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アーティストのライブ中のMCをはじめ、スーパーの畜産チーフの異動の場面にまで潜む、周囲との温度差がもたらす違和感とは?『デタラメだもの』

大阪に住まうコピーライター界の巨匠と、夜な夜な酒場で呑んでいる際に、「こういう時って、すごい温度差感じるよね」という類の話になり、そういえば昔からそういうこと感じてたなぁ、と積年のモヤモヤが晴れたような気分になり、意気揚々と帰宅した後、ポケットに入れていた2千円を紛失していることに気づき、ワンワンと泣きじゃくったあの夜。

そんなことよりも、何に温度差を感じるのかっていうと、ライブなどを観に行った際に、ステージ上のアーティストが叫ぶMCの言葉の数々に温度差を感じるというわけです。分かる人には分かるはず。分からない人のために、今から解説してみます。

それなりに年齢を重ねておっさん化した我が身分。それでも音楽をこよなく愛しているが故、多種多様なライブに足を運ぶ機会があるもので。そんな折、アーティストの方々がステージ上から客を奮い立たせる際に叫ぶ、「お前らー! まだまだ行けるかー? お前ら、こんなもんか?」という、パンク精神みなぎるMC。

ふた回りほど年齢の若いアーティストの方々に「お前ら!」と言われた折、別に腹が立つわけじゃないけれど、その刹那、妙な違和感に襲われる。もちろん、周囲の観客の皆様方はナウでヤングでフレッシュな方々が多いため、アーティストとしても「お前ら」が、最適な代名詞なのは理解できる。が、観客の全てがナウでヤングでフレッシュな面々とは限らない。

となると、「お前ら!」と呼ばれて違和感を覚える世代は、そのアーティストのライブには参加しないほうが望ましいのだろうかと自問自答してしまう。がしかしだ、それはあまりにも世代論過ぎるし、限定した世代にしかお届けしない音楽となり果ててしまい、音楽がひどく矮小化してしまう。音楽に罪はない。分かってる分かってる。俺がいけないんだ。俺がライブになんか行くから──。

という温度差を感じつつ、こよなく音楽を愛するが故、住んでいる街に存在するライブハウスで開催されるライブチケットが入手できなかった場合には、他の都道府県で開催されるライブのチケットを買い求めることがある。入手できた際は、遠征という形を採用し、はるばる足を運ぶこともある。ここでもまた、温度差を感じるわけだ。

仮に滋賀県のライブハウスに赴いたとしよう。すると、アーティストの方々は地元の観客を沸かせようと、「滋賀のみんな! 大好きだぜ!」と叫ぶわけ。私は大阪からはるばるやってきた部外者です。あなた方が大好きな滋賀県民ではなく、あなた方が大好きであると特に言及もしていない大阪府民であります。あなたの愛に、私は含まれておりません。でも、片思いで結構です。音楽に罪はありませんので。と、卑屈になり下がってしまう。

分かってる分かってる。俺がいけないんだ。俺が大阪府のライブチケットを取り損ね、滋賀県のライブチケットに手を出したばかりに、こんな目に遭っているのも理解している。責めるなら俺を責めればいい。ただ、そんな奴もいるんだぜ、ということを主張させていただくべく、「滋賀のみんな! 大好きだぜ!」というMCに少し捻りを加え、「滋賀会場に足を運んでくれたみんな! 大好きだぜ!」に変えていただければ、世界はもう少し平和になると思うんだな。

で、巨匠と話をしていたのは何かっていうと、アーティストの方々がMCでたまに言ってのける、「普段のつまらない仕事から離れて、今日は楽しんでくれよな!」とか、「学校じゃ毎日イヤなことがあるかもしれないけど、今日は忘れて楽しんでくれよな!」、「退屈な毎日から自分を解放しようぜ!」とかいう類のアレ。

巨匠曰く、アーティストの仕事のほうが上。観客が従事している仕事のほうが下。という決めつける態度に違和感を覚えるよね、と。人様の仕事を、つまらない仕事とか言っちゃあかんだろう、と。これ、確かに思うんだな。自分としても、「まず、自分の仕事はつまらなくない」「仕事において、ライブに参加するより楽しい瞬間は腐るほどある」「毎日は決して退屈ではない」と感じているわけだ。そういうことを言われてしまうと、アーティストの方々との温度差を果てしなく感じてしまう。

