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#1289 後編第三十七章は、余五郎の死で本家が混乱しているところから……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

今日から「後編その三十七」に入りますよ!それでは早速読んでいきましょう!

(三十七)綱引後押[ツナヒキアトオシ]
本家に近づけば、其[ソノ]方角を指して走る馬車人力車の数夥[カズオビタダ]しきに、もしやと心噪[ムネサワ]ぎ、我[ワガ]車の提燈[カンバン]の闇[クラ]くなりて、今にも消えむとするさへ気に繫[カ]けらるゝに、不図[フト]見れば、何時[イツ]の間[マ]にか、羽織の紐は片方乳[カタホウチ]を断[キ]りたり。時に取りては忌[イマ]はしく、前表[ゼンピョウ]といふ事も無きにあらず。頓[ヤガ]て本家の門[カド]に着けば、前後になりし車は大方[オオカタ]我[ワガ]停[トド]まる処にて停[トド]まりぬ。
問ふまでも無し。不幸の事、と足は踏心[フミゴコロ]無く、ひよろ/\と玄関へ走込[ハシリコ]めば、客は式台に群がり、取次[トリツギ]二人[フタリ]周章[ウロタエ]まはりて、急には受付[ウケツ]けぬ混雑紛れ、応接室の前まで入込[イリコ]みて、我[ワガ]側[ソバ]を往来[ユキキ]する用人等[ヨウニンタチ]を、一々引住[ヒキト]めて取次を頼めど、いづれも血眼[チマナコ]になりて耳の聞[キコ]ゆるものはあらず。日暮[ヒクレ]に御前[ゴゼン]の卒[ニワカ]に息を引取[ヒキト]られしことだけは確[タシカ]に聞きて、想ひ設けたる事なれど今更愕然[ドッキリ]して、寤[サ]めながら夢見る心地なり。
やう/\正気[ショウキ]ありげなる人を見出[ミダ]して頼めば、承知して奥へ走入[ハシリイ]りけるが、待てども/\本人は愚[オロカ]、其[ソノ]人もいづれへか消えて再び姿を見せず。
躍起[オドリタ]つ心[ムネ]を鎮[シズ]めかねつゝ、二時間も経ちて後[ノチ]、漸[ヨウヤ]く藤崎を喚出[ヨビダ]して、簡単[テミジカ]にお艶の一条を語りも終[オワ]らざるに、奥より人来[キタ]りて、拕放[モギハナ]すやうにして伴[ツ]れゆきければ、轟は掌中[テノウチ]の珠[タマ]を失ひたらむ想[オモイ]して、其後[ソノノチ]二度まで呼べども出[イデ]て来[キタ]らず。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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