見出し画像

#1249 もうもうもう!良くって良くって!

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

お仲は十九になっても奥手で、口数少なく温和な女性で、容易に事を洩らすことはないと思い、味方に引き入れようとお才は考えます。逃れぬ義理から余五郎の世話になっているが、菊住との縁を切れぬわけを、哀れに気の毒に話すが、お仲は毛筋ほども疑いません。私を主人と思い、大事と思うのなら、忘れても口外しないでほしい。そのかわり私も末永くお前の力となって世話しよう。お才の思惑通り、恩に絡まれ、欲にひかれるお仲。自分に悪い事をしようと言っているわけではない、何も知らぬ顔して口にさえ出さなければいい……お仲がおとなしく返事すると、お才は喜び、何も言わずに、縮緬に三円添えます。

此[コノ]格[カク]でゆけば、一年の内に立派に嫁入[ヨメイリ]の支度は出来て、其上[ソノウエ]に道具は祝[イオ]うて下さることゝ、嬉しさの始めの羽織が気になりて、睡[ネ]られぬまゝに葛籠[ツヅラ]から出して最一度[モウイチド]見れば、裏の墨絵の秋草[アキグサ]が、もう/\/\好[ヨク]つて/\。
又こんな事をと思ふ慾と、二つには義理ゆゑ味方となりけるが、まだ一度も其[ソノ]場には臨まぬ前[サキ]から、今まで然[サ]もあらざりし伝内の癖なる上視[ウワメヅカイ]が、遽[ニワカ]に薄気味悪く、お槇[マキ]の挙止[ソブリ]までがどうやら今までとは違ふやうに思はれて、謂はむ方[カタ]なく心苦しきに、お才はいつも綽々[ユッタリ]として苦労も憂慮[キヅカイ]も後晦[ウシログロ]き事もないやうな。あゝ無[ナク]てはあれほどの事は出来ぬ理[ハズ]と驚きぬ。
其後[ソノノチ]余五郎の来[キタ]りける時は、しみ/″\恐ろしく、二階へ膳を運び、銚子[チョウシ]の更[カワ]りに通ふにも、先[マズ]階子[ハシゴ]の口にて一度悸々[ドキドキ]。座敷へ入る前に二度目の心[ムネ]を轟かせけるに、お才は余五郎の側[ソバ]にゐて、楽しげに笑ふ声の聞[キコ]ゆるにはいよ/\驚かれけり。
お才はお仲を手に入れてより、戸外[オモテ]の首尾は思ひのま〻に、少[スクナ]くとも月に一度は出合ひけるが、先度[センド]に懲りて山瀬も絶えず探索[サグリ]を入[イ]る〻こと厳しけれど、お才の用心も疎[オロソ]かならざれば、一向種[タネ]は上がらざりし。
十一月の末[スエ]に菊住は小袖[コソデ]二枚、羽織二枚、其他[ソノホカ]に向上なる携帯品[モチモノ]三品[ミシナ]ばかり出来て、仕送らる〻もの饒[ユタカ]に、金時計も買ひ、春衣[ハルギ]も調[トトノ]ひて此年[コノトシ]は暮[クレ]けり。
紅梅は不相変[アイカワラズ]お麻に取入[トリイ]り、お艶は明暮[アケクレ]身を大切にして、梅咲く頃を楽[タノシ]み、葛城商社は益[マスマス]好景気にて行年[ユクトシ]を送りぬ。

というところで、「後編その十九」が終了します!

さっそく「後編その二十」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?