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『古事記ディサイファード』第一巻017【Level 3】京都(5)

【解答 5】(2)

「八キロの二等辺三角形……。
 ちょっと待ってよ。寂光院と六角は山を隔てたところにあるでしょ。聖徳太子は一体どうやってこれほど正確に距離を計測したって言うの?」
「さあ……皆目見当が付かない。現代の我々の地図製作の基本技術は航空写真なんだよ。
 つい最近まで軍事衛星を利用したGPSですら二十メートルぐらいの誤差は常につきまとっていた。
 ここ数年で改良されて誤差が僅か数ミリまでに縮まったらしいけどね。
 超長基線電波干渉計(VLSI)っていうのもある。高精度の電波望遠鏡を使って数十憶光年以上も離れたパルサーを二地点で同時に観測し、その受信時刻の差から観測地点の相対位置関係を高精度で計測するシステム。
 しかし、依然として地図の基本はあくまでも航空写真なんだ」
「聖徳太子がカメラを持って空を飛んだっていう話は聞かないわね」
「ひょっとすると飛んだかも知れない。
 聖徳太子や、役小角もそうだし、平田篤胤の『仙境異聞』に記録がある寅吉も飛んでいたようだ。
 飛ぶといっても物理的な飛行ではなくきっと幽体離脱とかテレポーテーションのようなものだと思う。役小角が飛んだのなら、聖徳太子が飛んだとしても不思議じゃないけど、まあそれはまた別な話だ」
 麗桜は少しの間地図を睨んで黙っていたが、上目遣いに時空に視線を移した。
「偶然じゃないの?」
「偶然だろうか?」
 麗桜は何も言わずに首を傾げた。
「でも偶然って何……?
 この二等辺三角形が成立する確率というのは、数学的には確率計算をすること自体がナンセンスだ。取り得る分母が無限大だからね」
「そう?」
「それでも、これだけなら、かろうじて偶然として片づけることもできるだろう、しかし……」
 ペン先が地図の左側、小倉山まで滑ってきて山頂マークで止まった。
「これが小倉山」
 小倉山山頂と神山が直線で結ばれた。
「そして」
 ペンが東へ大きく移動する。京都市街を横断し、東山を越えて山科区まで入り、古墳の上で止まった。
「天智天皇陵」
 京都を覆う巨大な二等辺三角形が出現する。

神山ー天智天皇陵ー小倉山


 麗桜は目を丸くして地図に顔を近づけた。
「科学雑誌なんかには古代人が紐を引っ張って測量してる想像図が載ってるけど……」
「非現実的だよ。平らな所で、せいぜい数十メートルが限界だろう。小倉山は標高二百九十六メートル、神山は三百一メートル。しかも間に三百十七メートルの船山や四百メートルを越える桃山を隔てて、どうやったら紐を真っ直ぐに張れるというんだ?」
 時空はパソコンに向き直ってマウスを操作し、画面に座標と距離が現れ、二つ目の三角形が加わって点滅した。

  小倉山
    北緯35度01分13秒
    東経135度39分43秒

  天智天皇陵
    北緯34度59分38秒
    東経135度48分35秒

  神山山頂 - 小倉山
    距離 10447m

  神山山頂 - 天智天皇陵
    距離 10435m

  小倉山 - 天智天皇陵
    距離 13802m

「この二等辺三角形は小倉山山頂と神山山頂と天智天皇陵のあの独特な石積みの中心を座標に取った。誤差は十二メートル。二万五千分の一地形図でシャープ・ペンシルの芯一本分以下だ。これでも偶然だと思う?」
 麗桜は一瞬言葉を探したが、すぐに気を取り直して反論した。
「でも……天智天皇陵と小倉山と神山はどういう関係があるの?」
「ごもっとも。六角堂と寂光院は聖徳太子という明確なキーワードがある。しかし、これに関してははっきりした関係はまだわからない」
「でしょう? こじつけだわ」
「こじつけで済まされるだろうか……?
 仮に、コンビニエンス・ストアとスーパーと郵便局を結んだら二等辺三角形が出来たとしよう。それなら何の意味もない偶然として笑ってすませられる。しかし、実際に地図に線を引いて、このプログラムで計算してみるとわかるけれど、コンビニを結んだってそんな精度のいい図形なんてできない。
 一方、神山も小倉山も天智天皇陵も、歴史上非常に意味の深いポイントだ。偶然だという説明では済まされないんじゃないか?」
「でも、京都は名所旧跡だらけでしょう?」
「名所旧跡と言っても、時代区分で分けると限られてくる。考古学界の通説では天智天皇山科陵は七世紀後半に造られたとされる。山はもちろん有史以前から存在している。神山山頂の磐座は勿論少なくとも上賀茂神社の創祀よりは古い古代祭祀場跡。
 平安京の出来た八世紀以前に限定すれば、名所旧跡だらけ、という言い方は当たらないよ」
「そうか……」
 麗桜が今度は素直に軽く頷いた。

(つづく)

※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

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