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#1286 今に見よ!紅梅め!

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

お艶はこれまでの出来事を轟夫婦に打ち明かします。すると「読めた!」と夫婦は顔を見合せ、憎いは紅梅め!と言います。轟は万事まかせたまえといきり立ちますが、轟の妻も腹に据えかねて、お艶様も人が良すぎる!と言います。底の底まで見え透いた浅い計画にかかって、今まで目が覚めず、相手がどこまで騙すつもりか知らないが、よしなき人に親しまれたばかりに情けない身の上となり、あなたがご不憫で口惜しい。今頃ようよう気が付いても今更手遅れ、と言うと、轟が睨み付け「控えておらぬか」と言われ、はっと気が付き、妻はしょげ返り、手持ち無沙汰に煙草をぷかぷか……

お艶は段々と説かれて、やうやく紅梅が巧みの弶[ワナ]に懸かりたりと覚[サト]れば、紅梅の憎さは謂ふに及ばざれど、実[マコト]をいへば、我身[ワガミ]の外[ホカ]に怨むべき人はあらず。身の不束[フツツカ]が事の起因[オコリ]。今から其時[ソノトキ]の事を懐[オモ]へば、一事[ヒトツ]として分別ある処置[シウチ]はあらで、皆[ミナ]紅梅の言ふなりに、盲人[メシイ]の我杖[ワガツエ]を頼まずして、道路[ミチバタ]の悪太郎[イタズラコ]に手引[テビキ]されて、街渠[ドブ]の中へ陥[ハ]められたらむも同じやうの愚[オロカ]さ。他[ヒト]には聴かせられぬ身の恥辱[ハジ]を、心着けられたる面目無さと、有繫[サスガ]に計[ハカ]られたる口惜[クヤシ]さに思ひ乱れて、涙も出[イ]でざれば物をも言はず。折々俯[ウツム]きては大息[タメイキ]も力[チカラ]無く、此[コノ]様子を見るに夫婦はいとヾ不便[フビン]を催ほし、実意[ジツイ]を籠めて百方[サマザマ]慰めければ、お艶は稍[ヤヤ]愁[ウレイ]の眉を開[ヒラ]きて、今は世に便[タヨリ]といふは御夫婦ばかり、何分[ナニブン]にもお二方[フタカタ]の御尽力[オホネオリ]を。頼まれては退[ヒ]かぬ江戸気性[エドキショウ]、此[コノ]轟が方寸[ホウスン]に在[ア]ることなれば、必らずお気遣ひあそばされな。ニ三日中に吉左右[キッソウ]お聞かせ申すべし。
今に見よ、紅梅め、乞食[コジキ]にしてくれるわと力[リキ]めば、真箇[ホンニ]それで末[スエ]の吉[ヨイ]ことはござりませぬ。やがて奥方[オクガタ]のお疑がひだに霽[ハ]れなば、余之助様といふ後楯[ウシロダテ]ある貴嬢[アナタ]のお身[ミ]は末長く御安泰[ゴアンタイ]。これが地を固[カタ]むる雨かも知れませぬ。う〻目出[メデ]たいな。

というところで、「後編その三十五」が終了します!

さっそく「後編その三十六」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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