観客たちの教祖的存在になりたいというアーティスト側の思考も理解できる。確かに、熱狂する音楽は信仰的に違いないし、アーティストに陶酔することによって、音楽からさまざまな物語が生まれる場面も何度も見てきた。しかしだ、観客全員が「つまらない人生」を送っていると思ってもらっちゃ困るぜベイビー。そこで、こういった際のMCの代替案を考えてみた。

「YouTubeやらTik TokやらTwitterやらタピオカやら、たくさんのエンタメがあるにも関わらず、人間の1日の可処分時間は限られている。どのエンタメを選ぶかは個々人の自由。その中で、俺たちのライブを選んで足を運んでくれてありがとう! そして、楽しい瞬間もあれば楽しくない瞬間もあるのが人生。仕事もそう。楽しい瞬間もあれば楽しくない瞬間だってある。利益率の低い仕事もあれば高い仕事もある。今日のライブは、ハンパなく利益率高くするから! 俺より年下のお前ら最高だぜ! 僕よりも年上のあなた方最高でございます! そして、滋賀会場に足を運んでくれたみんな、大好きだぜ!」

これで完璧だ。誰も傷つけない。ただ、誰ひとりファンになってくれないかもしれない。が、誰も傷つけないことが肝心だ。

結局は、その空間にいる人間の中で、自分だけが温度差を感じることによって、妙な違和感を抱いてしまうのが原因なんだろうな、と考えていると、ふと昔のことを思い出した。

人生で初めて勤めたアルバイト先。それは、近所の某スーパーだった。スーパーには食品部門をはじめ、加工食品、畜産、水産、農産など、複数の部門がある。配属されたのは食品部門だった。

初出勤の翌日。要するに2日目。人生で初めてアルバイトをして2日目でもあるし、スーパーの勤務2日目でもある。そんな折、とある瞬間が訪れた。それは、オープンした当初からスーパーに貢献していた畜産のチーフが他店舗へと異動になるという。顔くらいは見たことがあるけれど、喋ったこともなければ仕事をしたこともないチーフ。もう1度言う。俺は2日目だ。

そのチーフは周囲から愛される人物だったようで、異動のその日、スタッフたちは泣いていた。女も男も泣いていた。別れが相当に辛いようだ。そしてチーフは粋な人物で、畜産部門で使用していた肉をカットする名刀を、肩に担ぎながら、涙を流し鼻をすするスタッフに背を向け、スーパーを去って行った。まるで映画のようなワンシーンだった。今でも鮮明に記憶に残っているほどに。

しかし、問題は、俺が2日目ということ。僕はそのチーフのことをよく知らないし、スーパーの内情なんて微塵も知り得ないということ。そして、何の思い出も共有していないし、何のエピソードも持ち合わせていないということだ。
全員が涙する中で、少し首を傾げながら、その場の空気に馴染もうとエヘエヘと苦笑いする僕のことを、みんなが睨みつけてきたこと。チーフが去るという悲しみ溢れる場面において、お前は何をエヘエヘしとるんじゃ。貴様は人間か? と言わんばかり。あの日ほど周囲との温度差を感じたことはない。ただ、こっちとしては「知らんがな」である。「2日目やがな」だ。「チーフって誰やねん」なわけだ。

その後、十数年が経ち、そのスーパーの別の店舗に偶然立ち寄った際、当時の畜産のチーフが店長になっていることを知った。畜産部門で身につけていた白い衛生服ではなく、ブレザーを着用し、店内を走り回っていた。やはり人望を集める人物は人の上に立つんだなと感動。自分も初心を取り戻し、イチからやり直さねばと改心したため、再びスーパーのアルバイトをやってのけようと履歴書を出したところ、面接にすら辿り着けず、書類選考で落とされた。

デタラメだもの。

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《3分後にはもう、別世界。》 『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。広告企業勤め+フリーランスの兼業家。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/
コメント (2)
すげーオチありがとうございます(笑)
グワッと大きなカーブを描いた後、オチに辿り着きました!笑
ありがとうございます!
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