ア・トンガ・ダ・ミロンガ・ド・カブレテーがすき

どうもこんにちは！　ウナーゴンだよ。

突然だが私は『ア・トンガ・ダ・ミロンガ・ド・カブレテー（A Tonga da Mironga do Kabuletê）』という曲がすきだ。

これはブラジル音楽の名曲の一つなのだが、相当に謎めいている。

まず聴くと耳に飛び込んでくるのは、爽やかなボッサの演奏、次いで謎の野太い声によるラップだかシャウトだかわからない激高したような語りというか怒鳴り声みたいなもの（何て言ってるのか全く分からないがコワイ）、そして語りパートのそんざいを一切気にしていないかのような、明るい演奏に合わせて淡々と歌われる歌声・・・。

曲調は完全にボサノヴァなのにタイトルには「トンガ」とか入っているし、先入観が引き起こす様々なミスマッチにより貴方はわけがわからなくなり頭がばくはつする・・・なんじゃこりゃ・・・。
というのがこれです。↓

この動画の説明では、リオ五輪のときに発売されたコンピレーションアルバム"Brasil Encanta - Bossa Nova"（2016年）に収録されたものである旨が書かれている。コンピレーションというのは過去にリリースされたアルバムからいろいろかき集めてきたCDなので、当然ながら元がある。その初出はおそらく"Como Dizia O Poeta..."（1971年）ではなかろうか。

Como Dizia O Poeta

この曲を作った人の名前を見ると、超ビッグネームが並んでいる。詩人にして作詞家のヴィニシウス・ヂ・モラエス（Vinicius de Moraes）、歌手・ギタリスト・作曲家であるトッキーニョ（Toquinho）。いずれもボサノヴァ音楽というジャンル確立の立役者ともいえる人物ではなかろうか。なおこの２人は妙にウマが合ったらしく、長年にわたってコラボを続けたらしい。

そんなことよりこの謎めいた曲『トンガ』だ。

私は「トンガ王国に関係があるのかな？」などと漠然と思いながらここ２０年くらいをぼんやりと過ごしてきてしまったが、どうやら違うらしい。ある程度ボサノヴァに親しんだ者ならなんとなく分かる気がするのだが、"Tonga"も"Mironga"も"Kabuletê"もポルトガル語（≒ブラジル語）の響きではない。

私は最近になってセルジオ・メンデスの"Pais Tropical"（1971年のレコードアルバムを2002年にCDで再リリースしたもの）を入手したのだが、ここにもこの曲が収録されており、日本語の対訳歌詞を目にすることができた。

パイストロピカル+1

それは概ね「むかつく奴には黒人の言葉で罵ってやれ！」といった感じの歌詞で、「ア・トンガ・ダ・ミロンガ・ド・カブレテー」の部分は特に翻訳されることもなくそのままカタカナ表記だった。相手には分からない言語で構成された呪いのフレーズといったところだろうか。

ブラジルの芸術表現にはそうゆうところがあり、それはカポエィラとかを見てもわかる気がする（カポエィラは黒人奴隷が横暴な領主に抗うため、ダンスの練習をしているように見せかけつつ、手を縛られた状態でも抵抗できるように編み出された脚技主体の体術だという説がある。）音楽もまた然りであり、結構陽気なメロディであっても怒りをぶつけるような歌詞だったりすることがある。

そこでポルトガル語のWikipediaを見たところ、『トンガ』は思ったより複雑怪奇でややこしいフレーズであるらしいことが分かってきた。『トンガ』もまた、当時の軍事独裁政権に対し、それとは悟らせずに反抗の意思を示すものであったらしい。そこにはこう書かれていた・・・。

"Tonga"　…　コンゴ語で「強さ、力」
"Mironga"　…　キンブンド語（アンゴラあたりの言語）で「神秘、秘密」
"Kabuletê"　…　これもアンゴラの言葉で「卑劣、放浪者」とかの意味

他にもアンゴラ地方の言葉による異なる語源説も提示されていたが、これらの個々の単語の意味は歌にとってはあまり重要ではなく、ヴィニシウス・ヂ・モラエスによって感覚的に選ばれたのではないかと書かれている。ともかく、トンガ王国は無関係らしい（トンガ王国の語源はトンガ語で「南」の意味であるらしいので、やっぱり関係なさそうだ）。

ブラジルに連れてこられた黒人奴隷のルーツはアンゴラ地方が多かったようなので、納得のゆく説明だ。

ちなみに後年になってトッキーニョによって採録されたと思われるバージョンでは、後ろでがなり立てるようなシャウトは聴こえて来ず、ひたすら爽やかで美しい仕上がりになっている。

この曲がブラジル音楽における名曲の一つにカウントされているのは確かで、他にもいろんなカヴァーが存在する（なんかカヴァーとか見つけたらこっそり私に教えてください）。

ともあれ、不思議な名曲だ。