スマートフォンで簡単決済。調子に乗って便利なものを利用すれば、背中に冷や汗をかくような場面にも遭遇するわな。『デタラメだもの』
便利なものを利用すれば、やはりそれなりのメリットは享受できる。特に昨今では、次から次へと新しいサービスが登場したりもするので、生活を便利にしてくれるものは、率先して取り入れていきたい。
そんな中でも、スマートフォンひとつで決済できるようになったのは、なんとも画期的だ。なんせ、財布を持ち歩く必要がなくなったんですもの。小銭やお札に触れて、手が汚れることもない。加えて、ポイントが加算されるカードを登録しておけば、買い物ごとにポイントも増える。むふふ。あまりにも便利過ぎて、これはやめられない。
しかし、そんなにも甘くないのが世の常。便利さを求めた結果、冷や汗をかく場面もあるってものだ。
先日、ドライブスルーでマクドナルドへ。機械から聞こえてくるオペレーターの声に対し、機械に向かって注文をするという、いつまで経っても慣れない行為を済ませ、いざお会計へ。
金額が告げられた後、サササッとスマートフォンを取り出す。「某非接触型決済サービスでお願いします」と告げると、若い女子の店員さんは困惑気味。ひとしきりモジモジした後、「すみません。本日、端末が故障しておりまして……」ときた。
「えぇ…!?」とワタシ。免許証などを携帯せねばならんことから、運転中は財布を持ってはいるものの、調子に乗ってスマートフォンでお支払いをする人間に成り果ててからというもの、財布に現金が入っているケースはいたって少ない。
焦って財布を取り出そうとした瞬間、店舗の奥から社員と思しき爽やかな男性が登場。若い女子の店員さんに対し、「こっちの代替機でも決済できるから」と耳打ち。ほほほん。救世主現る。
安堵し、様子を見守っていると、若い女子の店員さんは爽やかな社員さんに耳打ち。「すみません。代替機の使い方がわからなくて……」
それを聞いた社員さんは、「いいよ!」と、雲ひとつない晴天の空のようなスマイルを浮かべ、端末を操作。ひとしきり設定した後、スマートフォンをかざすよう、端末をこちらに提示する。ところが、何度かざしても決済が完了しない。ちょちょちょ。後続の車が列をなしてるよ。絶対に車内で舌打ちされてるよ。ちょちょちょ。
すると店員さん。「すみません。こちらの端末も故障しているようでして……」。うそやん!? そんな奇跡って起こるものなの? 最大手ハンバーガーチェーンであるマクドナルドのドライブスルーの決済端末が、メインの端末のみならず、代替機まで故障?
その瞬間、先ほどの焦りは現実のものとなる。そう。財布に現金が入っていない問題。ねぇねぇ、どうするのよ。もしこれで、財布に現金が入ってなかった場合。もう注文は済ませちゃってるよ。商品は整っちゃってるよ。後続の車は列をなしちゃってるよ。ボクの未来はどうなるの?
まずお札を確認。皆無。絶望に一歩近づく。小銭を確認。う~ん。それなりに入ってはいるものの、配色バランス的に茶色が目立つ。
必死に小銭をかき集めた結果、財布の中の小銭が残り2円という状態になり果てつつも、なんとか支払うべき金額を満たせた。これまた奇跡。命拾いした。後続の車の列は、きっとお隣の県まで伸びていたに違いない。殺意を覚えていた人も多数いただろう。空腹は時に人を殺気立たせる。こちらに銃口を向けていた人もいたかもしれない。ほんと、命拾いした。
とは言え、そんなレアケースを想定し、せっかくスマートフォンだけを片手に買い物ができるのに、セーフティーネットとしての財布を持ち歩くのも合点がいかない。スマートフォンケースにお札だけを忍ばせている猛者もいるらしいが、そのタイプのケースを使っていないもんだから、それは廃案だ。
いつぞや起こるかわからない端末の故障に怯えながらも、スマートフォンでの決済を強行していると、新たな敵が登場することになる。先の敵が端末だったとしたら、今回の敵は人間だ。
スマートフォンの決済といっても多種多様。レジと一体化した端末にかざせば済むタイプもあれば、店員さんが持つ武器(ハンディタイプのリーダー)で、こちらのコードを読んでもらうタイプもある。
コンビニなどのレジでは、スマートフォンをかざす端末がレジと一体化しているタイプが備わっているが、分離型のケースもある。その場合、店員さんは別の端末を取り出し、そちらで処理をした上で、スマートフォンに表示されたコードを読む必要があるわけだ。
何が言いたいかというと、決済方法が多彩過ぎて、店員さんも覚えるのにひと苦労しているということだ。
レジの仕事に就いて間もない店員さんの場合、多様な決済方法に合わせて、どのような所作をすればいいのかを把握していない方もいる。もちろん、悪いのは決済方法の多様さであって、着任間もない店員さんを責めるつもりは毛頭ない。ただ、そういった方のレジに並んだ場合、悲しい結末を迎えてしまう。
スマートフォンの決済サービスの謳い文句は、だいたいが、「サササッ」とか「ピッ!」とか「スッ!」とか、簡便且つ迅速な様子を描いている。
ところが、多様な決済方法でのレジ業務に慣れていない店員さんは、ひとまず困惑した表情を浮かべ、慎重に機械を操作していく。
かざすだけの決済方法ならまだしも、前述の通り、引き出しなどから別の端末を取り出し、そちらで処理をした上で、こちらのコードを読むタイプのものになると、作業工程が多いため、店員さんの焦りも尋常じゃない。
慌てる店員さんの表情を見ていると、「ややこしくて、すみません」と謝ってしまうこともある。すると店員さんは、「いえいえ、こちらこそすみません」と返してはくれるが、きっと心の中では、「こんな少額の支払いなら、現金で払えや餓鬼が」と思っているに違いない。
これはスーパーマーケットでの買い物時に起こった出来事だったが、結果的に、現金で支払うよりも、余計な時間を取らせてしまった。背後からは、「しょうもない機械でお金なんか払わんと、サッサと現金で支払いなさいよ!」と、大阪のマダムの舌打ちが聞こえる。
しかし、せっかく便利なサービスだし、ポイントも加算されるし、手も汚れないし、なにせサービス提供元は「サササッ」とか「ピッ!」とか「スッ!」とか謳っているんですもの。そちらを利用したほうが、レジもスムーズに流れるものと盲信している。そんな、いち消費者なわけで。
店員さんを困らせている罪悪感。背後からの重圧。とは言え、財布を持ち合わせていない身分。どうだろうか。土下座をすれば許してもらえるのだろうか。泣いて詫びれば許してもらえるのだろうか。
ようやく店員さんも処理を済ませることができ、ひと安心。逃げたい。早く逃げたい。特に万引きなどしているわけでもなく、正常に支払いを済ませているはずなのだが、この場から一刻も早く姿を消したい。
商品とレシートを受け取り、「サササッ」とその場から立ち去ろうと(もちろん、早く次のお客さんへと、レジのバトンを渡すために)したところ、「レシートとは別に発行される電子決済用のレシートをお渡しするのを失念しておりまして……」店員さんから呼び止められた。
ペコペコと頭を下げながら、レシートを受け取るために背後を振り返ると、眉間に皺を寄せた大阪のマダムが、長蛇の列をなしていた。
あまりの恐怖に凝視はできなかったが、きっと列はお隣の県まで伸びていたに違いない。殺意を覚えていた人も多数いただろう。こちらに銃口を向けていた人も2~3人いたと思う。生きて帰れたことは、まことに奇跡だ。
デタラメだもの。
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