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#1313 アメリカのニューヨークにシンジアという男あり

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

須弥山はどこにあると説法しても、地球儀で遊ぶ少年には荒唐であると笑われ、古代中国の尭と舜の世を講釈しても、進化論をふところに入れた書生には野蛮であると賤しまれます。「卑劣」の心に「傲慢」という鎧を身に着け、仏教の経典は歌舞伎ほど面白からず、聖書の黙示録は『アラビアンナイト』にも劣っていると頭からこなす世の中。学問は進んでいるが、見れば見るほど人情は浅ましい。

親の墓の手向花[タムケバナ]もまだ萎[シボ]まぬに、遺産分[カタミワケ]を裁判所で争ふ男、己[オノ]が罪の懺悔しながら指環の玉を教会堂で誇る女の心が見たいといふ者までが、抑々[ソモソモ]善悪[サガ]なき口ぞかし。凄[スサマ]じき東亜西欧の空合[ソラア]ひ、狼は牙をならし、鵰[クマタカ]は爪をとぎ、妖雲[ヨウウン]月を隠して電信[デンシン]羽檄[ウゲキ]より迅[ハヤ]く、白虹[ハクコウ]日を貫[ツラヌ]いて舌鋒[ゼッポウ]利剣[リケン]より鋭[スルド]く、なさけなや、ビスマーク有りてルウテル無く、李鴻章[リコウショウ]ありて魯仲漣[ロチュウレン]なき今日[コンニチ]に、さりとては殊勝の志[ココロザシ]、法の花ふる亜米利加[アメリカ]の紐育府[ニウヨルクフ]に一人の男ありて、其[ソノ]名をるもん、しんじあと呼べり。

「ビスマーク」は、普墺・普仏戦争を勝利に導き、1871年にドイツ統一を達成しドイツ帝国初代宰相となったオットー・ビスマルク(1815-1898)のことです。「ルウテル」は、1517年に「95ヶ条の論題」を掲出し宗教改革の口火を切ったドイツの神学者であるマルティン・ルター(1483-1546)のことです。

李鴻章(1823-1901)は中国清代の政治家で、洋務運動によって西欧の軍事技術などを導入して近代化をはかり、清朝最大の実力者となりました。魯仲連(前305-前245)は中国戦国時代の遊説家・策士で、李白(701-762)の理想の人でもありました。魯仲連は、長平の戦いで、秦によって趙の首都が包囲されたとき、弱気になっていた援軍の魏に対して、秦の国王を皇帝と称することの不利益を説き、絶体絶命の状況から反撃に転じさせ、秦を撤退させます。非道の国である秦が天下を取って悪政を行うのであれば、海に身を投げて自殺するつもりだと言った故事から、自身の信念を堅く守り抜くことを「仲連蹈海[チュウレントウカイ]」といいます。

それにしても、元・電信技士の男がこんな文章を持ち込んできたのですから、依田學海が驚くのも無理はないですよね。

額ひろく鼻とほり、慈愛の眼[マナコ]清くして小兒[ショウニ]の啼[セキ]を止[トド]むべく、能辨の唇うるはしく丹花[タンカ]の辨[ハナビラ]にも紛[マガ]ふ許[バカ]り。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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