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『古事記ディサイファード』第一巻020【Level 3】京都(8)

【解答 5】(5)

「それから……ちょっと気なるのは……」
 時空は比叡山の方向にある一つの山を指さした。
「ここは八王子山で、すぐ側にある日吉大社の御神体、神奈備なんだ。山頂付近には古代祭祀遺跡の磐座があり、事実上日吉大社の奥宮とされている。
 日吉大社は全国に三千八百以上ある日吉・山王系神社の総本山で、古事記に関係する神代起源の古い神社だ。
 祭神は大山咋神と大己貴神なのだけれど、大山咋神が比叡山にもともと鎮座する地主神。古事記の神代記に〈大山咋神、亦の名は山末之大主神。この神は近淡海国の日枝山に坐し、また葛野の松尾に坐す鳴鏑に成りませる神なり〉とある。
 日枝山は比叡山のことで、つまり比叡山と松尾山とを大山咋神は支配している。今の日吉大社と松尾大社だ。さっき言った八王子山にある磐座は大山咋神を祀ったもので、松尾大社にも裏の松尾山に同じく大山咋神を祀った古代祭祀の磐座がある。ところで大山咋神の妃神は誰だと思う?」
「玉依比売命だったわね。処女懐胎伝説の丹塗の矢は『秦氏本系帳』では大山咋神と言われているんでしょう?」
「そう。伴信友の『瀬見小河』によると古事記に述べられている〈松尾の鳴鏑の矢〉はこの丹塗の矢だとしている。
 つまり日吉、松尾、賀茂の各社はとても関係が深い。松尾大社にも玉依比売命のような秦氏にまつわる処女懐胎伝説があり、社祭もかつて〈葵祭り〉と呼ばれた。磐座のある松尾山は上賀茂神社の御祭神と同じ名の別雷山とも称される。そして先の古事記の大山咋神の記述」
「この三つの神社でポイントが出来そうね」
「うん……そう思ったんだけど……」

  日吉大社磐座
    北緯35度04分14秒
    東経135度51分47秒

  松尾大社磐座
    北緯34度59分51秒
    東経135度41分00秒

 日吉大社の八王子山の磐座と、松尾大社の松尾山の磐座の二ヵ所に鉛筆で点を描く。二点を直線で結び、その中間点を測って記入した。
「この二つの大山咋神を祀る磐座を結ぶ直線の垂直二等分線上にきっと賀茂社の重要ポイントがあるはずよ。そこと二つの磐座を結ぶ二等辺三角形が出来るはず。日吉、松尾、賀茂を結ぶポイントが……」
 麗桜は分度器と定規を器用に使い、地図の左斜め上方向に向かって垂直二等分線を引いていく。
 その線は上賀茂神社と御神体の神山の間にある丸山という小高い山の山麓を通過した。
「これ……御阿礼所があると言われている場所だわ……」
 丹塗の矢の大山咋神と玉依比売命の御子である賀茂別雷神を祀る上賀茂神社が、その御神霊をお迎えする秘事の御阿礼神事。それを執り行う御阿礼所。そこと二つの磐座で二等辺三角形が出来るのでは……。  
「そうかもしれない。けれど御阿礼神事は秘事だから、この御阿礼所の場所は公表されていないんだ。だからピンポイントでは特定出来ない」
「そうか……残念ね。ところで貴船口のところの蛍岩はどうなの?」
「あ、そうだった。これが面白いんだ。意外な所と結びつく」
 時空は蛍岩から西へ向かって広がる長く鋭い二等辺三角形を描いた。大森と小野のあたりの山中の神社が底辺の両端にある。

  蛍岩
    北緯35度06分15秒
    東経135度45分54秒

  大森賀茂神社
    北緯35度08分17秒
    東経135度41分14秒

  岩戸落葉神社
    北緯35度06分37秒
    東経135度40分39秒

  蛍岩 - 大森賀茂神社  8024m

  蛍岩 - 岩戸落葉神社  8005m
 
  大森賀茂神社 - 岩戸落葉神社
               3206m


蛍岩-大森賀茂神社-岩戸落葉神社


「誤差十九メートル。全ての誤差はちょっとしたペン先のずれ程度。社殿の幅とか境内の範囲で吸収できてしまう」
「この二つの神社は何なの?」
「北の方は正式には大森賀茂神社という。中世に賀茂社領になる前は『延喜式』にある堕川御上神社だったと言われている。祭神は大森賀茂大明神と貴布禰大明神。
 南の方の岩戸落葉神社は岩戸神社と落葉神社の二つの社が並立してその後ろに巨岩があるらしい。もともとは別々の神社だった。もとの祭神は不明。いずれにしても位置が変わっていないのは磐座だ。
 それと、もう一つ気になるのがあるんだ。貴船のそばに鞍馬という地がある。鞍馬寺のある所だ。そこに毘沙門天という仏教の四天王の名が付く地点がある。そこを頂点として蛍岩と船形石がある貴船神社奥宮とで図形が出来るんだ」

  毘沙門天
   北緯35度06分50秒
   東経135度46分32秒

  毘沙門天 - 蛍岩      1445m
  毘沙門天 - 貴船神社船形石 1442m
  船形石  - 蛍岩      2325m


蛍岩-貴船神社奥宮-毘沙門堂

「誤差は二十三メートルね。関係ないのかもしれないけれど気になる」
「全体的にこうしてみると神山が極めて特殊なポイントであることは間違い無い。全てが精緻な計画のもとに整合されている。当時技術的に不可能だったはずの精度で……」
「当時っていつのこと?」
「計測技術は少なくとも神社の起源の頃の技術とは全く整合しない。一体どういうことなのか……」

(つづく)

※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

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