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#1285 後編第三十五章は、お艶が人の良さを窘められるところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その三十五」に入りますよ!それでは早速読んでいきましょう!

(三十五)江戸気性[エドキショウ]
お艶は今が身の大事と思ふにぞ、これまで有りし事実[コトドモ]を一々打明かせば、それで何も彼[カ]も瞭然[サラリ]と読めた、と夫婦は思はず顔を見合はせ、憎いは紅梅め。おのれ其分[ソノブン]にしておくべきや。我に了簡[リョウケン]あれば万事委[マ]かせたまへ、と一人引承[ヒキウ]けて轟が悍立[イキリタ]てば、内儀も腹に据ゑかねて、然[サ]りとはお艶様もお性[ヒト]が善過[ヨス]ぎる。そのやうな底の底まで透[ス]いて見えた浅い姦計[タクミ]に懸[カ]かりて、今までもお眼が覚めず、血をこそ分けね同胞[キョウダイ]とは、何処[ドコ]まで欺[ダマ]さるゝおつもりか知らねど、紅梅めは獅子身中[シシシンチュウ]の虫とやらにて、貴嬢[アナタ]のお身は七分[シチブ]通りまで、早啖[ハヤク]はれてしまふたにも、お心は着かざるか。よしなき女[ヒト]に親[シタシ]まれしばかりにて、情[ナサケ]無きお身上[ミノウエ]になりたまひたるが、御不便[ゴフビン]や、口惜[クチオシ]や。
あの奥様が仮初[カリソメ]にも、隣姫[リンキ]がましき事などなさるゝ方にはあらざるを、皆[ミナ]紅梅めが讒口[ナカグチ]から、罪無き貴嬢[アナタ]を此様[コノヨウ]に疎[ウト]まるゝとは、愚痴ながら、利発[リハツ]なるお方にも似合はしからず。それにつけても紅梅の可憎[ニクサ]は、思ひ出しても腹が立つ/\。お艶様、貴嬢[アナタ]も貴嬢[アナタ]でござりまする。いかにお性[ヒト]を善[ヨ]くせらるればとて、長[ナガ]の月日[ツキヒ]の間、毛髪[ケスジ]ほども其様[ソノヨウ]の悪婆[アクバ]を疑はれず、思ひのまゝに計[ハカ]られて、今頃やう/\お気が着いても、残念なは今更手晩[テオク]れ、と遠慮を忘れて詰[ナジ]りかゝれば、轟は睨[ネ]めつけて、控へてをらぬか。失礼なと難[キメツ]けられ、内儀ははつと心着きて、遽[ニワカ]にしよげ返る手持無沙汰を紛らしかねて、煙草ふか/\。

というところで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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