見出し画像

#1276 うそ、ウソ、うそ、嘘……

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

お艶はお麻のもとを訪れますが留守にしているということで、帰ってくるまで待つというと、使用人は「お帰りのほどは知れません」というので、すごすごと帰ります。紅梅の母親が大病だというので、母親が隠居している場所を訪ねようとしますが、結局わからず、こちらもすごすご帰ることに……。一日おいて、再び本家を行くが、今朝からお出掛けになり帰りはわからないと言われます。二日も留守であることを訝しく思い、余五郎が来た時に、様子を聞くと、どうやら留守というのは嘘らしい……。お艶はおのれの不調法をならべて、お麻への謝罪を頼みますが、余五郎は「それしきのこと心配すな、おれが良きように言っておくから、いつでも遊びに行け」。口では言うがいつもの無頓着、洒落ばかり言って取り合ってくれません。念を押して幾度も頼むと、余五郎は、おれが付いているからには、ぬかるみを蒸気船で渡る気で大丈夫と思え!と高笑いします。二日経って、今日こそは会う気で本家へ行くと、またもお麻は留守で、使用人もきまりが悪そうなかおつき。三度も足を運び、余五郎の言葉もあるのに、なお心が解けないことに、お艶もムッとしますが、みずから招きたること。たびたび上がりましてさぞかしご迷惑のことと言って会釈して帰ります。その後、お艶は、親の看病で夜も眠れぬ忙しさの紅梅を捨て置かれず、再び紅梅を訪ねると、やつれた様子もなく、これから昼寝のところ。お艶は張り合い抜けして、どうなされました?と様子を聞くと、親も回復したので息抜きに昨夜遅く帰ってきたとのこと。しかし、これみなウソの話で、母親は病気ではなく、本家に隠れて、門前払いされるお艶の様子を始終知っているのに、今回の出来事を、はじめて聞いたような顔してビックリします。紅梅は、あれほどお留め申せしを、わざわざ恥をかきに行ったようなもの、これに懲りて今後は必ずお構い遊ばしますな、と言います。

三度まで玄関から逐還[オイカエ]されしとか、聞いても腹の立つ。私[ワタクシ]ならば悄々[スゴスゴ]と唯[タダ]帰りはせざりしものを。乞児[モノモライ]ではあるまいし、玄関から逐還[オイカエ]すとは、え〻貴嬢[アナタ]は其[ソレ]で口惜[クチオシ]とも無念とも思[オボ]したまはぬか。おとなしう為[シ]てゐらる〻にも程[ホド]はあつたもの、御前[ゴゼン]へまで申上げたがようござります。余り蔑[サゲス]むだ対遇[アツカイ]が気に入らぬ。惣體[ソウタイ]奥方[オクガタ]といふ人は、目上を笠[カサ]に被[キ]て為[シ]たいま〻の無理我儘[ムリワガママ]、其身[ソノミ]の外[ホカ]のものは皆[ミナ]犬か猫のやうに念[オモ]ふて、増長した仕方が是々[コレコレ]と、自分も悔しき目に遭[ア]ひしことを数[カゾ]へたて〻、これも皆[ミナ]無根[ウソ]なり。
性善[ココロヨ]きお艶も有繫[サスガ]にお麻の処置[シカタ]を快[ココロヨ]からず、これまでにさへ怨[ウラ]めしき事はありけるを、三度の居留守以来[コノカタ]無念さの稍[ヤヤ]心[ムネ]に徹[コタ]へたるを、紅梅が散々にお麻の非を挙げ、我には少しも罪無き身の可哀[アワレサ]を説かるゝにぞ、今までは曾[カツ]て聞かざりし、奥様も余りなお方、などゝいへる辞[コトバ]の幾句[イクツ]か、今日に限りてお艶の口より出[イ]でける。
佞辨利口[ネイベンリコウ]は甘きこと蜜[ミツ]のごとく、明主[メイシュ]も刑部典膳[ギョウブテンゼン]に惑はさるゝ例[タメシ]、賢くても女ぞかし。紅梅が顔見るたびの讒言[イイツケグチ]を、お麻は始めのほどは一々心にも留[ト]めざりしが、お艶との間[アイダ]疎くなりて、悪[アシ]き事を聞くのみにて、善事[ヨキコト]を睹[ミ]ることなければ、気性[キダテ]やさしき女との初念[ショネン]は次第に薄らぎて、中頃[ナカゴロ]は可愛[カワユ]うなくなり、末[スエ]は遂に憎うなりて、此分[コノブン]ではお艶の片附[カタヅ]くも長いことにはあらじ、と紅梅は独り頸[クビ]を縮め懽[ヨロコ]びけり。

というところで、「後編その三十」が終了します!

さっそく「後編その三十一」へと移りたいのですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?