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#543 『花ぐるま』も人力車の様子から始まります

それでは山田美妙の『花ぐるま』を読んでいきたいと思います。

時刻は夜9時ごろ。どうやら季節は冬のようで、ガス灯の明かりは霧にかき消され薄暗く、犬が吐く白い息は寒気を含んでいます。

二三日このかた曇[クモ]ッたり晴れたりして今猶[イマナオ]雨にならうか、雪にならうかと相談最中[サイチュウ]ででもありさうな空合[ソラアイ]、此頃[コノゴロ]は一体欠かさずに出る星も前に薄綿[ウスワタ]の幕を引かれて仕舞ッて下界に目瞬[メバタキ]をすることも出来ず、その恨[ウラミ]を分[ワカ]ッてか、月は雲の高低[タカヒク]の角々[カドカド]へ妬[ネタ]ましさうな光を噴掛[フキカ]けて朧銀[ロウギン]の襞[ヒダ]や滅金[メッキ]の条[スジ]をつくッて居ます。

あっ、ちなみに『花ぐるま』は、『胡蝶』と同じく、「です・ます」調の言文一致体小説です。美妙の文章の素敵なところは、「花鳥風月」を、独特すぎる表現ではあるものの、しっかりと描写していることです。これは坪内逍遥にも二葉亭四迷にも欠けているところです。

けれど、風…この風ならと見込んで天気を卜[ウラナ]ッて居た頼[タノミ]の風もたゞ寒気[サムケ]を吹寄[フキヨ]せるばかり、空の雲をば攘[ハラ]ふといふ体[テイ]も無く、幣垣[ヤレガキ]を意地[イジ]めて泣かせたり、溢[コボ]れた水を快[ハヤ]く凍らせるのみです。夏の頃はこゝろよく思はれた川水[カワミズ]の音、今は岸と語るそのやさしい囁[ササヤ]きも人をあざけるかのやうです。
川に沿ッて五六輛の人力車がある有[アリ]さま其処[ソコ]に例の営業人力車停車場の榜示杭[ボウジグイ]が立ッて居るのでしやう。

坪内逍遥の『当世書生気質』同様、「人力車」の様子から小説が始まりましたね。なんせ登場したばかりの新しい交通文化ですから注目せずにはいられませんよね。この人力車を巡っては、頻繁にお客とのトラブルが絶えなかったようで、1881(明治14)年には「人力車取締規則」が制定されます。全体が23条から構成されており、例えば第4条には「賃銭ハ組合ニ於テ之ヲ定メ、警視廳ノ認可ヲ受ケ車ノ蹴込正面ニ表記スヘシ」と定められています。同じ年には、警視庁からの通達で「人力車が行き合った場合は左に避けること」と、車両の左側通行の原点となるものが規定され、1900(明治33)年の警視庁の「道路取締規則」で、「人道車馬道の区別ある場合は人道の左側を、区別ない場合はその道の左側を通行すること」と正式に常時左側通行が規定されます。ここでいう「榜示杭」は、1886(明治19)の「営業人力車取締規則標準」によるもので、人力車の駐車場には、この「榜示杭」を打って場所を標示することが義務付けられました。#063でも少しだけ人力車に関して紹介しています。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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