩[オソ]く帰りて、明日はお訪ね申さうと思うてをりましたに。
これ皆[ミナ]頭から虚偽[ウソ]にて、母親は病気にはあらず。お艶と伴[ツ]れだちては本家へ行[ユ]きては、ちと面倒なる事あるゆゑ、余所[ヨソ]に虚病[ケビョウ]を拵[コシラ]へて、逸[ニ]げて其実[ソノジツ]は本家に匿[カク]れ、お艶の訪ね来[キタ]りて、門前払ひになりし始終を能[ヨ]く識[シ]れり。
然[サ]れども今始めて聞いたやうの顔して、一々吃驚[ビックリ]して、それぞ奥方[オクガタ]の留守つかはれしに疑がひ無き。かねてさる事もあるべしと知れば、あれほどお住[トド]め申せしを、露[ツユ]ばかりも用ひたまはず、わざ/\辱[ハジシ]められにお出[イ]でなされしも同じ事。一度[ヒトタビ]かうと思込[オモイコ]むでは、恐ろしく執念深き奥方なれば、御前[ゴゼン]のお声が懸[カ]からうとて、それで我[ガ]を折る方[カタ]にはあらず。之[コレ]に懲りて此後[コノゴ]は必らず/\お構[カマ]ひあそばしますな。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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